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置き土産 (1)

 妻に先立たれた友作は、ある少年と顔見知りになる。
 それは、ある姉弟が平穏な家庭を手にする為のストーリーの始まりだった。

 プロット 1 近づく

 7月の終わりごろ。梅雨も明け、連日35度を超す猛暑日が続く。
 姫野友作は自宅裏にある畑で、トウモロコシやスイカを収穫しようと勝手口より出る。
 畑にはキュウリやナス、ピーマンなども2,3株ずつ植えてある。
 独り者の友作にとっても、この畑で収穫できる量は食べきれない。気が向いたときに収穫し、出来すぎた大きなものや色の変わったものはもぎり、畑の一角に捨てる。
 「ぼちぼちスイカが甘くなってないかな?」独り言を言いながら、カラス除けのネットを剥ぐ勇作。
 スイカが4,5個、勇作の頭の大きさ以上に育っている。その一つ一つを手のひらで叩いてみる。
 「どんな音がすれば熟れてるんだっけかな、、、低い音だったっけ?、、軽い音だったっけ?」また独り言。
 良く分からない勇作は一番大きなスイカを取ることにした。蔓を持っていた包丁で切る。スイカを抱える。ふと前を見る。
 小学生くらいの男子が、畑の先の道路に立ち、こちらを見ている。見た事のある少年。畑の向うのアパートに住む親子だったと思い出す。
 「おはよう。……そうか夏休みか?」土日でもないのに小学生が朝の9時にそこに居る理由が、直ぐに思いつかなかった。
 痩せている少年は頷く。
 「スイカ、食うか?、、ワシは全部は食えん。こっちの一玉、持って帰ってくれんか。腐らしたりカラスの餌にするには勿体ないから、、、どうだ。」
 少年の顔が笑ったように見えた。
 「よっしゃ。」勇作は今抱えているスイカを降ろし、足元にあるもう一つのスイカの蔓を切る。それを抱え少年の元へと歩む。
 「ほい、すまんが協力してくれ。食ってくれ。」
 「ありがとっ。」少年は渡されたスイカを受け取ると大事そうに抱えアパートへと走った。2階に上がる階段を上り、一番手前のドアをスイカを抱えたまま開けようとしている。ドアが開きスイカを持ち直した少年が友作の方を見た。
 「ありがと~。」先程より大きな声で、少年はお礼を言ってくれた。
 少年は部屋に入る。廊下側の窓ガラスは開いていて、コップや茶碗がラックに乗っているのが見えた。
 【あそこの親子、、、春ごろ引っ越してきたような、、、、、若いお母さんと高校生のお姉さんがいたんだっけかな。】

 春先、畑に夏野菜を植えようと畑の草むしりと、管理機で耕運していた時に、荷物を載せたピックアップトラックが来ていたのを思い出す。
 自分より年上の男性が運転してきて、親子3人が荷物を上げていた。小さな冷蔵庫、洗濯機は男性と高校生の女の子が上げていた。
 布団や衣装ケースも多くなく、あっという間に引っ越しが済み、軽トラが走り去るのを見ていた記憶がある。
 若いお母さんとその男性との間にほとんど会話は無く、親子でもない勤め先関係でもなさそうな妙な雰囲気を感じた事を思い出した。
 それからは、夕方少年が帰宅し、母親が着飾って出かけ、暗くなってから高校生が帰ってくる。
 少年は他の子供に比べ背が高く大人びていて、顔立ちがハーフかなと思えるし、高校生の姉は麻黒く小柄で目の大きい可愛い子、母親の素顔は普通のOL風、着飾れば夜の蝶そのまま。
 そんな光景を畑やアパートが見える居間から見るともなく見ていた。

 【あの親子、母親は水商売か、姉はアルバイトかな、、、ちゃんとメシ、食ってんのか?】

 夕方、友作の家に誰か尋ねてきた。あの少年の母親だった。これから出勤かと思わせるスカート丈の短い高価格だと思えるスーツ姿。
 「今日は結構な物を頂戴いたしましてありがとうございました。お礼は改めて、、」割と丁寧な言葉に意外な気がした友作。
 「いや~、男一人じゃ食べきれないし腐らすかカラスの餌くらいにしかならないんで、こっちの方こそありがとうですよ。礼なんか要らないですから、ご心配なく。
  そうだ、他にもナスやらキュウリやら出来すぎてるんでまた貰って貰えますか。」
 「……いえいえ、大切に育てていらっしゃるものを私どもになんて、、、お気遣いなく。それでは私、これから仕事がありますので。」
 、と言い残し母親は去って行った。
 【おせっかいだったか、、、まあ良いか。またあの少年にやるとするか。】

 翌日も畑に出て、ナスやキュウリ、トウモロコシを収穫する。
 ふとアパートの方を見ると、開いた台所のガラス窓から少年が見ていた。友作は手で ”こっちへおいで”と手招きをした。
 少年がドアを開け階段を降り、畑へとやって来る。 
 「何?」少年がバツが悪そうに見上げている。
 「トウモロコシ、貰ってくれ。」友作、そういうとトウモロコシを2本、少年へ渡した。
 「いえ、結構です。ママからもう貰わない様にと言われています。」と、断ってきた。
 「年寄りを助けると思って受け取ってくれ。お母さんには ”本当に申し訳ないが、捨てるの勿体無いから引き受けて欲しい” と無理やり渡されたって言ってくれ。」
 すると少年はニコっと笑い、トウモロコシを持ってアパートへ走って帰って行った。
 暫くして、母親と少年が出てきた、その場ではあるが、友作に向かって、、、頭を下げていた。
 友作、右手を上げ微笑む。
 【明日はナスとかピーマンとかやるか、、、】
 翌日から畑に生っている色々な野菜を一つか二つ、少年に渡す。
 ある日、トマトを渡そうとしたら、
 「トマト、嫌い。食べられない。」と少年が言う。
 「冷蔵庫で冷やしてごらん。生臭いの少しは和らぐよ。」と友作が言うと、
 「冷蔵庫、コンセント入れてない。冷えない。」と返してきた。
 「あ、、、そう。じゃあ待ってなさい。この前採って冷やしてるのがあるから、それ渡すよ。」
 「あ、ありがとう、、、ございます。」恥ずかしいような、嬉しいようなそんな少年の顔。

 【洗濯もあまりしなさそうな、、、冷蔵庫も電気入れていないか、、、ま、深入りはすまい。】

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