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広島協奏曲 VOL.3 もののふの妻 (3) 聞けずじまい

 聞けずじまい

 毎日、数回の巡回が日課となる。
 自衛隊員に会えるかな?イケメンであろうがなかろうが、自衛隊員と言うだけでバイアスがかかっている。優しさが見えれば合格ラインを超える。
 数日後、居た。先日と同じトイレ掃除。同じ人。小太りの丸顔の人。
 「お疲れ様です~。いつもありがとうございます~。」先日より高音の声が無意識に出る。
 「ご苦労様ですっ」ハキハキした返事が、また返る。
 「利用されますか?、移動しましょうか?。」先日と同じ。
 「いえ、ペーパー補充だけですから、、、」今回は微笑みを添えた。
 【市内(広島)なら、うちの微笑みで充分捕獲できるんじゃけど、、、あっ、すっぴんじゃった、、、ダメかぁ~。】
 由里亜、今は化粧などしていない。少し後悔。
 「そうですか。ご苦労様です。」隊員はちょっと微笑み返してくれた。
 由里亜はペーパー補充を終えると、隊員に声を掛けた。
 「あの~、、、ちょっと休憩しませんか?、、、お菓子、食べません?」エプロンのポケットから”おかき”を数袋取出し、手のひらへ載せ隊員へ見せる。
 「自分、任務中なので、頂けません。申し訳ありません。」と謝る隊員。
 「休憩はいつですか?何時から?」
 「3時からです。あっ、あと2分か、、、、」腕時計を見ながら、隊員はホッとしたような表情になった。
 「じゃ、少し前倒しで、、、食べましょ。」
 「……はい。頂きます。」隊員は手袋を外し、小脇に抱え、由里亜の手にある”おかき”を一袋取る。
 「あっちで食べましょ。さすがにトイレの前ゆうなぁ~、、、」由里亜、体育館の軒下あたりを指さす。
 「はい。」二人して、軒下へ座る。

 「あの~隊員さん、どちらの方ですか?」由里亜、可憐な少女モードで行くことにした。
 「自分は出雲駐屯地から来ました。」そう言いながら、ヘルメットを脱ぐ。
 おでこに、汗で張り付いた細い髪の毛。少し上を見ると、寂しそうな頭。
 「とし、なんぼですか?」
 「え、年齢ですか?、、、こう見えてまだ、25です。決して35ではありません。ハハハハ」自虐的な笑い。
 「……そうですか、、、自衛隊ではいつも何、しとってんですか?」由里亜、年齢の話を逸らそうと話題を変える。
 「戦車隊です。操縦訓練中です。あと、重機の訓練もしているので、災害派遣はパワーショベルやブルドーザーを扱います。」
 「戦車ですか?へえ~、カッコいい!、なんか、憧れる!」少女モード発動中。
 「そ、そうですか?、、、光栄です。」
 「大きな機械に乗る人って、ガンダムみたいで、カッコええなって。」
 「ガンダムっすか、、、」苦笑いする隊員。「そろそろ、作業に戻ります。見つかると注意を受けますから。」
 「え~、もうちょっと話したかったなあ~、、、明日もトイレ掃除に来てですか?」少女モード継続中。
 「いえ、また明日からショベルに乗ります。行方不明者の捜索です。」
 「じゃ、私のおじいちゃん、探してください!、まだ見つかっていないんです。」由里亜、素に戻った。
 「そうだったんですか、、、、、はい。探します。丁寧に、根気よく、探します。」隊員は少し驚いた顔をしたが、すぐ真顔になりこう言った。
 いつも、こう答えているのだろう。行方不明者を探す何人もの人たちからの懇願に対し、イヤな顔を一つせず、対応する。
 「お願いします、、、」涙が出そうになった。鼻の奥がつ~んとした。本当にありがたいと思った。
 隊員は残りのトイレ掃除を行い始めた。
 「あの、今度は何時来られますか?」由里亜、立ち去る前に聞いた。
 「毎週、火曜日が待機日なので、来週も火曜日の午後。来ます。」
 「待機日って、、、休みの日?、、、ですか?」
 「出動中は休みはありません。一応休息日ですが、後方の雑務やいつでも出動できるように待機しています。」
 「大変ですね、、、頑張ってください。また、来週、、、じゃ。」軽く礼をしてその場を去る由里亜。
 来週火曜日は【何を持ってこようかな?】作戦会議が心の中で始まった。

 来週の火曜日が待ち遠しくなった由里亜。暇が出来れば”自衛隊”でググる。ツイッターのハッシュタグを検索をする。
 「ありがとう。」「心強かった。」「感謝しています。」などの言葉の中、、、
 「自衛隊は今に日本に必要無い。」「人殺しの練習をしている、有ってはならない組織だ。」の信じられない投稿も目に入る。
 【チっ!、、、こいつら感謝と言う日本語を知らんのかっ!】見ない様にするも、気になるので見てしまう。
 誹謗中傷の中、目の前で黙々と任務をこなす自衛隊には、感謝しかない。

 「名前、教えてください。」
 火曜日、先週と同じトイレ掃除をする自衛隊員との3時のおやつ時間に、由里亜は尋ねた。
 「え、自分ですか?自分は 山形隆太郎やまがたりゅうたろう と言います。」
 「りゅうたろうさん、、、あっ、私、由里亜です。高城由里亜。」
 「高城さん、、、どうも。高校生ですか?」山形と名乗った隊員は少し照れながら、由里亜に聞いた。
 「はい、3年です。半年もすると卒業なんですけど、、、」
 「そうですか、、、、」
 【連絡先交換か?、、、あ、携帯持ってきてない、、、しまった。また次回だな、、、】

 翌日、出雲から派遣された陸上自衛隊の部隊は、交代で帰任する事となったと聞いた。
 連絡先は交換できなかった。
 誰から見てもイケメンとは言い難い山形隆太郎。実年齢より必ず多くみられそうな、老け顔。
 背も高くなく、髪の毛も薄い、チヤホヤされそうにない外見。
 ただ、自衛隊員と言うだけの存在。
 由里亜、【縁が無かったんかねぇ、、、】と思う事にした。

 仮設住宅が準備出来た。今までいた家は全損壊と言う事で立ち退くことになった。
 家にある荷物は消防隊員が運び出してくれて、必要な物だけ持って仮設住宅に移る事にした。
 9月、仮設住宅から学校へ通い始める。
 祖父はまだ、見つかっていない。

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