見出し画像

君の耳には、僕はなれない 10

リセット リスタート

2年前に来た海水浴場から少し離れた岩場のある海岸に車が止まった。
葉の茂った大きな木が並んで植えられている。ベンチのある休憩コーナーもある。
他の人は居ない。どうも立ち入り禁止区域らしい。すぐ横の崖が崩落している。
「いいの?こんなとこ入って」愛美は将太へ手話で聞いてみた。
「大丈夫。」手話で返してきた。
「手話、少しは出来る様になってるね」上達はしていない様子だったが、嫌みの心算(つもり)で聞いてみた。
「少しだけ」
「なんで」
……
”DVD”携帯のDMで帰ってきた。
”じゃなくて”
……
”いつかまたあえるかと”
”私に?”
”そうだ”
……
”2,3回 夕方 駅前で車を見た 将太さんだった?”
”そうだ”
”なんで”
”いいわけしたかった”
”すぐ来なくなった”
”じんじゃでもみた”
青山との待ち合わせをした神社の駐車場も見られていた。
”たばこ”
将太は車を降り、すぐ横のガードレールに腰掛け、煙草に火を点けた。

神社の駐車場で男の車に乗り込む愛美を見た時、
【あん?、、、彼氏いたのか?、、、判らなかった、、、】
愛美には彼氏は居ないとばかり思っていた。
【ん?何か楽しそうじゃねえな、、、、何でだ、、、判らん、、、女は判らん。】

手話のDVD付き解説本はお盆休み明けに買っていた。
アパートに帰ってからコンビニ弁当を食べながらとかビールを飲みながら、携帯を見ながらの、正対して見ることはせず、流し視聴。
本はほとんど見ていない。
神社で見かけた後も続けて見た。

言い訳を言いたいとか、いつか会えるかもと手話を続けていた将太の事を、愛美はどう理解して良いのか判らなかった。
可哀そうだから?好みのタイプだったの?いずれ女としての遊び相手?
将太には彼女がいた。自分の一方的な思いを募らせ迷惑を掛けたのに、将太さんがいい訳って、……何の事?。

愛美は通学中の電車の中で手紙をもらった事を思い出していた。
小学校高学年の時、中学生から(交換日誌をしませんか)と手紙を渡された。
2か月は続いただろうか。最後に手紙を渡された。(やっぱり無理でした)と書いてあったと思う。
始めた時は嬉しかったと思う。止めた時は悲しかったと思う。
日記に何を書いたか覚えていない。中学生は将来の夢を書いていた様な気がする。
多分、恨みや不満を書いたと思う。自分の身の不幸に同情して欲しいと書いたと思う
流行りのバンドの曲を聴いてみたい、無い物ねだりで埋め尽くされて居たんだと思う。
人の役に立ちたい。障害者の力になりたい。そんな事も書いてた様な気がする。
あの中学生も最初は純粋な動機だったと思うけど、その日記は中学生が持ったまま。
きっと、回し読みとかして笑ってるのかな。みんなで可哀そうと言いながら優越感に浸っているのかな。
「面白かった?。良い観察対象だったでしょ。」って今なら伝えられる。

中学、高校と、顔を隠せるように前髪を伸ばし、真夏でもマスクを着け、100均の黒縁眼鏡を掛け、近づかないでオーラを出しながら通学していた。
【健常者の人たちともっとコミュニケーションしていたら、将太さんが何を考えていたのか判るのかな。】

愛美も車を降り、休憩コーナーのベンチへ座り、鞄から煙草を取り出し火を点けた。
将太からは離れているが見える場所。
”いつからすってる”将太からDMが着た。
”お酒や煙草は二十歳からって決まってる”愛美が返す。
”にあわね”
”どうもありがとう 大きなお世話”
”おとうさんもだったか”
”お母さん”
……
”もしかして”将太、耳の聞こえなくなった原因が煙草かと思った。
”違う。私が小学生の時からだから”愛美、即答。
”すまん でりかしがないといわれる”
”デリカシー? 誰に?”
”いもうと”
”合ってるかも”
……
”かおつき かわった”
”どんな風に変わった?”
”くらい げんきない びょうにん”
”本当にデリカシー無いね”
”うん うそでもほめろとよくいわれる”

「帰ろう」将太が手話で愛美へ。
「しないの」と、心にも無い事を手話で聞く愛美。”する”と返事が来れば断るつもりなのに。
首を軽く横に振り、苦笑いの将太。
将太の車に乗り込み、帰路に就く。

○○市の立体駐車場に着いた。
「また、会えるか」と手話で将太。
愛美は携帯のDM画面を指差す。(ヤリモクサイトがあるじゃない)と言いたげに。
将太はDMで”らいんのぶろっくはずしてくれ”と送る。
「考えておきます。期待しないでください」と愛美は手話で返すが、将太は良く判らなかった。
将太の首を傾げての困った様な顔を見て、愛美は少し笑った。
将太もその顔を見て、少し笑った。
その日はそれで別れた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?