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『こちら出雲恋愛相談所』

登場人物
 大国主命 出雲大社におわす縁結びの神様。
 因幡白兎 かの有名な白兎、大国主命の秘書という設定。
 平坂ネズミ 大国主命の神使。
 姫 どこぞの武家のお姫様。大国主命曰く、色惚けたお嬢ちゃん。
 浪人 姫が惚れた名もなき傘貼り浪人……とでも呼んでおきましょう。

舞台設定
 基本的なイメージは、舞台上のどこかに出雲大社ブースを設置し、そこから人間界を見下ろす構図です。僕が演出した際は、大国主命は上手奥に置いたソファでずっとゴロゴロしながら舞台中央の展開を眺めていました。
 また、出雲大社サイドの会話はほとんど神話に典拠があります。演じる際は、よろしければ確認してみてください。

一場

 暗闇の中で参拝の鈴や柏手の音が響く。明転して出雲大社の社殿、横になっている大国主命(おおくにぬしのみこと)と彼をたたき起こそうとする因幡白兎(いなばのしろうさぎ)という構図。

因幡 大国主様、大国主命様!
大国 うーん……?
因幡 クライアントがいらっしゃいましたよ
大国 うん
因幡 聞いてます?
大国 うん……
因幡 大国主様!
大国 あーもう、聞こえてるよ。うるさいな
因幡 ならきちんと返事をして下さい
大国 答えたら黙ってくれるのか? 仕事しろって余計うるさくなるだろう?
因幡 ならきちんと仕事をして下さい
大国 ……
因幡 寝るな!

 大国主命、半ば無理やりに起こされる。

大国 まったくもう
因幡 それはこっちの台詞です
大国 クライアントってどうせあれだろ? どこぞの色惚けたお嬢ちゃんが、たいした努力もせずに神頼み
因幡 平たく言えばそうでしょうが
大国 パス
因幡 ……いやいや、パスとかありませんから
大国 恋愛なんてなるに任せておけばいいんだよ
因幡 縁結びの神様が何を言ってるんですか?
大国 そんなもの名乗った覚えはない!
因幡 (呆れて)出たよ
大国 だいたい俺がいつ色恋沙汰の仲立ちをした? 勝手に縁結びの神様に祀り上げられても困る
因幡 大国主命様には奥様が沢山いらっしゃいますからね。皆さん、あやかりたいんでしょう
大国 その分苦労も絶えないぜ?
因幡 それもまた人気の秘訣です。この国には判官(ほうがん)びいきという言葉があります
大国 俺より千年以上も後の男で喩えられてもなあ
因幡 とにかく人間は苦労している色男が好きなんですよ。それに、神有月(かみありづき)には他の神様方と一緒にウチで縁結びの神議(しんぎ)を行うじゃないですか
大国 あんなのは他の神たちにゴーサインを出してるだけだ
因幡 そんなこと……現に恋するお嬢さんがウチに参拝にいらっしゃっているじゃないですか
大国 ハッ、どうせ伊勢まで行けない地元っ子だろう
因幡 ……ひょっとして、拗ねてます?
大国 はあ?
因幡 天照大神(あまてらすおおみかみ)様のせいで永遠の業界ナンバーツーになってしまわれたこと
大国 別に。(段々いじけながら)国を譲ってもこの国造ったのがほぼ俺だってことは変わらないし、いつの間にか縁結びメインにさせられてるけど五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈ってくれるクライアントもちゃんといるし
因幡 まあ国譲りに関しては大国主命様の言い分も分かりますけど、そんなふうにお拗ねになっていても余計に伊勢人気が上がるだけですよ
大国 うるさい。何とでも言え
因幡 じゃ、仕事しましょうか
大国 ……は?
因幡 何とでも言えとおっしゃったのでさっさと話を進めてしまおうかと
大国 お前なあ
因幡 大国主様がダダこねている間にクライアントを見失ったらまずいので、ひとまずネズミさんを派遣しておきました
大国 あ、そう
因幡 あとこれ、ネズミさんとだけ会話が繋がるように調律しておきましたから

 と言って天詔琴(あめののりこと)を渡す。

因幡 それからネズミさんを送り出したついでに確認しましたが、絵馬やお守りは買ってはいないようです。直筆の願い事があれば間違いないんですけどね

 大国主命が因幡をマジマジと見つめる。

因幡 ……何か?
大国 いや、因幡くんの方がよっぽど縁結びの神様だなって
因幡 はい?
大国 そう言えば俺が八上姫(やかみひめ)と結ばれたのだってつまるところ因幡くんのおかげだったし
因幡 そうでしたっけ?
大国 ほら、君が昔海を渡りたくて――
因幡 そんなことより、仕事して下さいよ。私がいくら準備を進めておいても、その天詔琴を使えるのは大国主命様だけなんですから
大国 分かったよ

 大国主命が琴を鳴らすと舞台中央(人間界側)にネズミが現れる。

大国 おーい、ネズ公
ネズミ あ、大国主様。お呼びですか?
大国 クライアントのお嬢さんはどうなった?
ネズミ えっと、今ちょうど彼女が泊まっている宿に潜り込んだところなんですけど、どうやらなかなかの「お嬢さん」のようですね
大国 は?
ネズミ お供を引き連れているし、その人たちからは姫様って呼ばれているし。聞き込みの結果どうやら色恋ではなく縁談話なんですよ。出雲参りも親の言いつけです
大国 ほう
ネズミ つまり、大国主様の嫌いな色惚けたお嬢ちゃんでは――
姫 曲者!

 姫が突然現れてネズミの前に和傘(紙が少し破れている)を突きつける。

姫 お主、どこのネズミだ?
ネズミ うぇえ?
姫 (更に傘で詰め寄る)どこのネズミだと聞いている
ネズミ ぼ、僕がネズミだって分かるんですか
姫 このようないかにも怪しい男を疑わないバカがどこにいる。私の周りをコソコソ嗅ぎまわっていただろう
ネズミ ……仕方ないなあ。僕は出雲大社のネズミです
姫 は?
ネズミ 大国主命様の使いでやってきたネズミです
姫 ……はは。お前面白いな
ネズミ 僕、何か面白いこと言いました?
姫 で、出雲大社のネズミが私に何用だ?
ネズミ そりゃ縁結びのことですよ
姫 縁結び……

 社殿の二人が一瞬目を離して(その間に人間界側は回想の準備に入る)。

大国 あのお嬢さんが言った「ネズミ」は曲者って意味だよな?
因幡 でしょうね。まさか彼が本物の「ネズミ」だなんて分かるわけがありません
大国 何でバラすかなあ
因幡 神様が神様なら神使(しんし)も神使って感じですね
大国 ……まあいいさ。縁談ならトラブルが起こらないように見守ってやるだけでいいんだから楽なもんだ

 舞台が一瞬暗くなり、

姫 あなた、泥棒役ね
ネズミ 僕がですか?

 と、姫に泥棒役を頼まれたネズミが追いかけられている。

姫 待て、この泥棒!

 向かいから歩いてきた浪人と鉢合わせ、浪人が手にしていた傘でネズミを迎え撃つ。そして、倒れたネズミから財布を取り上げて姫の手に返す。

浪人 大丈夫ですか?
姫 えっと……ありがとうございます
浪人 いえ

 二人、見つめ合う。ドキリとして目を逸らした拍子に、姫が傘の破れに気付く。

姫 あ、傘が
浪人 ああ(確認して)たいしたことではありませんよ
姫 でも

 短い暗転が回想の終了を告げる(暗転中に浪人が舞台からはけるが、ネズミは明転した際にまだ倒れていても構わない)。

姫 というわけで、私がこの傘買い取ったの
ネズミ はあ
姫 ビビビと来たのも分かるでしょう?
ネズミ え? あ、はい
姫 あんな強くて格好いいお侍様の仕事が傘貼りなんて世の中不公平よね
ネズミ ……
姫 何その反応?
ネズミ あの、縁談は?
姫 は? そんなのお父様が勝手に決めただけじゃない。あなたが本当に出雲大社のネズミだっていうなら断然こっちを叶えて頂戴!
ネズミ はあ、なるほど
因幡 ……一ついいですか?

 と、因幡さんが言うので大国主命が再び琴を鳴らす。

因幡 このお嬢さん、一端の姫君でしたよね
ネズミ (通訳する感じで)あなた、一端の姫君でしたよね
姫 どういう意味?
因幡 何でひったくりに遭ったんですか?
ネズミ 何でひったくりに遭ったんですか?
姫 何でって、相手が姫なら泥棒が手加減してくれるなんて聞いたことないわ
因幡 姫君が街中を一人でうろついているというのもなかなか聞きませんが
ネズミ ……え! 多分それ言っちゃダメな奴ですよ
姫 ?
ネズミ あ、ええっと……お外で何してたのかな、と
姫 はあ? それが何か関係あるの?
ネズミ ですよね! 全然、全く関係ないです
姫 で、彼を探してくれるの?
ネズミ そりゃもう、お望みとあらばどこにいても見つけ出します。縁結びの神様の使いですから
姫 そう、ならいいのよ
ネズミ お姫様してるなあ。そうだ、その傘お貸し頂けますか。あるとすごく便利なんですが
姫 ……本当に見つけ出してくれるんでしょうね?
ネズミ もちろん
姫 (傘を見つめて少し考えてから)いいわ、あなたに賭けてみようじゃないの

 と、姫は傘をネズミに手渡して去っていく。

大国 バリバリに色惚けたお嬢ちゃんじゃないか
因幡 しかも縁談を蹴って名もなき傘貼り浪人と結ばれたいって
ネズミ 難易度格段に跳ね上がりましたね
大国 傘が手に入ったことだけが救いか
因幡 そこはネズミさんの鼻がありますから
大国 とりあえずはその男、見つけてきてくれ
ネズミ はい、お任せください

 ネズミが捌けて、舞台は社殿のみに。

大国 大丈夫かな?
因幡 確かに厄介な案件ではありますが。彼女自身の行動力に期待できます。見たところ相当のお転婆ですし、縁談を蹴る方は放っておいても自分で何とかするんじゃないでしょうか
大国 いや、それもそうなんだけど
因幡 はい?
大国 ……ネズミ
因幡 ああ、そっちですか

 二人、顔を見合わせて沈黙。

大国 ドストライクって感じだよな
因幡 振り回されるの大好きですもんね
大国 おまけにビシッと詰め寄られちゃって
因幡 時間の問題のような気が
大国 ……まあ、あれだ。どのみちネズ公の鼻がなければ男は見つけ出せない。ひとまず任せとくしかないだろう
因幡 そうですかね

 大国主命が横になりながら、

大国 じゃあ、ネズミくんがその名もなき傘貼り浪人を見つけたら教えてくれ
因幡 ……へ?
大国 よろしく
因幡 え、ちょっと、大国主様!

 暗転。

二場

 浪人の住む長屋にやってきたネズミ。もちろん大国主命が舞台後方に控えてその様子を見守っている。

浪人 ああ、確かに俺のことみたいですね。それにこの傘
ネズミ 間違いありませんか?
浪人 (破れ具合を見ながら)これ、ちょっと失敗して売り物にはならない奴だったんですよ。だからこそあの時俺が持っていたわけで、破れたのも彼女のせいじゃなくて
ネズミ そうなんですか
浪人 その場でちゃんと言ったと思いますけど。それに買い取ってくれるんなら正直ありがたかったし……あ、もちろん大分まけときました
ネズミ なるほど
浪人 もしかして、何かまずかったですか? あの、今更返品したいとか言われてもちょっと……
ネズミ ああ、大丈夫です。そういうんじゃないので
浪人 良かった
ネズミ むしろお嬢さん、すっかり愛用してましたから(小声で)振り回す用だけど
浪人 (少しホッとした顔を見せてから)あれ? でもじゃあ、何であなたが持っているんですか?
ネズミ そりゃあなたを探すためですよ「名もなき傘貼り浪人」さん
浪人 ……なんか、それ自分のことだと思うとすごく恥ずかしいですね
ネズミ そうかも
浪人 で、どうして俺を?
ネズミ それは、彼女があなたに会いたがっていて
浪人 え?
ネズミ だから……あ、改めてお礼を、みたいな?
浪人 はあ?
ネズミ いや、はあってことはないでしょう
浪人 いやいや、だってあの時――

 またしても舞台が一瞬暗くなり、回想シーンに。

浪人 あ、泥棒役お願いします
ネズミ またですか

 というわけで、ネズミが姫に追いかけられている。

姫 待て、この泥棒!

向かいから歩いてきた浪人と鉢合わせ、男二人がわちゃわちゃしている隙に浪人の傘を姫が手に取って――彼女が泥棒を叩きのめす。

姫 ふん、口ほどにもないわ

 自分で財布を取り返す姫、浪人の視線に気付いて我に返る。

姫 あ、えっと……(自分が彼の傘を手にしていることに気付いて更に慌てる)あの、すみません
浪人 いえ
姫 ごめんなさい。これ、破れてしまっているわ
浪人 あの男は泥棒だったんですね?
姫 ええ、まあ
浪人 お金は無事取り返せたんですよね?
姫 (恥ずかしそうに)はい
浪人 じゃあ、良かったです

 浪人が気のいい笑顔を浮かべて、暗転――回想終了。

浪人 この件のどこに「お礼」が発生するんですか?
ネズミ なんと! 僕が聞いた話と随分違うじゃないですか
浪人 はい?

 傍からニヤニヤ眺めていた大国主命が天詔琴を鳴らしてネズミに呼びかける。

大国 ネズ公、ひとまず傘の元の持ち主はこいつで間違いないんだな?
ネズミ え? あ、はい。でも――
大国 じゃあ、腕試しだ
ネズミ ……へ?
大国 お嬢さんは「強くて格好いいお侍様」と言ったんだ。確かめてやらないと
ネズミ ええ?
大国 いいからやれ

 大国主命が何か合図を出した途端、ネズミは意に反して傘を振り上げる。浪人はひらりと身をかわして、傘を奪い取る。
(もしくは手近にあった別の傘で応戦する。脚本上は傘は一本なのですが、実際に演じてみると持ち主がコロコロ変わって大変なので二本用意してしまった方が楽です)

浪人 ちょっと、何ですか急に?
ネズミ いや、その……
浪人 危ないじゃないですか
大国 ふうん、反応は悪くないかな
ネズミ (溜め息)とにかく、僕は彼女に頼まれてあなたを探していたんです。一緒に来ていただけますか?
浪人 あ、はい
ネズミ ……はいなの? むしろ「はい」でいいの?
浪人 まあ仕事もなくて暇ですし
ネズミ そうですか
大国 ネズ公、何がっかりしてるの?
ネズミ してませんよ!
浪人 あの、どうかしましたか?
ネズミ いえいえ、僕は断じてどうもしてません
大国 なら回りくどいこと言ってないで、お嬢さんがほの字だと伝えてやればいいじゃないか
ネズミ ええ? それもちょっと唐突じゃないですか
大国 そこを上手くやるのがお前の仕事
ネズミ そうでした
浪人 ?
ネズミ いえ、何でもないんです。ただ……ほら分かるでしょう。彼女があなたのことを探してると言ったら、ね?
浪人 ……え?
大国 はい、お約束の鈍感男
ネズミ じゃあ……あなたは、お嬢さんのことどう思いますか?
浪人 どう?
ネズミ はい
浪人 どう……格好いい、ですかね
ネズミ は?
浪人 ビシッと傘を構えたところなんか惚れ惚れしてしまいました(立ち回りの内容によっては台詞を変えて下さい)
ネズミ ああ、そっち
浪人 あんな女の子なかなか他にいないと思います
ネズミ 同感です

 分かりあってしまったネズミと浪人。そしてネズミが我に返る。

ネズミ いやいや、同感してどうするんだ。もういいです、行きましょう。お転婆姫様のところへ
浪人 は、え、姫様?

 ネズミが浪人を連れ出す形で二人が退場し、舞台は社殿に。良きところで因幡さんが戻ってきていた。

大国 あー面白い
因幡 大国主様って性格悪いですよね
大国 そんなことないさ。俺の優しさは因幡くんのお墨付きなんだから
因幡 いいえ、あれが間違いでした。思えばお兄様の八十神(やそがみ)たちは性悪なのに大国主命様だけがお優しいなんてちょっと変ですもん。ずっと猫被ってたんでしょう
大国 俺の秘書は兎で神使はネズミだ。猫なんか知らん
因幡 (溜め息)
大国 で、俺の優秀な白兎は裏を取ってきてくれたんだよな?
因幡 まったく……分かりましたよ。まず、例の姫君はやはり相当のお転婆ですね。城を抜け出す常習犯です
大国 だろうな。泥棒も自分で叩きのめしたみたいだし
因幡 どういうことですか

 大国主命、因幡に手招きして耳打ち。

因幡 なるほど。しかし助けてもらったなんて、どうしてそんなすぐにばれる嘘を?
大国 俺が考えられる理由は一つ
因幡 何ですか?
大国 彼女自身がそうだと思い込むため
因幡 ?
大国 だって格好が付かないだろう。自分を助けてくれた男なら密かに恋焦がれるのに申し分ない。が、一方的に巻き込んだ上にじゃじゃ馬ぶりを見せつけてしまったなんて色惚けたお嬢ちゃんにとっては大失態だ
因幡 そもそも惚れますか? 街中でぶつかっただけの男に
大国 惚れるさ。人間はどんな理由でも、いや、理由なんかなくたって恋には落ちるもんだから
因幡 そういうものですか
大国 俺と須勢理姫(すせりびめ)もお互い一目惚れだった
因幡 須勢理姫様……素戔嗚尊(すさのおのみこと)様のお嬢さんですか
大国 ああ。あれは駆け落ちみたいなもんだったな。いやあ、若気の至りって奴?
因幡 確か素戔嗚尊様に相当いびられたんですよね
大国 そうそう。彼女の機転とネズミくんの助けがなかったら……(ポンと手を叩いて)それだ!
因幡 はい?
大国 身分だの縁談だの言ってないで駆け落ちしちゃえばいいじゃん。ネズミくんに姫君の方を唆してもらえば簡単に
因幡 (思わずの本気ツッコミ)手抜きをするな!
大国 い、因幡くん?
因幡 (ハッとして)し、失礼しました。しかしですね、駆け落ちは不幸な結末に終わることも多いものですよ。なるべく丸く収めることが縁結びの神としての務めではないでしょうか
大国 そうか?
因幡 大国主様だって最終的には素戔嗚尊様にご自身の度量を認めて頂いたわけではありませんか
大国 認められたっていうか、負け惜しみだろうけどな。黄泉平坂(よもつひらさか)を行ったり来たりできるのは、伊弉諾(いざなぎ)大先生を除けば俺くらいなもんだぜ
因幡 こらこら
大国 格差婚かー。あ、じゃああれは?
因幡 あれ?
大国 ちょっとそこの箱取って
因幡 これですか?

 大国主命、受け取った箱から打ち出の小槌を取り出す。

大国 打ち出の小槌を一振りすれば大判小判がざっくざく
因幡 ……すみません、ちょっと突っ込みどころが多すぎて
大国 どこら辺?
因幡 まず、それ何ですか?
大国 打ち出の小槌
因幡 いや、それは分かりますけど……何で大国主様が持ってるんですか?
大国 買っちゃった
因幡 はあ?
大国 これさ、フリマアプリで八百円だったんだけど(用意したものによってお値段変えてくださって結構です)このままじゃ五穀豊穣の件が完全に忘れ去られそうで、気付いたら購入ボタン押してたよね
因幡 フリマって誰がそんなもの出品した――
大国 一寸法師しかいないだろう。身体が大きくなったらもういらないとか、欲のない奴だよな
因幡 (深い溜め息)で、その打ち出の小槌でどうしようと?
大国 傘貼り浪人くんを手っ取り早く出世させちまおうかと。勤勉な好青年だしこいつを使っても問題あるまい
因幡 いやいや。仮にそれで彼を出世させることができたとしても、縁組というのはそう簡単に――
大国 金の力でどうとでもなる
因幡 (二度目の本気ツッコミ)だから手抜きをするな!
大国 ……因幡くん
因幡 (再びハッとして)申し訳ございません。えっと……裏取り調査の報告をしていたはずですよね。お嬢さんの縁談相手の男性ですが――
大国 ああ、そっちはどうせ蹴るからパス。俺は傘貼り浪人くんを気に入ったんだ。それなりに腕も立つようだしな
因幡 まったく。まあ縁結びの神様がそう言うなら
大国 あ、ちょっと待って。いつの間にかネズ公がめっちゃ面白いことになってる

 大国主命が外界に目を向けると、現れたのは姫がネズミを締め上げている(?)図。

姫 あんた、勝手に私の身分ばらしたわね
ネズミ ば、ばらしたって言うか……
姫 引かれちゃったらどうするの? こっちは面倒な縁談も抱えてんのよ
ネズミ 大丈夫ですよ。それに、隠し事というのは少ないに越したことはないんです
姫 ハッ、自分からネズミを名乗る男は言うことが違うわね
ネズミ でもほら、ちゃんと連れてきたじゃないですか

 姫がパッと手を放し、浪人に向かって微笑む。

浪人 本当にここのお姫様なんですか
姫 いやそんな、姫っていうほどたいした身分じゃないのよ
浪人 本当にそうなんだ。平坂さんから聞いた時はまさかと思いましたけど
姫 平坂さん?
ネズミ 僕です。いつもネズミを名乗るわけにも(墓穴を掘ったのではと急激に声のトーンを落として)いかないので
姫 ネズミはネズミでいいじゃない(ポンと手を叩いて)それよ!
ネズミ はい?
姫 あなた、ネズミになりなさい
ネズミ ……ここで変化(へんげ)を解くのはちょっと
姫 は、何言ってんの? あなた不審者として彼に捕まりなさい。何ならぶちのめされなさい。お父様に前途洋洋な若侍であることを見せつけるのよ。なんだかんだ武家の婿殿は腕が立つのが一番なんだから
大国 いいじゃん、それ。面白くなってきた
因幡 まさか大国主様と同レベルの発想の持ち主がここに
姫 (浪人に)ね、どうかしら?
浪人 あの、話が見えないんですけど
姫 え?

 姫はキョトンとして、それからネズミに視線を向ける。

姫 あなた、どこまで話したの?
ネズミ ……
姫 出雲大社のネズミなんでしょう? 真っ先に伝えてくれなきゃ困ることがあるじゃない

 ネズミ、その場から逃走。

姫 ちょっと! 何、何なのあのネズミ?

 大国主命が事の成り行きを見て溜め息を吐く。

大国 やったな
因幡 やってしまいましたね
大国 ネズミくんもこれがなければ優秀なんだがな
因幡 どうしてクライアントに惚れるんですかね
大国 ……仕方ない。因幡くん、天詔琴を調律し直してくれない?
因幡 え? はい!

 一度暗転し、音響照明でバチッと雰囲気を作り出してから大国主命の御神託。折角作り出した雰囲気が台無しのゆるゆるとした感じで。

大国 どうもどうも、大国主命です。いやあ、ウチのネズミがお騒がせしました。突然どっか行っちゃったことに関しては申し訳ない。ただネズミくんはあくまでネズミであってネズミでしかないんだよね。つまり不審者扱いされても困るってこと。あーけど俺、ネズミ捕りの発想は悪くないとも思ったんだよ。ってわけで、代わりにおあつらえ向きの男を見つけてきたからさ、どうだい? もう一度出雲に賭けてくれないかい?

 御神託用の演出が終わり因幡さんが入ってくる。

因幡 大国主様、御神託の時くらいもう少しビシッと決められないんですか。これじゃ夢枕に立ったところで信じてもらえませんよ。それと、私はネズミさんのような人探しは苦手なんですから、今回は特別ボーナス付けて下さいね

 暗転。

三場

 出雲大社の社殿。大国主命がゴロゴロし、因幡白兎が天詔琴の調律をし、ネズミがたそがれている。ネズミが一際大きな溜め息を吐く。

大国 ……おいネズ公
ネズミ はい
大国 今すぐそのしけた面何とかしないと強制的にネズミに戻すぞ
ネズミ じゃあネズミに戻してください
大国 何でそうなるんだよ。お前をネズミに戻したら仕事ができないじゃないか
因幡 基本的にあなた仕事したくない人ですけどね
大国 それ言うか?
因幡 私としても仕事ができないのは困ります
大国 そもそもお前さ、仕事の度にクライアントに惚れて仕事が終わる度に失恋して、ちょっとは学習しろよな。ウチは最初から意中の男がいるクライアントが殆どなんだから
ネズミ 分かってますよそんなこと……うう(泣き出す?)
大国 分かってないな
因幡 理由があろうがなかろうが、落ちてしまうものが恋なんでしょう? だったらネズミさんを責めても始まりませんよ
ネズミ 因幡さん
因幡 それに、失恋は時間が解決してくれますからね
大国 (笑って)確かに。次のクライアントが現れる頃には案外元気になってるかもな
ネズミ そんな。それじゃ僕が――

 冒頭と同じ参拝の音。

大国 噂をすればって奴か。ほら、行ってこい
ネズミ ……
大国 ああ、もう

 大国主命が何か合図をするとネズミは引きずられるようにして外へ出ていく。(二場で浪人に傘を向けた時と同じ)

因幡 大国主様
大国 ああ、小言は結構
因幡 はい?
大国 つまらないことに神通力を使うなとかそういう奴だろ
因幡 いえ、そうではなく
大国 ん?
因幡 今のはお礼参りのようです

 大国主命たちが外界を覗くと、姫と浪人が並んで歩いてくる。そこに「連れてこられた」ネズミが登場。

ネズミ わあ!

 驚いた浪人が姫をかばうような動きをするが、むしろ姫は前に進み出てネズミに例の傘を向ける。

姫 何奴!
ネズミ え?
姫 あら、あの時のネズミじゃないの
浪人 (ほぼ同時に)平坂さん?
ネズミ あなたは……
姫 逃げ出した縁結びの神の使いが何の用?

 ネズミは委縮するが、それを見ている姫が段々上機嫌になって笑い出す。

姫 驚いたわ。縁結びの神様って本当にいるのね
ネズミ へ?

 そこで初めてネズミは姫の傍らに浪人が立っていることに気が付く。

ネズミ え、ええ?
姫 あなたがいなくなった後、大国主命様の御神託があったのよ。なんか軽いノリだったけど、言われた通りの場所に向かったら見事あの時の泥棒を見つけたの。あとはもう二人でお縄にしてやったわ
浪人 二人でって言うか
姫 そこは二人でってことでいいでしょう?
浪人 あ、はい
因幡 ほら! ノリが軽いって言われてるじゃないですか。もう、今度から私がスピーチ原稿書きますからね
大国 ……やっぱり因幡くんって縁結びの神様だよなあ
因幡 感心してないでご自分で仕事ができるようになって下さい
ネズミ それで、どうなったんですか
姫 とりあえず彼をまともな仕事に就かせるまでは簡単だったんだけどね、結局使用人扱いじゃ意味ないでしょう? で、彼ってほら、めちゃくちゃ腕が立つじゃない?
ネズミ そうなんですか?
姫 最初に言ったじゃないの!
ネズミ ああ、その設定まだ活きてるんですね
姫 (睨む)
ネズミ 何でもないです
姫 ウチの家臣団の道場でもピカイチよ。それでね、例の縁談相手を叩きのめしてもらったの
ネズミ はい?
姫 元々あたしが叩きのめしてやるつもりだったのよね。ほら、あたし自分より弱い男に興味ないから。それに強いところを見せつけるってのは、ウチのお父様にはなかなか効くのよ。あれで武家の当主だものね
浪人 いやあ、なんか怒涛の日々でした。そもそも俺、お礼されるようなこと何にもしてないのにお礼にって仕事を斡旋してもらっちゃって
ネズミ こっちはそう認識してるわけですか
浪人 ?
ネズミ 続けて下さい
浪人 それが一足飛びに姫様の専属護衛みたいになって、気付いたら「娘をよろしくお願いします」ですよ。頭が追いつきません
ネズミ ええ?
因幡 彼、最後まで天然鈍感男でしたね。さすがに心配になってくるんですけど
大国 大丈夫。この男だって満更でもないはずだ。ていうか、この流れを淡々と受け入れられるって想像以上に肝が据わってると思わないか?
因幡 それは、確かに
大国 彼は義経よりも頼朝って感じかもな
因幡 ……冒頭の判官びいきの件ですか? 急にここで回収するんですか
大国 何と言っても元祖恐妻家。俺と違って出世するぞ
因幡 だから卑屈にならない
姫 この人、婚約してからもこんな感じなのよ。参っちゃうわよね
浪人 だって……
姫 何?
浪人 ……何でしょう?

 やや間を置いて笑い合う二人。それから姫が引き寄せる感じで浪人と腕を組んでネズミに見せつける。

姫 そしてこうなったわけ
ネズミ (パチパチと瞬き、みたいな?)
姫 まあ、なんだかんだあなたには感謝してるわ。何と言っても彼を見つけてきてくれたんだから
浪人 あ、それは、俺からもありがとうございます

 二人連れだって帰っていく。

ネズミ えー
大国 そう言えば因幡くん、天詔琴の調律は?
因幡 あ、はい。ばっちりです

 ということで琴を鳴らしてネズミに話し掛ける。

大国 おい、ネズ公
ネズミ はい
大国 感謝しろよな
ネズミ ?
大国 本当はネズミくんを捕らえてボコボコにして晒し者にするお嬢さんの案を是非見てみたかったんが
因幡 お嬢さんはそこまで言ってません
大国 お前が逃げ出したから尻拭いは全部俺だ。面倒な仕事押しつけやがって
因幡 そもそも縁結びは大国主命様の仕事であって、それを私たちに命じているわけですけどね
大国 会社というのはそういうところだろうが
因幡 ……あれ、ここって会社の設定でしたっけ?
大国 まあとにかくだ、上手くいったんだからへこんでないで帰ってこい
ネズミ え?
大国 お前みたいに好きな相手のコロコロ変わる奴が失恋だけでそこまで落ち込むか。自分のせいでお嬢さんに迷惑が掛かったって、そっちの心配してたんだろう?
ネズミ 大国主様
大国 お前が優秀でお節介なネズミだってことは、根の国で素戔嗚のおっさんが放った矢を見つけてくれた時から知っている
因幡 でなきゃわざわざ根の国から召し上げて神使として雇ったりしませんって。黄泉平坂越えてるんですよ
大国 因幡くんはサメに食べられそうになってただけだもんな
因幡 べ、別に食べられそうになったわけじゃありません
大国 そうだな、皮を引っ剥がされてボロボロに――
因幡 わー
大国 とまあ、意外とこいつの方が闇は深いから
ネズミ (笑って)はい、帰ります

 再び、参拝の音。

大国 と思ったけど次のクライアントだ。行ってこい
因幡 お願いします
大国 今度は惚れるなよ
ネズミ それは保証できませんが、行ってきます!

 暗転。

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