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愛をする人 (4)


 18の春

 高校生活も、残すは卒業式のみとなる頃になっていた。クラスの同級生らは6割方就職し、3割が専門学校、1割が大学へ進学するらしい。
 俺は遠く離れた専門学校へ進む事にしていた。大学に行きたかったのだが、実家の経済事情と当人の学力面から熟慮の上、専門学校とした。
 新たなる希望への旅立ちなのだが、気掛かりが一つだけ残る。それは亜希子の事。
 何してやれていない。励ましてもいない。喜んでもらってもいない。
 何が一番、悔いが残るかと言えば、、、、あの夏の夜の夢。
 本当に夢であってほしいし、、、出来ればもっと上手な事で、上書きしたいし、、、そんな事、どうでも良い事なんだけど、、、、
 このままじゃ、やっぱいけない。

 ある夜、アパートのドアを叩く音がして開けると、そこには亜希子が立っていた。
 寒い冬の夜。寒いから中に入ってと誘い入れた。
 俺は炬燵の横に座って待っていると、亜希子はドアの内側に立ったまま、こう告げていた。
 「今度、、、、シメられるからさ、私、、、顔、ボコボコにされたら、、、、ここに逃げて来て良い?」
 「はあ?、、、シメられる?、、、、ボコボコ?、、、えっ?」
 何を言ってるのか分からなかった。どうしてあげればいいのか、分からなかった。
 思考が停止した。半開きの口の間抜けな顔をずっと、亜希子に向けていた。
 「じゃあ、、、ゴメン、夜遅く。」
 そう言われた事も良く分からず、ドアの閉まる音も聞こえていたのかも分らず、何秒何分経ったんだろう、、、、固まったまま、俺はドアを見つめていたんだ。

 【あっ、、、何か言わなくちゃ、、、守ってやらなくちゃ、、、誰から?、、、どうやって、、、、分かるかそんなもん、、、】
 心の中でそう聞こえた俺はそのまま外の出た。
 バス停の方へと走った。
 いや、愛子子はここまで歩いてきたのかもしれない。
 でも、住んでると言ってたアパートからは結構距離がある。
 自転車かもしれない。
 バイト帰りだったら、タクシーか?
 頭の中が、するする考えてる事が巡る。
 バス停に、亜希子はいなかった。
 周りを見渡す。
 タクシーはいない。
 自転車は走っていない。

 【どこだ、、、、どこに居る、亜希子、、、、】

 帰ってシャリーに乗って、亜希子のアパート辺りまで行ってみようか、、、、
 でも、どのアパートのどの部屋かは分からない。
 今なら灯りの点いた部屋を訪ねれば、亜希子の部屋かもしれない。
 でも、、、、そんな事は出来ない。

 【変質者じゃん、、、】

 でも俺は、そのアパートの近くへとシャリーを走らせた。
 自販機の横へシャリーを停める。
 あたりのアパートを見渡す。
 いくつか灯りは点いている。
 訪ねようか、、、訪ねてみようか、、、どのドアーをノックすればいいんだ、、、
 なんて言えばいいんだ、、、、亜希子さんのお宅ですか?、、、、

 【俺は、、、バカか、、、、、】

 次の日も俺は、夕方から昨日来た自販機の横で待つことにした。
 季節で一番寒い時期。ホットコーヒーを飲みながら待つ。
 【もしかして、、、ボコボコにされて入院とか、、、、まさか、、、、でもそれっていつ? 今日か明日か、、、聞いてないし、、、アホやん。】
 何も起きない。ドラマの様なシーンは準備されていなかった。

 次の日、アルバイト先のレディーバードへ行ってみようとそのビルの前に来た。
 お店自体が無かった。

 俺は、途方に暮れた。

 卒業式の日、俺はアパートを引き払い、実家へと戻った。
 専門学校へ行くまでの間、中学時代の級友たちと会う機会、遊ぶことも増える。
 それぞれの進路の確認をし合いながら、嫌みの一つも言ってみたり、マウントを取れる相手には揶揄からかってみたりとか、、、
 会話の中では必ず女子の話も出る。
 対象になるのは美形だった子、頭の良かった子、スポーツ系部活で有名になった子、、、、サセ子と陰で言われてる子。
 そう、、、亜希子はサセ子の分類だった。
 『あのヤンキーがチンピラになって、組の幹部へ上納されたとか、客を取らされた』とか、、、
 『高校中退になったらしい』、、、    『担任の教師を誘惑したらしい』、、、『客でやって来たのが学校の理事長だったらしい 』、、、、、
 根も葉もない噂話、売春話で盛り上がっている。

 『亜希子の事、悪く言うなっ! 何も知らない癖にっ!  あいつは、あいつはそんなんじゃねぇっ!』
 ヘラヘラして得意げに話すそいつの胸倉を俺は掴み、顔面へ思いの丈を全て、、、ぶつけた。

 そんな学園ドラマみたいな展開にはなり得ない。
 中途半端な笑いと、自分の思いはこいつらには知られたくないと思う我が身を守ろうとする心で、その場を取り繕った。

 つくづく自分が情けない。
 男として、最低なんじゃないだろうか。


 俺は、遠くの専門学校へ進学し、知らない地方の企業にでも就職し、ここには戻らないとその時考えた。

 その後俺は何の資格も取れず、優秀でもない成績で専門学校を卒業した。
 毎年数名を入れてくれる隣県のメーカーへ就職し、目立たず出しゃばらず平々凡々と言われた仕事を熟し、出来ない事やしたくない事は『俺、出来そうにないです。』と告げ、逃げ回る男になっていった。
 それでも10数年もいれば、班長リーダー係長へと肩書も変わる。
 逃げ回ったせいで、いやそのおかげでありとあらゆる職場を経験した俺は、職場間の整合性で計画を立てる事に長け、ミスや漏れ、勘違いを起しやすそうな時にはチェックポイントを設け、わざと流れに軽い滞留を作る工程を作った。
 それが功を奏したのか、歩留まりの低下と不良品発生時の源流遡り修正対応が早く、確実に良品になっていく事が評価され、社長表彰を貰えた。
 周りの目が変わる。女子社員に声を掛けられることも増える。
 飲み会や食事会、コンパ、ねるとんパーティーにも誘われることが増えた。
 ある女性と出会った。
 俺の地元に実家のある、一人娘だった。

 チヤホヤされることにいい気になっていた俺は彼女と関係を持ち、お互いの部屋を訪ねる様になり、それぞれの実家にも挨拶へ行くようになる。
 それでも俺は、結婚とか生涯のパートナーとかへのイメージが湧かず、いつまでもズルズル中途半端な関係を続けたかった。
 俺が30代の半ば、30を超え業を煮やした彼女は、こう言い放った。
 「いい加減、はっきりしようよ。私、婿取りだし、、、30過ぎたし、、、将来設計もあるし、余裕もう無いし、、、、、これで逃げるようだったら訴えようか? 最初イヤだって言ったよね。イヤよイヤよも好きのうちってのはいい訳だからね、男のさ。」
 生来、面倒臭い事が嫌いで、予想していなかった事に対し直ぐに思考が停止する俺は、流されるままに流された。
 仕事面でも今までやってきた俺流の仕組みに対し、ほぼ宗教と言えるような「JIT思想」、世間で流行り始めていた「NPS信奉家」からは、重箱の隅を突く様に、俺が今までやっていた事を責めて来始めた。
 【勝手にすりゃ良いじゃんか、、、】と言い返さない自分は、迫る彼女と会社に、、、、流された。

 結婚し、相手の姓を名乗ることにした。
 義両親との養子縁組はいずれ時機を見て、と、、、、一応あらがってみた。
 新婚生活が始まってみたものの、俺自身は相手の事を一番大切な女性とは思えてはいない。
 今の仕事も、生涯の全てを掛けるとまでは思えない。
 事実、製造工程は殆ど海外へ移り、JIT思想、NSP教家らの格好の実践場となっていった。
 『現地の従業員は、満足な教育されてきてねぇから、、、』
 『ほら、風習とか価値観とか根本が違うから、、、』
 上手く行ってなさそうだなと思う時には、そんな話が聞こえてくる。
 【人のせいにするやつはみんな、、、出世コースまっしぐらだもんな、、、】
 【自分のせいなんだ、、、とすぐに思ったり、能力とか努力とか足りてない俺は、使い捨てだし、、、】
 そう思っていた俺は、自分は何者なのか分からないし、分かろうとも思えない、、、そんな人間なんだ。
 適当に流れていく事を選んだ。

 亜希子の事は、、【あの時、こう言っていれば、、、直ぐに行動していれば、、、】と、いつも事ある毎に思い出して、くよくよしていた。
 奥さんになった女と、車で出かける時もヤッてる時も、喧嘩して不貞腐れてる時も、、、、たまに亜希子の事を思い出していたんだ。
 奥さんの、何気なくこうしたいねとか、こうなると良いねとか言い始めるとそれは、必ずそうしてって事だった。
 『子供はね、二人は欲しいよね』に対して、娘が一人しか出来なかった時には、、、『あんたが頑張んなかったからだからね。』
 『狭くても一戸建てに住みたいね。』に対して、俺の収入と定年までの年数から組めるローンで購入した中古住宅に対しては、、、『だからもっと早く結婚すればよかったのよ。』
 『実家の事、どうする?』答えは分かっていた。『あんたが最後まで、面倒見るんだよ。売ったりしたら許さないからね。』
 奥さんの頭の中にある未来予想図を、忠実に具現化することが、、、俺に課せられた役目だったんだ。

 なので俺は、ドリカムの未来予想図ⅱが、、、好きじゃない。

 出来るだけの事はした。
 娘の笑顔だけが、、、頑張れる糧だった。
 目の前にいて、同じ家に住む奥さんという女には欲情しなくなった。でも娘の同級生のお母さん達と話すのは楽しかった。ワンチャンあるかも、とも思えた。
 もちろんそんな事にはならないが、子供会の打合せとかで、話しながら顔を見れるのは楽しかった。

 そうこうして娘が大きくなり大学に入った時、奥さんに病気が見つかり、俺は会社を辞めた。

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 「ねえ、、、あれってさ、フロントで貸し出してくれるんだって。」
 ホテルの部屋にある大型テレビがAVを流している。それを見ながら亜希子が呟く。
 「どれ?、、、あぁ~ソフトディルド、、、でも、汚くないかね?、、、ちゃんと消毒してるのかね、、、」
 「そうねえ~、、、適当かもね、、、」
 「何?、興味あるの?」
 「……どうかな、、、無くも無いけどさ、、、、大変そうじゃない。」
 「ディルドじゃない本物、、、してみようか?」
 「ううん、要らない。痛いしウンコ着いちゃうし。自分のウンコの着いた健夫のモノ、しゃぶりたくないじゃん。」
 「あ、そうか、、、俺は指、舐めてるけど、、、アハハ。」
 「AVの人達ってさ、きっと前の日から絶食して朝から2リットルの水と下剤、飲んでるんじゃないのかな。
 よくさあ、プレイの前段階でミルク浣腸とかしてるしさ、、、、お腹の中、全部出しきってると思うよ。」
 「毎回、大腸内視鏡検査するみたいにか?、、、中にはウンコいっぱい出して、塗りたくってる作品もあるけど、、、あれは特別か、、、」
 「身体張ってるよね、あの人達、、、」
 「うん、凄いよね、、、プロだよね、ほんと、プロ。」

 大きな画面に映し出される女優のお尻を見ながら俺は、亜希子のお尻を頂く。

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