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君の耳には、僕はなれない 4

春 デート

愛美の就職先は同じ市内の工業団地にある、医療機器製造メーカー アストラ精器㈱。
朝、自宅近くのバス停からJR線の駅まで行き、駅前ロータリーに止まっている工業団地行きの会社専属送迎バスに乗り、通勤している。
工場には同じ県立聾学校の出身者が4名いる。毎年1名は入社する。
国と県の障害者雇用推進制度で会社に補助金が出るのと、障害者に優しい事業所として社会貢献を行うとしている。
総務課には、手話が出来る健常者が2名。ろうあ者のいる職場には音声テキスト変換アプリの入ったタブレットがあり、
研修や教育実習、作業指導や設計変更に伴う工程変更の説明などに使用されている。

昼食時は、食堂で同じろうあ者が集まって食事をとる。
『愛美さん 彼氏 いる?』その内の一人が手話で聞いてきた。
『いません。』
『好きな人は?』
少し間を置き『……いません。』
『健常者は止めときなさいよ。悲しい終わりになるから』
『……はい』
将太さんと何かが始まるとは思っていないが、【止めといた方が良いのかな】と思う愛美。

将太と愛美のライントーク、週に2、3回続いている。
仕事への取り組み方や心構えを愛美が聞くと
”おれにきくな”
”おれはめのまえのクルマにシュウチュウしてるだけだ”
”まなみもあれこれかんがえずシュウチュウでいいんじゃないか”
 そっけない。
でも、将太の様な対応が、愛美にとって新鮮だった。
毎日でも、寝る前の時間をすべてライントークに使いたかった。
でも、【将太さんは忙しそうだから】と出来るだけ我慢した。
”ライントーク 毎晩でもいいですか”と送った事がある。返信が着たのは翌日の昼。
”ごめん きがつかなかった”
”よるはめしくって シャワーあびてねるだけ”
”ふとんによこになってると (-_-)zzz”
”で、なかなかへんしんできね”
”それでも いいか”
”はい いいです 都合のいい時で”
将太にマメさを求めてはいけない。と思う愛美。

”5月 れんきゅう なにしてる”
”予定はありません”
”いつやすみ”
”29日から5日までです”
”おれ、3、4、5がやすみ どらいぶ いかない”
”行きます。連れてってください”
”じゃ 3日 あけといて”
”ハイ!” とルンルンのスタンプ付き。

5月3日 初デート
家まで迎えに行こうかと伝えてきた将太に”駅まで行きます。駅で何時?”と愛美。
9時、駅前ロータリー。ジーンズのロングスカートと緑のTシャツ、フェイクレザーのジャケット、サンダルの愛美。
【おぉ~。可愛い、、、。】将太は黒のビッグサイズミニバンを愛美の前に横着けした。
目の前に大きな黒い車。【えっ、……やくざ?】愛美が後ずさりすると、助手席の窓が開いた。
「おまたせ~。」と将太、手を振る。
【……あ、将太さん!】ホッとしながら、助手席のドアを開け、乗り込む。
将太は携帯のライントークで
”どこいきたい?”
”どこでもいいです”
”うみにいこう にほんかい”
”はい お願いします”
”トイレ おなかすいた ノドかわいた しゅわ おしえといて”
愛美は手話で3つの動作をした。
”なんとなく”首をかしげながら、自信無さげな将太。
”その時は 携帯画面 見せます”
顔の前で右手を立て、”ごめんね”のポーズの将太。
愛美は大きく頷く。目が優しく笑っていた。

【しまった、、、。車なら会話が弾むかと思ったが、、、。】高速道路までの途中、将太は少し後悔。
運転中の将太は携帯が使えない。
愛美は窓の外を眺めている。
高速のパーキングに入る。
”ごめん たのしいかとおもった うんてん とーくできない”
”楽しいです ドライブ久しぶりだし 学校の遠足以来”
”かぞくでおでかけは”
 ……
”ほとんどありませんでした 私が嫌だと言って”
本当は、家族が嫌がっていたのに自分のせいにした。
”なんで”
”人にじろじろ見られるのが   ショッピングモールは特に嫌です”
”わりい やなこときいた”
”気にしないでください”
 ……
”テキスト変換アプリ ありますよ”
”なに それ”
”喋ると文字に変換してくれます”
 ……
”やっぱ うんてんちゅう みれない あぶない”
”ごめんなさい そうでした”
”めしくうときつかってみよう”
”はい”
それからトイレ休憩。
愛美がトイレから出て将太を探そうと辺りを見渡すと、少し離れた喫煙所に居た。
ベンチに座り、将太が帰ってくるまで待つことにした。
【将太さん、タバコ吸うんだ、、、。】

愛美は地元の小学校には行かず、車で片道で一時間係る県立聾学校へ、母の送り迎えで通い始めた。
毎朝、毎夕の2往復。2時間ずつ。家事や畑仕事の為、母は最初は必ず家に帰ろうとしていた。
梅雨頃からだろうか、雨が降れば朝送ってきた後、夕方まで時間を潰し、迎えに来ていた。
最初は買い物や喫茶店だったみたいだが、何時からかパチンコ屋に行っていた様だ。お菓子がたくさんある時もあった。
タバコ臭くなった母。帰りの車の中でも吸う様になり、家に帰ってからも裏の畑に面する場所で吸うようになった。
家では父親と口論が絶えず、何を言っているのかも判らない愛美は隅で泣くだけの日々が続く。
【愛美のせいで喧嘩してる、、、。ごめんなさい、、、。】そのことばっかり考えていた。
一度、母に”何故、タバコ吸うの”と聞いた事がある。「気が紛れるから」
暫くすると家の掃除は、父の日曜日ごとの役割になっていた。
母の送迎は一年生の時だけだった。二年生からは駅までバス、電車に乗り換え、またバス。
2時間弱の通学が高校卒業まで続いた。

目の前が少し暗くなったと思ったら将太が立っていた。
売店でカフェオレを買い、車に戻る。
”たばこ 吸うんですね”
”くさい”
”いえ、慣れてますから”
”おとうさん”
”はい”
高速を暫く走り窓から海が見えた時、愛美は身を乗り出し微笑みがこぼれた。将太に感謝と、淡い期待が胸に。
【普通の事が出来る様になるかな~。】



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