Christian Liljegrenから営業メールが届いた件(前編)
After Losing a Paradise
すっかり茅原実里ロスが板につき、めっきり筆が止まってしまった。だが推しが動き始めたら、こちらも、ゆっくりと再起動せずにはいられない。
なんて思っていたらメールが飛び込んできた。
だから俺からCDを買ってくれ、1枚、2枚でもいい。俺の倉庫に数千枚のCDやLPがあるから、いつでも言ってくれ、というわけだ。
このメールを送ってきたのは、Christian Liljegren(クリスチャン・リレグレン)。スウェーデンのクリスチャンメタルバンドNARNIAのボーカルだ。
Metal Missionary
私が彼の音楽に出会ったきっかけは、Golden Resurrection "See My Commands" だった。その仰々しく、ド派手で、直球のネオクラシカルメタルは、いつまでも心に残った。
ドスの効いた、時々濁り気味になり、時によく響く豊かなボーカル。スキンヘッドのねっとりしたアクションはいい意味で怪物感すらある。隣で終始ピロピロ演奏しているのは、現Sabatonのトミー・ヨハンソン。トミーも超絶ハイトーンを持ち、一人で何でもできるプレイヤーだが、彼を脇に置いても有り余る存在感。
二人の組み合わせは奇跡的だった。おそらくクリスチャン由来のわかりやすいメロディと、トミーが全面的に弾き倒せるパートを詰め込んでおいて、演奏時間はたった4分。ファーストアルバムの一曲目で最高のパフォーマンスを突きつけてくれた。
自分が特に好きなのは、Bメロ前の1小節の展開、C#mからF#mへ切り替わるど真ん中に詰め込まれた激クサ展開(動画だと1:03-1:04)。……洋楽に「Bメロ」というのもおかしいのだが、日本人の感覚ではアレはBメロだ。
そして歌詞の世界観も大好き。クリスチャンメタルは聖書のテーマをたっぷり詰め込んでくるのだが、この楽曲はズバリ、モーセの十戒。
詳しくは過去に取り上げたのでリンクを張ってみよう。
洋楽としては歌詞がゆったりと展開されていて、非英語圏でもとても歌いやすいのも好き。
で、この件から深掘りしていって、NARNIAに出会った。
代表曲「Living Water」に漂う気品は、ネオクラシカルメタルのファンに直撃で突き刺さる。メインリフはイングヴェイ・マルムスティーン「Making Love」と同じコード進行だ。どことなくガンダムっぽくもあり、アニソンに近しい感じも。
「Living Water」とは聖書の用語で、神を表現する用法としてエレミヤ書2.13「生ける水の源であるわたしを捨てて」(新共同訳 p.1175)などで出てくる。なじみのある古典ギリシア語だと `ὕδωρ ζῶν` (ヒュドール・ゼオーン)。
日本語にするだけで、たまらない。より深く楽曲の世界に浸ることができる。現実の醜さ、悦楽に浸る人々、疫病渦巻く社会、すべてのものから逃避させてくれる。
クリスチャンメタルには、ファンタジーのような、しかし歴史と音楽に支えられた確固たる世界があるのだ。
そしてさらに音楽を深掘りしていくと、Divinefireというバンドで彼が歌っていることを知った。
先述した楽曲たちとは違う世界。ザクザクと刻まれるギター、吐き出されるグロウル(デスボイス)、クリスチャンの歪んだボーカルと対をなすシンセサウンド。
日本語にすればするほど、わかることがある。
クリスチャン・リレグレンが紡ぐ言葉の一つ一つが、キリスト教用語で紡がれているのだ。
「the body of Christ」とは「聖餐のパン、聖体」。
「rock」は「岩」だが、コリントの信徒への手紙一・10:4「この岩こそキリストだったのです。」から来ている(新共同訳 pp. 311-312)。
そして「We built our lives on you」とはマタイによる福音書・7.24「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものは皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。」(新共同訳 p.12)にかかっている。
日本人がクリスチャンメタルを本気で聴くとき、キリスト教という2000年にわたる文化を踏まえなければ、完全に理解することはできない。おそらくクリスチャンなら、一語一語に秘められた物語もサラリと把握できるのだろう。
だがアジアの端っこの一メタラーは、聖書を引きながら意味を悟るしかない。本気でやるのはとても大変なことだ。
私はたまたま大学で、古典ギリシア語と聖書読解を少しかじった。それゆえに少しだけわかることがある。しかしそれだけでも、この深遠なる世界に触れることができたと考えればいい努力だったなと振り返る。
"Unity"の話に戻ると、この楽曲の一番のツボは「Cメロ」とでも呼べる劇的展開パート。ヘビーな音が途端に和らぎ、メロディックな面が現れる。
2:52まで我慢して聴いて、まるで海が割れるような、静かな感動を味わってほしい。
ともかく、Golden Resurrectionからたどってゆくなかで、Divinefireあたりで全体像がわかってきた気がした。
要するに、このクリスチャン・リレグレンという男は、次々にジャンルの違うバンドを立ち上げてはクリスチャンメタルを量産する多産のメタル宣教師(Metal Missionary)なのである。
しかも、どのバンドのどの曲も、私にとっては福音そのもののクサメタルだったのだ!
そんなクリスチャン・リレグレンから、誘いが来たと言うことは、これは受けねばなるまい。
たとえ七つのパンであっても、四千人を満腹させることができる(マルコ 8.1-19 ・新共同訳 p.76)のだから。
補足
「こんなメール、どうせ詐欺なんじゃないの?」と思った人もいるだろう。
だが、以前NARNIAのオンラインショップでCD "I Still Believe"を購入したことからメールアドレスは知られていたのだ。
それに、メールの最初の一文は、ターゲティング満々の文章で彩られていた。
「日本版CDあるよ!」 とマニアに教えてくれるミュージシャンが、詐欺を働くわけがないのである。
追記
CDが届きました。円安でヒイヒイ言い始めている日本人にとっては、必死に営業してくるヨーロッパメンタリティの人間と、二週間くらい英語でやりとりするのはなかなか大変でした。