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君の耳には、僕はなれない 3

笑顔 トラウマ

『幸福のパンケーキ屋』 将太と愛美。一見普通の青年(中年)と若い娘。

”いえはどこ” 
”山下町”
”なんできたの”
”バス”
”かえりは ”
”バス”
”かいもの”
”洋服です”
”いつまでにかえるの”
”くらくなる前に  ”
”おくろうか くるまで”
”いえ、大丈夫です”
”なにもしないから”
 愛美は斜めに顔を向け、怪訝そうに将太を見る。
”ごめん しょたいめん あぶないわな”
”はい”

”気を使わせてごめんなさい”
”なにが”
”耳 聞こえないから”
……
”きゃくにもみみとおいばあさんいる”
気の利いた、慰めのつもりで言った将太。ちょっとばかりドヤ顔。
……
”そのおばあさんと一緒?私”
将太の顔が、「しまった!。あちゃ~。」と言った様に愛美には見えた。
顔の前で右手を立て、”ごめんね”のポーズの将太。しかしその顔は笑い始めていた。
その内、大爆笑に変わる。店内の客から視線を集める。将太、声を出さない様に肩で笑い始める。
大爆笑している将太を見て、愛美も連られて笑い始める。その内、ツボに嵌り、止まらなくなった。
二人して、肩で爆笑。当分の間、続いた。

”ほんとごめん”
”いいです。似た様なものです”
”ほんとごめん”
【でも、おばあさんは耳が聞こえなくても、喋るるから違うけどね、、、
 ……この人、ハンディキャップを笑いのネタにしちゃってる?、、、かな?……変な人。】と愛美。
笑いが収まり始めた時、愛美は心の中に、妙な安堵感か嬉しさがこみ上げているのが不思議だった。
”他の人や、支援者が聞いたら怒られちゃいますね。言わない方が良いですよ”
”わかった もういわない”

二人とも食べ終り、愛美は両手を合わせ”ごちそう様”のポーズ。
”かえろうか”
愛美が頷き、鞄から財布を出した。
将太が手を前に出し、手のひらを愛美に向け、左右に振る。
愛美は眼を閉じて、首を何度も横に振る。そして財布から3千円を出し、渡そうとした。
将太はそれを受け取り、その内2枚を愛美に返そうとする。
両手のひらを前に向ける愛美。その右手を将太が軽くつかみ、手のひらへ千円札2枚を載せ、大きく頷いた。
テーブルの番号札を持ちレジへ。後を愛美が付いて行く。

店の前で二人は向かい合い、将太が「じゃ、」と一言。愛美は手を何やら動かした後、一礼。
手を振りながらそれぞれの方向へ歩き出した。
将太は駐車場の車に乗り込んだ時、携帯を取出した。
”きょうはありがとう。
 ひまなとき、ライントーク ?”
 よるだけど
 どう ?”
と送ってみた。直ぐに返信。
”ありがとうございました
 ライントーク お願いします
 仕事の相談に乗ってください”
「よっしゃー!やったー!」車の中で叫び、ガッツポーズをした。
”またれんらく する”
”お願いします”

将太、帰り道。
女の子と付き合った事が無い自分が、気になった最初の女の子。
【大丈夫かな、、、耳が聞こえないのか、、、。】
【しかし、失敗したな。慰めたつもりが駄目だったか。あの子は笑ってくれたけど、、、】
【あの笑顔、いいなあ。世界中探しても、あれ以上の笑顔は無いよなあ~。】
【でも、付き合うとしてどうすりゃ良いんだ?……付き合った事ねえし、、、。】

将太、高校生。ある日中学と高校と一緒だった和美にこう言われた。
「将太君。付き合って」
生徒会副会長でもある和美からの頼み、【ん?、雑用か?、、、重い物でも提げるのか?】「いいよ。」
その日、徒歩の将太、自転車の和美と並んで帰った。
【ん?……帰って良いのか?……用事が有るんじゃなかったのか?】
「将太君、一つ聞いて良い?」「何?」「今、好きな子とかいる?」「いねぇ。」「そう、、、」
「あたしの事、嫌い?」暫く間が開いた後、和美が俯きながら聞いてきた。
【昔、何かと心配してくれたからな~。美人じゃないけど笑ったところなんか、、、】「……好きだよ。」
思っていた事の最後の言葉だけ、口からこぼれた。
「……ホントっ?!。」ハニカミながら和美、笑顔を将太に向けた。
【その笑顔、良いなぁ、、、。結構可愛いとこあるよな~、、、】「うん。」
【……で、何か頼みたい事あるんじゃねぇ?】「用事って、何?」と将太。
「えっ、!……いや、、、今の流れで、、、その、、、でも、、、もう良い。」和美、口をとがらして首を傾げる。

将太は小学生の頃から、おかしな(変な)子で通っていた。
授業中、突然立ち上がり「ウサギのエサ、やるの忘れてました。行ってきます」と言って、教室から居なくなる。
班で話し合いをする時、突然黙り込み自分の世界に入ってしまう。話しかけても答えない。肩を揺すられて”ハッ”と戻る。
機嫌が悪くなり突然、喚き散らす事もある。
父親や母親は将太の事を良く叱った。落ち着きの無い子は良く無い事だと叱った。
叱られる事で自分自身の殻に閉じ籠り、自分自身を責める様になった。人の話も遮断する様になった。
そうなれば、周りの同級生達は最初は面白がり、それが続くと面倒臭がりシカトする様になる。関わり合いを持とうとしなくなる。
人とコミュニケーションが取れないと、語彙も乏しくなり思考力も理解力も落ちる。人の気持ちも判らなくなる。
小学生の時は、何となく敬遠され、中学生の頃は露骨に無視された。
中学という所、自分に有益なものは受入れ、害があると思われれば徹底的に疎外される所。
和美は、将太が中学生の頃、クラスのみんなにシカトされている時期に何かと話しかけてくれていた。
学級委員でもあった和美。「ほらっ、元気出せっ!」背中を叩いてくれたのも和美。
高校に入り、”個性”がある程度認めてくれる時代となった辺りから、以前の様な”個性”は表に出なくなった。
注意されることが減り、面白い事を言えば周りが笑う。周りの笑顔が自分にとっての”治療薬”だったと思える。
将太の嫌いなものは”怒られる事”。苦手な事は”遠回しに言われる事”。好きな事や嬉しい事は”笑顔を見られる事”。

「将太って、馬鹿っ?!」和美は急に自転車を押すのを止め立ち止まり、怒った様に突然言った。
【……怒られたのか?……俺、何をした?】将太の頭の中が停止した。
「用事って、何?って、聞く?フツウ~。……この流れでさぁ~。……折角、勇気出したのにィ~。
 あたしの方がバカみたいじゃん、、、。」顔は怒っている。涙目になっている。
将太は昔の”個性”が蘇り、思考は止まり自分の殻に入り込み自分自身を責め始めた。
【こいつは何が言いたかったんだ?……何で、判ってやれないんだ。……】
二人の間に、変な空気と時間が流れる。
「慰めるとか無いわけっ?!ゴメンとか無いわけっ?……判ったっ!もう良いっ!」
和美が自転車にまたがり走り去っていった。
将太はそれを見ながら、自分自身を責める。
【……俺は、人とは上手くやっていけないな。……ましてや女とか無理だ、、、。】

大人になり、”個性”は出なくはなったが、人の言ってることが理解できない事は、今でもある。
音としては聞こえているが、処理が出来ない。何をどうしようと言うのか整理がつかない時がある。
そんな時は、自分の殻に閉じこもり、しばし待つ。もしくは何も考えずに手だけを動かす。
今の仕事、自動車整備は合っているかも知れない。マニュアルの図解通りに黙々と作業し、身体が覚えれば良いから。

【ちょっと変な人。少しズレてるのかな。今まで会った事の無いタイプ。】
愛美は、ニヤニヤしながらバスに揺られていた。マスクをしているので他の人には判らない。
今まで出会った人たちは、愛美が聴覚障害と判ると、愛想笑いを残し避けていくか、目を見開き「お手伝いします」と迫ってくる人。
もしくは、遠巻きにチラチラ見るだけ。

ワクワクしていた。何か新しい世界に行ける様な期待。
【荒川将太さんか、、、。あれ、あたしの新川もアラカワって読める、、、……ま、関係ないけど。】
心の中の一歩を進めるには、良い気付きだった様だ。



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