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「被害に遭ったらどうするか」ではなく「痴漢に遭いたくない」から。痴漢抑止バッジの効果、9割が「あった」

痴漢抑止バッジ(一般社団法人痴漢抑止活動センター提供)

初出:wezzy(株式会社サイゾー) 2020.11.17 07:00

現在、痴漢被害に遭わない方法として言われているのは「出入口付近に立たない」「警戒する」といった対策だ。しかし、満員電車の場合は乗車位置を選べないことも少なくないだろうし、警戒していても被害に遭うこともある。なお、「露出を控えめにする」「隙を見せない」といった被害者に責任を押し付ける対策の提示は、セカンドレイプともなる。

 「痴漢に遭わないために、もっと有効な対策はないのか」——大阪の一般社団法人痴漢抑止活動センターが作成した「痴漢抑止バッジ」には、「痴漢は犯罪です 私たちは泣き寝入りしません」とはっきり記載されており、多くの女子高校生から「効果があった」と声が集まっている。

 痴漢抑止バッジが作られた背景や効果、現在挑戦しているクラウドファンディングについて、痴漢抑止活動センター代表理事の松永弥生さんに話を伺った。

松永弥生
一般社団法人痴漢抑止活動センター代表理事。1965年生・大阪市在住。本業はフリーライター。10年以上ロボットコンテストを取材し、コンテストを人材育成に活かす手法とその成果を見守ってきた。その知見を生かし、学生を対象とした「痴漢抑止バッジデザインコンテスト」で、10年後、性犯罪に対する社会の意識を変える可能性を見いだした。「痴漢抑止バッジ」考案者の母 殿岡とは幼なじみである。 2015年8月に、殿岡がSNSに投稿した「私は泣き寝入りしません」のカードとそれまでの経緯を読み、缶バッジにすることを提案。殿岡から、相談をうけて「痴漢抑止バッジプロジェクト」を企画立案した。 クラウドファンディング×クラウドソーシングの活用して活動資金とデザインを募ったところ、多くの共感を呼び、メディアからも注目が集まった。プロジェクトを継続するために一般社団法人 痴漢抑止活動センターを立ち上げた。

●一般社団法人痴漢抑止活動センターホームページ

「私は泣き寝入りしない」カードをつけたら痴漢されなくなった


——痴漢抑止バッジはどういった背景で作られたのでしょうか。

松永弥生さん(以下、松永):きっかけは2015年8月、友人がTwitterに投稿したある画像とエピソードを見て衝撃を受けたことです。その友人の娘さんは高校に入学してから毎日のように痴漢被害に遭っていたのですが、「痴漢は犯罪です。私は泣き寝入りしません」というカードをバッグにつけるようにしたところ、被害がぴたっと止んだという内容でした。

 私はこれをとても良いアイディアだと思いました。これまで痴漢に関する啓発は「被害に遭ったらどうするか」の視点ばかりだったのですが、そもそも被害に遭いたくないですよね。この方法でしたら被害が起きないですし、被害がないので加害者もいない。痴漢がないので冤罪も起きません。

 ただ、カードを考案した彼女はとても傷ついていたと思うんです。彼女は警察に相談に行き、警察で「手を掴んで『この人痴漢です』と言えば周りの大人が助けてくれるよ」と言われ、家で声を出す練習もし、実際に捕まえたこともあるんです。でも周りの大人は誰も助けてくれなかった。大人を信じられないから、カードをつけるしかなかったんですよね。

 私自身も二十歳の頃は毎日のように痴漢被害に遭っていましたし、今でも痴漢被害に遭っている女の子はたくさんいます。彼女たちがつけやすいよう缶バッジにすることを友人に提案したところ、賛成してもらい、痴漢抑止バッジの活動が始まりました。

——痴漢抑止バッジの効果についてお伺いします。

松永:痴漢抑止バッジを作った頃から「本当に効果があるの?」とずっと訊かれていました。考案者である彼女も最初は「カードに比べて缶バッジは小さいから効果があるのか不安」と話していましたが、缶バッジにしてからも痴漢に遭っていません。

——それだけ、痴漢加害者は痴漢する相手をよく見て選んでいるのかもしれないですね。

松永:ほかにも埼京線で通学する70人に9カ月間使ってもらったところ、94.3%が「効果があった」と回答しています。残りの子は効果がなかったのではなく、「元々痴漢に遭っていなかった」「友人が『効果がないと思う』と言っていた」という回答で、元々痴漢に遭っていた子は「痴漢に遭わなくなった」「安心して電車に乗れるようになった」と効果を実感していました。また、痴漢抑止バッジの中にはアンケートはがきを同封しているのですが、たくさん「効果があった」との声をいただいています。

自分の意思で痴漢抑止バッジをつけている


バッジと一緒にリーフレットを同封している(一般社団法人痴漢抑止活動センター提供)


——痴漢抑止バッジはデザインが豊富なのも印象的です。デザインを統一した方が認知度は上がりそうですが、なぜデザインを複数にしたのでしょうか。

松永:同じデザインで配布となると、「配られたからつけている」と見られ、バッジそのものの効果が薄れてしまうのではと考えています。複数のデザインがあることで「自分の意思で選んでつけている」ことが明確になります。できればつけたくないものですので、せめて好みのデザインのものをつけてもらえたらという思いもあります。

——痴漢抑止バッジに対し、否定的な意見はありましたか。

松永:活動当初は「痴漢被害に遭っている女の子は悪くないのに、バッジをつけさせるのはおかしい。加害者にやめろと言うべき」という声は複数いただきました。しかし、私は痴漢抑止バッジは自転車の鍵と同じと考えています。自転車を盗まれたくないので鍵をかけますし、「自転車を盗む方が悪いのだから『鍵をかけろ』なんて言うのは酷い」なんて言いませんよね。

 これまで痴漢被害者は「被害に遭った後どうするか」しか提示されておらず、自分たちに鍵をかける手段を知らなかった。もしくは被害者の服装や態度を責めるといったセカンドレイプによって、地味な服装や毅然とした態度が鍵のように提示されていました。

 もちろん痴漢被害に悩む子全員に痴漢抑止バッジで身を守ってとは言いませんし、今すぐ加害者に痴漢をやめさせる方法があるならそうしたいです。ですが、きっと今日も痴漢被害に遭っている子はどこかにいて、被害に遭うと恐怖心で身体が固まって声が出せなくなってしまう子もいます。「加害者にやめさせるべき」は正論ですが、今困っている子が救われる手段も同時に必要ですよね。

——今もなお、女性に対して性被害に遭わないよう”自衛”が求められる一方で、テレビやSNSで「女性専用車両を使うのは勘違い女」といったメッセージも同時に発信されています。女子高校生たちから「痴漢抑止バッジをつけにくい」といった相談を受けたことはありますか。

松永:前提として、痴漢加害者の臨床を行っている斉藤章佳先生の著書『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)では、痴漢がターゲットとして選ぶ女性について次のように書かれています。

<彼らが狙う女性を端的にいうなら、「被害を訴えでそうにない」女性となります>(p114)
<若い女性にこだわる痴漢もいますが、それよりも優先されるのが「気が弱そう」「大人しそう」といった特徴です>(p117)

 痴漢加害者にとって最も優先されるのは、容姿や年齢がどうこうより「自分が訴えられないか」であることがわかります。

 痴漢抑止バッジの活動をするなかで、「女性専用車両に乗りにくい」と相談してくれた子がいました。それならバッジをつけるのはもっと嫌かなと思ったのですが、彼女は「バッチの方がいい」と言っていました。それは、彼女が恐れていたのは友達の目だったからです。女性専用車両に乗るとなると、乗り降りするところを友人に見られる恐れがある。でも痴漢抑止バッジはクリップ式で乗る前にホームでさっとつけられますし、バッジを見られるのは車内で近くに立っている数人です。

 ただ、その話を聞いたとき、いろいろな歪みを感じました。テレビ番組やSNSで「女性専用車両に乗る女性はブス・勘違い女」といった内容は繰り返されている。大人が子どもに誤った認識を植え付けていますよね。

電車で通学する前に、痴漢の実態と身を守る方法を知ってほしい

11月20日までクラウドファンディング挑戦中(一般社団法人痴漢抑止活動センター提供)


——痴漢抑止活動センターでは、11月20日までクラウドファンディングに挑戦されているのですよね。内容と目的を教えてください。

松永:クラウドファンディングでは、痴漢被害に関する啓発のアニメーションを制作しようとしています。痴漢被害の実態や対処法、自分を守る権利を持っていることを伝える内容です。痴漢抑止活動センターでは毎年、学生を対象とした「痴漢抑止バッジデザインコンテスト」を行っており、プロのデザイナーや中高生に審査員をしてもらっています。バッジのデザインや審査の前に「痴漢とはどういったものなのか」教育的なことを行っていきたいです。

 また、大人も痴漢について正しい知識を持っていない人は多いです。そのため、コンテスト関係者だけでなく、保護者や先生にも見てほしいと考えています。以前、大阪府の生徒指導の先生の集まりの場に呼んでいただき、痴漢被害の実態と痴漢抑止バッジの効果についてお話しました。そのとき先生たちから「痴漢がいるのは知っていたものの、ここまで酷いとは知らなかった」と言われました。また、「スカートを短くしないように」「遅刻すると痴漢に遭いやすい」といった指導をされているとも伺い、正しい知識をお伝えする必要性を強く感じました。大人の知識がアップデートされないと、子どもが相談しにくくなってしまいますよね。

 動画は痴漢抑止活動センターの公式ホームページやYouTubeでも公開する予定です。YouTubeで公開すれば、若い人にも見てもらえる機会が増えると考えています。電車に乗って通学する前に痴漢とは何なのか、どう対処すればいいか知識をつけてもらえたらと思います。

——ただ、対処法を知っていても実際に被害に遭ってしまうことはあると思います。

松永:そうですね。痴漢に遭うと怖くて動けなくなってしまう子は少なくないです。でも、たとえ対処法を知っていたうえで被害に遭ってしまったとしても、「自分が悪い」とはいっさい考えないでほしいです。悪いのは痴漢です。

 もし被害に遭ったら大人に相談してほしいです。もしその大人が「スカートが短い」「隙があった」などあなたを責めるようなことを言ってきたら、その人はまだ考え方がアップデートされていないので、それは信じなくて大丈夫です。別の大人に相談してみてください。

——周囲に話せる大人がいなかった場合、どこに相談すればいいのでしょうか。

松永:各都道府県にある性暴力被害者ワンストップ支援センターに電話してみてほしいです。もしくは鉄道警察に相談してみてください。鉄道警察の方が交番や警察署より親身に聞いてくれたと言ってる子もいました。

——ありがとうございます。より多くの人に痴漢の実情と正しい知識を身につけてもらうため、クラウドファンディングを成功させたいですね。

【痴漢抑止活動センターよりお知らせ】

●11月20日まで「学生に知ってほしい痴漢の真実・アニメーション制作プロジェクト」のクラウドファンディングを行っています。

詳細はこちら

●痴漢抑止バッジは大阪メトロの駅構内のローソン及び、南海電鉄の駅ナカコンビニ「アンスリー」のいくつかの店舗で販売しています。もしくは痴漢抑止活動センターのホームページから通販で購入もできます。

痴漢抑止バッジの通販のページはこちら

※転載時追記
痴漢抑止バッジは2024年1月9日現在、無料で配布を行っています。詳細は下記からご確認ください。
https://scbaction.ec-cube.shop/