深刻化するアスリートの性的画像被害。盗撮を禁止する法律がない日本の現状

初出:wezzy(株式会社サイゾー) 2021.07.17 12:00

今年6月、赤外線カメラで撮影した下着が透けて見える女性アスリートの動画をインターネット上で販売していたとして、名誉毀損の疑いで57歳の会社員が逮捕された(※1)。

 また、テレビ番組で放送された中学生の女子アスリートの水着姿の画像を、アダルトサイトに転載していたサイト運営会社も著作権法違反の疑いで書類送検されている(※2)。

 相次ぐ女性アスリートの性的画像被害。その被害実態や法律の課題について、弁護士で日本陸上連盟法制委員会委員の三輪記子さんに話を聞いた。

三輪記子(みわ ふさこ)
第一東京弁護士会所属。東京大学法学部、立命館大学法科大学院卒業。2010年弁護士登録。2021年3月「三輪記子の法律事務所」開設。日本陸上連盟法制委員会委員。著書に『これだけは知っておきたい男女トラブル解消法』(海竜社)。

半年間で約1,000件の情報提供


 アスリートの性的画像被害が問題視されるようになったのは最近のことだ。しかし、昔から主に男性読者をターゲットとした雑誌に、女性アスリートの胸元や下半身が強調された画像が掲載されたり、現役を引退した女性アスリートが現役時代の被害を語るなど、被害は今に始まったことではない。

 最近ではスマートフォンなど機器の発達やSNSの普及によって、一般の人でも加害行為のハードルが下がっており、選手の写真に精液をつけてSNS上に載せたり、ダイレクトメッセージにて直接性的なメッセージを送り付けるなど、被害は深刻化している。

 2017年の#MeTooに始まり、日本でも性暴力に「NO」を示す風潮は強まりつつあるが、アスリート性的画像被害の問題については、「最も大きな分岐点は、JOCが動いたことではないか」と三輪弁護士は話す。

三輪さん:2020年11月13日にJOCを始めとした7つのスポーツ関連団体が「アスリートへの写真・動画による性的ハラスメント」に関する共同声明を出しました。このことをきっかけに警察での対応も前進した印象を受けます。このときに情報提供窓口も設けられ、2021年5月10日までの約半年間で、延べ1,000件ほどの情報提供があったそうです。

 性的画像被害のターゲットにされているのは、大規模な大会に出場している選手だけではない。部活動などで競技する学生の被害も深刻だ。また、先日には共同通信が応援に来ているチアリーダーも被害に遭っていることを報じた。

 被害に苦しんでいるアスリート・チアリーダーたちだが、これらは「現状、対応が非常に難しい」という。

三輪さん:現状、全面的な撮影禁止には振りきれません。全面的に撮影禁止にすれば、子どもたちを盗撮被害から守れるかもしれませんが、家族が子どもの競技の様子を撮影することも禁止してしまうことになります。撮影許可エリアを設けることは、現実的に対応できる可能性はあるものの、学生競技ではそこまで管理するほどの人員を割けないものもあります。

 一般人による盗撮だけでなく、胸元や下半身を強調した画像が雑誌に掲載されていることもある。そうした画像は名誉毀損や侮辱に該当する可能性はあるものの、「手間をかけてまで訴え出る人はいないのが現状」と三輪弁護士は話す。

三輪さん:プライバシー侵害や肖像権侵害などで訴えて、慰謝料請求は出来る可能性はありますが、雑誌の販売差し止めまでするのは、表現の自由の観点から現在の法制度では非常にハードルが高いです。

 また、「アスリートが性的に消費される構造には、メディア全体の女性アスリートの取り上げ方の問題もある」と指摘する。

三輪さん:特にマイナースポーツの場合、注目を集めるために競技と関係のない個人的な情報を報道したり、「美人アスリート」といった取り上げ方をしてきました。こういった報道のあり方は、アスリートがタレントのように捉えられることに影響を及ぼしています。最近では、明確に性差別的な表現は控えられつつあるものの、曖昧なラインをどう判断するのか線引きも不明瞭で、各媒体の判断になっている点も課題です。

誰でも着たい服を着る自由がある


 二次被害も深刻である。アスリートが性的画像問題について声をあげると「そんな格好をしてるのが悪い」「肌の露出の少ないユニフォームにすればいいだろ」といったアスリートに自衛を要求する声も少なくない。

三輪さん:競技によっては露出度の高いユニフォームを着用していることもありますが、記録を上げるためであったり、綺麗に見せるためなど、目的があってのことです。また、アスリートに限らず、誰でも自分が着たい服を着る自由があります。どんなにセクシーに見える服装をしていたとしても、その人に加害行為をしてもいい理由にはなりませんよね。

 この話をすると「セクシーだと思うことも否定するのか」といった反論が飛んでくることもあるのですが、その人の内心まで否定しているわけではありません。「セクシーだな」と思うことと、そういった感情を対象者が嫌がる形で外部に表出したり、本人にぶつけることは全然違います。

 表現の自由は守られるべきです。安易に表現の自由を制限するような言説には賛成できません。しかし、表現の自由があるからといって、何がなんでも自由なわけではなく、被写体の権利を侵害しない範囲で行われるべきです。これは性的画像の問題に限らないことで、他の場面でも表現の自由と侮辱や名誉毀損がごちゃ混ぜになっていることが少なくありません。

 こういった認識が共有されていないことが、アスリートの服装を責める二次加害行為に繋がっているのだと思います。

 また三輪弁護士は、指導者からアスリートに対して悪気なく二次加害がされることへも懸念を抱いている。

三輪さん:アスリートから性的画像被害の相談を受けた指導者が、「気にしないで」「仕方ないこと」といった受け答えをしてしまわないか心配です。選手の被害は深刻であり、真剣に悩みを打ち明けています。指導者側も相談されたときの受け止め方を学ぶ必要があると思います。

 性的画像の問題も性暴力の一種です。性暴力被害においては、二次被害でも苦しんでいる人が多く、二次加害をしないよう競技の枠を超えた対策が必要です。

被害者を守るためには「盗撮罪」が必要


 最後に、今後必要な対策について三輪弁護士は次の3つを挙げた。

三輪さん:第一に、社会全般的に被写体の性的自己決定権への理解を進めることです。先ほども述べたように、何を着るかは個人の自由であって、被害者を責めることは許されません。

 第二に盗撮罪の創設です。2008年、北海道でズボンを履いた女性の臀部を執拗に撮影した件で、最高裁は「卑わいな言動」にあたるとして迷惑防止条例違反が成立するという判断をしています。これまで、盗撮については各都道府県の迷惑防止条例違反で取り締まっていますが、条例なので都道府県によって要件が異なりますし、処罰自体も軽く、不十分だと感じます。

 現在、直接、盗撮を禁じる法律はありません。現状、盗撮をした場合は建造物侵入罪や著作権法違反、名誉毀損といった法律で裁かれていますが、建造物侵入罪は「建物の管理者が盗撮の目的での侵入を許可していない」という意味合いになっていますし、著作権法違反もテレビや雑誌など「著作権者の権利侵害」という扱いです。

 名誉毀損や侮辱は「被写体の社会的信用が低下した」という意味合いですが、ポイントがずれています。盗撮により侵害されているのは被写体の性的自己決定権であり、被写体が意図しない見られ方で撮影・発信されない権利が侵害されているといえます。

 現状、被写体の権利が十分に守られておらず、包括的に保護するためには、盗撮罪の創設が必要だと考えます。今年5月に公開された刑法性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめ報告書では、<全国一律に盗撮自体を規制することが必要である>と記されています。

 一方で撮影時における性的意図の有無の判断が困難であったり、条文が曖昧にならないよう慎重に進めるべきでもあります。海外の条文の例も参照しながら、被写体の権利が保護される法律が作られるべきです。

刑事法検討会第6回の資料で「資料43_諸外国の性的姿態の撮影行為等を処罰する規定(仮訳)」が公表されている。

三輪さん:三つ目に性教育を含めた教育の充実です。現状、学校では包括的な性教育がほぼ行われていないに等しく、性的自己決定権を侵害されても気付くのが難しかったり、性的自己決定権への共通認識も広まっていないのではと感じます。

 現状、被害を受けた人が大きな労力や時間を注がないと被害回復をできない状態です。盗撮を恐れ、記録を良くするという目的を最優先できなくなってしまったり、競技に集中できなくなっている選手もいるでしょう。本来、競技に向けられるエネルギーや時間が、性的画像被害への警戒や対応に割かれてしまっているとしたらとても残念なことです。被害者が被害を訴え出ることのハードルが高かったり、被害を受けた側が選択を変えなくてはいけない状況は、早急に変えていく必要があります。

※JOCの「アスリートへの写真・動画による性的ハラスメント防止の取り組みについて」のページでは、情報提供フォームが設置されている。

【参照】
※1:6月21日 東京新聞「女性アスリートの盗撮動画販売で57歳会社員を逮捕 名誉毀損容疑での摘発は全国初」

※2:6月30日 テレ朝news「中学生の水着画像転載 サイト運営会社を書類送検」