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救護措置義務や報告義務の妨害罪

先日のつぶやきを、もう少し掘り下げてまとめることとした。
事故を起こして救護措置義務違反や報告義務違反をしている場合、その車両の同乗者に対してどのような法令が適用されるか、その点のまとめとなっている。

なお、交通法規の専門家ではないので、正確性は紹介書籍、弁護士サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談などで補完してほしい。


救護措置義務や報告義務

交通事故の加害あるいは被害があった場合、負傷者がいれば救護措置義務、そして救護者の有無にかかわらず警察への報告義務がある。

これは、道路交通法72条1項に記されている。

(交通事故の場合の措置)
第七十二条 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。同項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置(第七十五条の二十三第一項及び第三項において「交通事故発生日時等」という。)を報告しなければならない。

道路交通法72条1項

この条文解釈には様々な観点がある。この記事では、同乗者に適用される法令を中心にまとめている。この観点に絞ると、果たすべき義務と義務を課せられた者の理解が必要と思う。

果たすべき義務

この条文は、大きく前段と後段に分かれる。前段は救護措置義務、後段は報告義務と呼ばれる。

前段の救護措置義務は大きく、運転停止、負傷者有無や二次被害防止措置要否の確認、負傷者がいる場合の救護、二次被害防止措置が必要な場合の措置となっている。

運転停止義務は、負傷者有無や二次被害防止措置要否の確認を行うために必要と、書籍では解説されている。

 まず停車する義務を課したのは、車両の交通による人の死傷または物の損壊があった場合において、単に運転中の車両から望見したのみでは、被害者の救護の要否および道路における危険防止措置の要否を確認することは困難であり、一旦停車して、子細にこれを調査しなければ、その要否の判明しない場合が極めて多いことからみると……負傷者の救護の要否、あるいは道路における危険等の有無を確認させるためである(昭39.10.13東京高裁、平3.12.12福岡高裁)。

19訂版執務資料道路交通法解説』p.781

昭39.10.13東京高裁はネット公開されているため、こちらも確認してみるともう少し掘り下げた説明も見える。

……。それは、道路交通法第七二条第一項前段に相当する旧道路交通取締法施行令第六七条が「車馬等の交通に因り人の殺傷又は物の損壊があつた場合においては、当該車馬等の操縦者等は直ちに被害者の救護又は道路における危険防止、その他交通の安全を図るため必要な措置を講じなければならない。」と規定していたのに対し、新法が「運転者等は、直ちに車両等の運転を停止して」との字句を挿入した立法の趣旨からしても推論し得るところであるのみならず、文理上からも、人の死傷又は物の損壊があつた場合には運転者は直ちに運転を停止すべく、然る後負傷者が救護を要することが判明した場合にはその措置を、人の死傷或は物の損壊により道路における危険発生の虞れのある場合にはその防止措置を講ずべき二重の義務を課したものと解することができる

昭39.10.13東京高裁

後段の報告義務は、警察への報告義務となっている。条文上は現場の警察官あるいは最寄りの警察署となっているところ、後者は現実的には110番通報となるだろう。

義務を課せられた者

条文上は「当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員」に義務が課せられている。「運転者その他の乗務員」を合わせて「運転者等」と記している。

救護措置義務は運転者等に課せられる。報告義務は、運転者に課せられ、それが叶わないときには、運転者以外の乗務員に課せられる。

「その他の乗務員」はどのような範囲になるか。典型的には、バスのガイドなどが「その他の乗務員」にあたる。私用の運転における単なる同乗者は、「その他の乗務員」にはあたらない。書籍解説では以下のようになっている。

 人又は物を特定の場所に運ぶという自動車本来の運行目的において、運転者とともに目的を達成するための責任を有する者をいうと解されている。「乗務員」の範囲を定める基準は、自動車の運行目的において「責任」を有しているかどうかにかかっているといえよう(交通警察質疑応答集)。乗合自動車の車掌、ハイヤー、タクシーの助手、トラックの貨物の看視者等がこれに当たると解される。単なる乗客、便乗者等の同乗者、乗務に関係のない従業者等は含まれない。もっとも事実上乗務に関係していれば足り、職業ないし職別として乗務員であることを要しないと解される。

19訂版執務資料道路交通法解説』p780

タクシーの助手とはあまり聞き慣れない。昔のタクシーには助手が乗っていて、ガイドやナビなどの役割をしていたと聞く。助手席という名前もここから来ているらしい。

道交法72条1項「運転者等」の対象者

「当該車両」には、いわゆる加害車両に限らず、被害車両も含まれる。書籍では以下のように解説されている。

ア「当該交通事故に係る車両等の運転者」とは
 当該交通事故の発生に関与した運転者という意味であり、その事故の発生について故意または過失のある運転者を意味するものではなく、当該交通事故を惹起させた車両等の運転者はもとより被害者の立場に立つ車両等の運転者も含むと解される(昭37.2.20山形地裁米沢支部、昭44.12.17東京高裁)。

19訂版執務資料道路交通法解説』p779

つまり、被追突車のような一方的被害者である場合でも、飲酒等の後ろめたい事情などにより救護措置義務や報告義務を怠れば、法72条1項に違反することになる。

救護措置義務や報告義務の妨害

救護措置義務や報告義務の妨害を行うと、道路交通法73条に違反する。

(妨害の禁止)
第七十三条 交通事故があつた場合において、当該交通事故に係る車両等の運転者等以外の者で当該車両等に乗車しているものがあるときは、その者は、当該車両等の運転者等が第七十二条第一項前段に規定する措置を講じ、又は同項後段に規定する報告をするのを妨げてはならない。

道路交通法73条

妨害禁止の対象者

妨害禁止の対象者は、「当該交通事故に係る車両等の運転者等以外の者」かつ「当該車両等に乗車している者」となる。

前半、「当該交通事故に係る車両等の運転者等以外の者」は前72条前段の義務者と相反する条件となっている。

第七十二条 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、……
第七十三条 交通事故があつた場合において、当該交通事故に係る車両等の運転者等以外の者で当該車両等に乗車しているものがあるときは、……

道路交通法72条1項と73条から抜粋

前節で示した図を再掲する。

道交法72条1項と73条に関わる者の分類

事故に関与した車両に乗車している人は、運転者等であれば法72条の救護措置義務、運転者等以外であれば法73条の妨害禁止の義務、どちらかの義務を負う。

禁止されている妨害行為

救護措置義務や報告義務を妨げる行為を禁止している。

 その車両等の運転者等が、救護措置義務(法72条1項前段)又は警察官に対する報告義務(同条後段)を履行しようとするのを直接または間接的にさせないような言動に出ることをいい、……(昭41.5.27東京高裁)。
……
 妨害の方法は、口頭であると物理的力の行使たるとを問わない。タクシーの乗客等が法72条1項の措置を講じようとする運転者に「急ぐからそのまま運転を続けよ」と迫りその措置を妨害することも本条の違反となる。

19訂版執務資料道路交通法解説』p.805

物理的力の行使による妨害というのはあまりイメージできない。口頭によるものはイメージしやすい。威圧的な場合のほか、唆す場合も、妨害となる。飲み仲間が車での帰路で事故を起こし、同乗者が運転者に「逃げろ」というケースでも、妨害足り得る。

教唆犯との関係

同乗者の教唆によって、運転者が救護措置義務や報告義務を行わない選択をすると、道路交通法73条違反ではなく、道路交通法72条1項の教唆犯(刑法61条1項)に問われる。

裁判要旨
道路交通法第七二条第一項に規定する措置、報告等を怠る意思のなかつた運転者等を教唆して、新たに犯意を生ぜしめ、右の義務違反をさせたような場合には、同法第七三条の妨害罪ではなく、同法第七二条第一項違反の罪の教唆犯が成立する

昭42.3.16最高裁

教唆犯は正犯と同じ刑に問われる。道路交通法73条違反は罰金に留まるところ、道路交通法72条1項の教唆犯は、救護措置義務違反や報告義務違反と同じ刑となるため、懲役もあり得る。

(教唆)
第六十一条 人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。

刑法61条

(当方注、救護措置義務違反の教唆犯)
第百十七条の五
 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
 第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項前段の規定に違反した者(第百十七条第一項又は第二項に該当する者を除く。)

道路交通法117条の5第1号

(当方注、報告義務違反の教唆犯)
第百十九条
 次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。
十七 第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項後段に規定する報告をしなかつた者

道路交通法119条17号

(当方注、妨害禁止違反)
第百二十条
 次の各号のいずれかに該当する者は、五万円以下の罰金に処する。
 ……、第七十三条(妨害の禁止)(第七十五条の二十三(特定自動運行において交通事故があつた場合の措置)第六項において読み替えて準用する場合を含む。)、……の規定に違反した者

道路交通法120条10号

教唆とは、犯意なき者に犯意を惹起させ着手させる行為を指す。これは、教唆を試みても、犯罪に着手させることができなければ、教唆犯は成立しないことを意味する。書籍には以下のように示されている。

教唆犯が成立するためには、教唆行為がなされ、かつ、正犯が犯罪の実行に着手したことが必要である。

新・コンメンタール刑法第2版』p.156

この記事でいう正犯とは、運転者等の救護措置義務違反や報告義務違反を指す。そのため、運転者等が救護措置義務や報告義務を果たしている限り、正犯は成立しない。正犯の着手まで成立しないと、教唆犯も成立しない。

しかし、正犯が成立しない状況を補完する形で、本罪は規定されている。正犯が成立しなくとも、教唆を行ったものを処罰するため、本罪が規定されている。

図にすると以下のようになると思う。

救護措置義務違反と教唆の関係
法73条規定の有無による、教唆者に対する法適用の違い

法73条が規定されていることにより、黄色部分の法適用が変わる。この規定がないと、②の場合に教唆した者は罪に問われない。②の場合でも教唆した者を処罰可能とするよう、法73条が規定されている。

②③④はそれぞれ、書籍で以下のように解説されている。

 その車両等の運転者等が、救護措置義務(法72条1項前段)又は警察官に対する報告義務(同条後段)を履行しようとするのを直接または間接的にさせないような言動に出ることをいい、外部からの働きかけによって運転者等が内心としては、右措置等を講ずることを望んでいるのにその意思に反して反対の行動を起こさせるものをいう(昭41.5.27東京高裁)。運転者等において、これらの措置等をとる意思が全くない場合には妨げる何物もないことになり、妨げ行為をしたとしても本条の違反とはならない(当方注、上図④)
 措置等を怠る意思のない運転者等を教唆して犯意を生ぜしめ、右義務違反をさせたような場合には、教唆した同乗者は運転者の法第72条1項の義務違反の教唆犯が成立し(当方注、上図③)、本条の妨害罪に当たらない(昭42.3.16最高裁)。……
……
 ……。ここにいう妨害罪は運転者等が乗客や同乗者に妨害されても救護措置等を講じた場合や教唆犯等が成立するに至らない場合に成立し(当方注、上図②)、そのような妨害行為自体を処罰しようとするものである。

19訂版執務資料道路交通法解説』p.805

同乗者に適用される他の法令

法73条以外に、同乗者に適用されることが想定される法令を記しておく。

共同正犯、幇助犯

前節の図の④、運転者等がもともと逃走するつもりであっても、運転者等の逃走を助勢するような行動を同乗者がとると、共同正犯や幇助犯が成立する余地がある。

……。また、この運転者等の違反に積極的に援助した場合には、同条項違反の共同正犯又は幇助犯となる(横井註釈)。

19訂版執務資料道路交通法解説』p.805

共同正犯と幇助犯の区別ははっきり分からない。『新・コンメンタール刑法第2版』の解説に基づけば、共謀とそれに基づく実行行為があれば共同正犯、助言・激励等の精神的方法による援助に留まるなら幇助犯となりそうに思う。ただその境界線をイメージしづらいと思った。

飲み仲間が車での帰路で事故を起こし、逃げようとする運転者に同乗者が「逃げろ」と言う行為。運転者にもともと救護の意思がなければ、教唆は成立しない。この同乗者の行為は、一緒に逃げるという正犯意思を持った共謀なのか、逃げる運転者を精神的に援助しているに過ぎないのか。また、どの程度の積極さがないと犯罪は成立しないのか。

 学説は、伝統的に、共同正犯が成立するためには2人以上の者の間に共同実行の意志と共同実行の事実がなければならないとしてきた。
 これに対し、実務では、共謀とそれに基づく実行行為が(故意犯の)共同正犯の成立要件とされている(……)。
……
 共謀の意義については、判例上必ずしも明らかでなく、さまざまな理解が見られるが、共謀の要素として犯罪遂行についての意思連絡と正犯意思(自己の犯罪として行う意思)が要求されているという点は共通理解になっている。……

新・コンメンタール刑法第2版』p.153

 「幇助」とは、正犯に援助を与えてその犯罪を容易にする(促進する)ことをいう。その方法は、凶器の貸与等の物理的方法でも、助言・激励等の精神的方法でもよい。従犯は、正犯の実行以前でも実行中でも成立するが、犯罪終了後の援助は従犯にはあたらず、犯人蔵匿罪(刑103条)や盗品等に関する罪(刑256条)等の別罪を構成し得るにとどまる。
 従犯も、教唆犯と同様、正犯が実行に出たことを要件とする。しかし、従犯は、すでに犯行を決意した正犯の犯罪を容易にする点で、正犯に犯行の決意を生じさせる教唆犯とは異なる。

新・コンメンタール刑法第2版』p.157~158

交通事故判例百選 第5版』にも救護措置義務違反まわりの記載はなかった。

犯人蔵匿罪、証拠隠滅罪

前項に示した『新・コンメンタール刑法第2版』p.157~158にあるように、犯人蔵匿罪(刑法103条)が成立する余地がある。

自身が共同正犯や幇助犯や教唆犯に問われなくとも、運転者あるいは左記の罪に問われる同乗者を蔵匿あるいは隠避すると、犯人蔵匿罪(刑法103条)に問われる。

また、事故車の処分や修理など証拠隠滅に関与すれば、証拠隠滅罪(刑法104条)やその幇助犯や教唆犯に問われる。

最後に

救護措置義務違反は、倫理的問題も当然のこと、運転者も割に合わなければ、同乗者も割に合わない。同乗者が仮に轢き逃げを唆すようなことを言っても、思いとどまるようにしてほしいと思う。それは、被害者のためでもあり、同乗者のためでもあり、自身のためでもある。

最後に、轢き逃げの有無による量刑傾向を記しておく。

裁判例にみる交通事故の刑事処分・量刑判断』では、第一東京弁護士会の『量刑調査報告集』を用いた量刑傾向の検討が記されている。この報告書の3・4・5(平成17年4月~平成28年9月)を用いた検討で、救護措置義務違反は重く扱われていることが分かる。

過失運転致死罪の場合であっても、道交法違反が併合しないケースでは執行猶予が付くことが多い。しかし、轢き逃げをするとほぼ実刑となる。

すでに道交法違反がある場合でも、轢き逃げの分の上乗せを行わないことに意味はある。即死であり救護措置義務が課されない場合でも、報告義務違反の分を上乗せしないことに意味はある。また、致傷どまりになれば被害程度を理由として量刑が軽くなることが期待できる。

5 過失運転致死罪の事案の検討(表3)
(1) はじめに
 過失運転致死罪は、総数97件中、罰金刑が3件、執行猶予付き判決が78件、実刑判決が16件。実刑判決のうち4件は道交法違反との併合罪であった。
(5) まとめ
……
 ひき逃げや酒気帯び運転の道交法違反との併合罪の場合には、すべて実刑である。……

裁判例にみる交通事故の刑事処分・量刑判断』p.207

過失運転致傷罪の場合、加療期間が量刑の重要なファクターを占める。しかし、道交法違反との併合罪となると、同程度の加療期間と比して重く扱われる。轢き逃げも道交法違反(法72条1項)であり、重く扱われる要素のひとつとなる。下記事例1など、轢き逃げがなければ公判請求もなかったかもしれない。

致死で触れたことと同様、轢き逃げの分の上乗せを行わないことに意味はある。早期の治療によって、致死を避ける、後遺障害を避ける、より軽い致傷どまりになる、こういったことで量刑が軽くなることが期待できる。

6 過失運転致傷罪と道交法違反の併合罪の事案の検討(表3)
……
イ 加療期間1週間未満の事案について
 件数は少ない……。筆者の個人的な感想であるが、総数123件中、加療期間が1週間未満の事案が、番号1の1件しかないのは、あまりに少なすぎるように思われる。
 推測の域を出ないものの、加療期間3日や5日の過失運転致傷罪と道交法違反の併合罪の事案は、傷害結果が極めて軽微なため過失運転致傷罪で処罰する必要性は高くなく、また、医師の診断根拠が被害者の自主申告のみで客観的証拠がない場合も多く、傷害の立証の確実性をも考慮し、過失運転致傷罪では処理せず、道交法違反のみで処理することもあるのではないだろうか
 なお、番号1は、……ひき逃げの事案ともう2件の無免許運転との併合罪で、交通法規に対する遵法精神の欠如が著しいため、加療期間が5日でも敢えて公判請求されたと考えられる。

裁判例にみる交通事故の刑事処分・量刑判断』p.209


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