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君の耳には、僕はなれない 11

思いの丈 バカやろう 足手纏い


ゆるいデート。将太との再会はそんなデート。
待ち合わせ、ドライブ、海、会話。セックスなし。
【あんなデート、将太さんとしかしてなかったな、、、また出来るかな?、、、こんな私と、、、汚れちゃった私と、、、
 僅かな望みはまだあるのかな?、、、それとも、嫌いになってくれるのかな?、、、】
毎日考えていた。将太の気持ちを確かめたかった。確かめた上で気持ちにけじめをつけようと思った。
そうしないと、前に進めない。僅かな望みが有るのか無いのか、、、。LINEのブロックを外した。

”カギ 開けました”
”あした 6じ でじゃぶにきて”将太からの返信。

愛美のブロック、駅前、神社の件から将太は、日に日に募る思いをどう消化しようか判らなかった。
会いたい。笑顔が見たい。手話の上達を褒めてもらいたい。また、何処かへ一緒に行きたい。
SEXは無くていい。また出会えるなら、セフレと解消しても良い。傍に居たい。
話を聞いてくれと言って、バスから降りたところに現われても、まだ手話がそこまで出来ない。ストーカーになってしまう。
結局、セフレと合う日々が続く。以前にも増して連絡を取る回数が増える。
3人の女性、将太の気持ちを察して優しくしてくれた。何があったかも聞かない様にして。

8月の終わり、喫茶&レストラン「デ・ジャブ」
会社からの帰り、愛美は駅横の駐車場へ車を置き、2年ぶりに「デ・ジャブ」に向かう。
あれから一度も行っていない。外食する事も無いので当たり前ではあるが。
「いらっしゃ、、、いらっしゃいませ!」カウンターからマスターの声。
愛美は軽く一礼して、昔いつも座っていた奥のテーブルを目指す。
ホール係の女性に、メニューのジンジャーエールを指差し注文する。
携帯を取り出し、最近見始めたSNSを開き記事を読み始めた。
このSNS、登録したメンバーの投稿のみで構成されていて、コラムやエッセー、小説、恋愛の悩みや体験談とハウツーもの。
音楽や趣味などあらゆるジャンルがある。
文章から受ける印象から、しっかりした人の励ましや不安を吐露する人、病んでいる人の独り言や誰かを応援したい人の思い込みなど多様。
過激な内容はほとんど無い。小説の一部に猟奇的な描写がある位で、安心して覘ける。愛美の最近のお気入りである。
このSNSを読んでいると(普通ってなんだろう)が判ってくるような気がしている。
もしかして普通って無いのかも知れない。いろいろ、バラバラ、多種多様。ちょっと思うようになってきた。

将太が入ってきた。直ぐに愛美の前に座る。
ホール係の女性にアイスカフェオレを頼んだ。

「ありがとう」と将太が手話で話しかける。
「話、何ですか」手話で愛美が返す。
将太は携帯を取り出し、ライントークで
”はなし せいりできてない まってくれ”
”良いですよ”と返す。

”いいわけから”
”何の言い訳ですか?”
”あのひのこと”
……
”おくったとーく ほんとはこれだ”
”そんなもんじゃない あとでれんらくする”

”そんなもん” で彼女が居たと思った。
”じゃなあ” は (じゃあな)で拒絶だと思った。
”またれ” は (またな) でさようならの意味だと思った。
”らくする” は (楽になる) で清々《せいせい》したの事だと思った。

【……え、彼女じゃない?……じゃ、誰だったの?】
”おんなとあってた”
【やっぱりそうじゃん、、、。】
”せふれだ 50すぎのおばさんだ”
【セフレって、、、】
”あのころ ほかにふたりいた”
【そんなんで、私と、、、てか、付き合ってもいなかったけど。……あの時のあれは何だったの?】
【今更、、、】愛美、混乱し始める。
……  
勝手な想像と勘違い、一方的な別れ、あの時確かめていれば、、、この2年間は何の為?
……  

”おれとつきあってくれ”
……  
”今更ですか?”
”いまからだ”
”都合が良いんですね”
”そうかもしれん”
”私が可哀そうだからですか”
”かわいそうだとはおもわない”
……
”私に今、好きな人がいたとしたら”
”いないとおもう でないとあのひあえてない”
【そりゃそうか、、、あのサイトじゃ、、、。】
”ちょっと 考えさせて”

【どうしよう、、、。どうやって断ろう、、、。】愛美、自問自答。
【待ってたんじゃないの?将太さんの事。……気持ちは置いてけぼりだったじゃん。】
【迷惑かけちゃうよ、また。ほかの人みたいに、、、。】
【将太さんは迷惑だと思ってないかもよ。】
【でも、こんな女だし、、、どこが良いのか判んないし、、、】
【将太さんは待ってたよ。愛美の事、何時会えるか判らないのに手話続けてて、、、】

”一つ、教えてください”と愛美
”私のどこが良いんですか”
”わらったとこだ
”他には”
”よくわからん”
”私は将太さんが思う様な女じゃありません”
”どんなおんなだ”
”カップルがいれば突き飛ばしたくなるし
幸せそうな家族を見ると殴りたくなるし
誰かトラぶってるとザマあ見ろと思うし”
……
”ふつうじゃん
だれでもじゃん
ひとりのときはみんなそう”
”なんでわかるの” と愛美
”はなしてたらわかる
のみやでもまわりではなしてる きこえる”
”わたしにはきこえません”
”すまん
あいてができたり かぞくができたらひとがかわる”
……
”何人もの男の人と関係しました
 汚れています”
……
将太、マスクを外した。
「……バカかっ!、おまえはっ!。……そんなのは汚れたって言わねぇよ! 昔っから、女を磨くって言うんだっ!。」
大きな声が店内に響く。店にいた他の客が将太たちの方を注目した。
唇を見て、内容を理解した愛美。目を大きく開き、将太を見つめる。

【……バカって言った。……あたしに、、、。】
小さい頃は親から言われていたかも知れないが、唇を読めるようになった頃からは言われていないと思う。
学校の先生からは言われていない。友達からは笑いながら言われた事が少しある。冗談っぽく。
親切にしてくれた健常者からは言われたことは無い。
【……バカって。私から離れて行って、、、この2年の事を見透かして、、、?】

「そんなんで汚れたって言うなら、周りの女はどうなるんだっ!。真っ黒じゃねぇかっ!」
店内の女性客を敵に回したも知れない。
配慮とかデリカシーとか関係ない将太。愛美だけをまっすぐ見ている。

【この人について行って良いの?……怒らせるかも知れないよ、、、。】
【迷惑ばっかり掛けたら、私、硝子《しょうこ》みたいになっちゃうかも知れないよ、、、】

……
”きっと 迷惑を掛けます。
足手纏いになります。
邪魔になります。
そうなったら捨ててください。” と愛美はライントークで送信した。
将太、椅子から立ち上がる。そして大きな声で、
「バカやろうっ!。生きてりゃ誰だって迷惑かけてるわいっ!。足手纏いとか言うなっ!、邪魔になんかならねぇよ。
 ……俺の方が、、、俺の方が、、、。」将太の眼に涙が溢れている。
「俺は、、、俺は、、、お前の、、、お前の耳にはなってやれねぇ!……お前はお前で生きてくしかねえんだっ。
 邪魔をするのは俺かもしれねぇのに、、、。」
汚れた作業服の袖で涙を拭う将太。油汚れが顔に着く。
「俺は、、、俺は、、、、お前の、、、生きてくお前の傍で、、、笑った顔を見ていたいだけだぁ、、、。」
将太、泣きながら下を向き、両手で拳を作り、唇を噛み締めた。

【私は、私で生きていく?……誰かに寄り添って、迷惑かけないように、着き従うのが運命だと思ってた。】
【配慮とか優しさとか、疎ましくても笑って、ありがとうって言って、我慢して生きていくんだと思ってた。】
【……今、私は硝子《しょうこ》なんだ。窓から落ちようとしてる硝子《しょうこ》なんだ。……将太さんが将也、、、】
【返事しなきゃ、、、。返事しなきゃ、、、。今度は将太さんが何処かへ行っちゃう、、、。】

零れ始めた涙で、携帯画面が見えない。手話で話そうにも、将太さんには判らないかもしれない。

愛美は立ち上がり、テーブルの横に立ち、マスクを外した。涙が溢れ出る顔のまま将太を見つめ、

「よ"ろ"し"く" お"ね"か"い"し"ま"す"」 と言葉を発した。そして深々と頭を下げた。

周りにはうめき声の様な、動物の様な”音”に聞こえたかも知れない。
しかし将太には、透き通るような綺麗な声で、
「よろしくお願いします」と、はっきりと聞こえた。愛美の声で聞こえた。

「愛美ィ~!。」将太が愛美に歩み寄り、愛美が顔を上げた時、両肩から腕をまわし、しっかりと抱きしめた。
愛美も将太の背中へ両手をまわし抱きしめると、作業服へ顔を埋めた。埃と油と汗の匂いのする将太の胸に。
将太がまわしていた腕の力を抜くと、愛美も離れ将太の顔を見つめる。
将太の顔が愛美の顔に近づき、キス。更にキス。激しくキス。
涙と鼻水と、少し煙草の匂いのする、二人にとって初めてのキス。

店内にすすり泣く声。ハンカチで涙を拭う女性客。ひときわ大きな声のカウンターのマスターの嗚咽。その背中をさすりながら泣くホール係の女性。
その内、拍手が起こった。
その拍手に将太が気付き店内を見渡すと、全員が二人を見て拍手をしている。
「やべっ!。店の中だったの忘れてた、、、」将太、独り言。愛美も気が付く。
将太は頭を掻きながら、苦笑いを浮かべながら、ぺこりと頭を下げた。愛美も隣で恥ずかしそうに頭を下げた。
一人の女子高校生が将太に歩み寄ってきた。
「ねぇ、、、良かったね と がんばってねの手話、教えて。」
将太がその二つを教えると、女子高校生は愛美に向って声を出しながら二つの手話をした。
愛美、泣きながら、頭を下げながら、ありがとうの手話を何度もした。

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