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舞台観劇のこと。寺山修司とシェイクスピア。


美しい言葉が恋しくなったとき、
泣きたいほど、大好きな演劇が観たくなる。

週末に続けて観たお芝居のこと。


手毬唄由来の実験幻想オペラ劇
『草迷宮』ーここはどこの細道じゃー

演劇実験室◉万有引力

2月11日(土) 15:00開演
会場:座・高円寺1 

寺山修司といえば日本のアングラ演劇の代表作家であり、その特権的と言える美学が織りなす言葉の波に圧倒され、影響を受け続けてきた。
なにより愛してやまない藤原竜也さんという俳優をこの世にを生みだした戯曲『身毒丸』を、
見世物オペラとして演劇界に発信した張本人だ。
座・高円寺1に行くのは2014年『リア王-月と影の遠近法-』を観た以来だった。

コントラスト強めで撮影
陽の光がちゃんと明るいです

照明が暗く落とされたロビーは広く、壁際には演劇のチラシが所狭しと並べられている。物販の声も押しつけがましいことはない。
この「好きな人だけ見ていってね」感がたまらない。
声をかけられた劇場のアンケートに記入したあと、チケットを持って会場内へ。まだ明るいうちから、浮島のようにステージが連なる現代アートさながらの舞台の上にはすでに楽器があやしく光り、人形めいた姿勢で佇んでいる役者たちの白塗りの顔に目を奪われた。

筝曲の音色がオリエンタルな演出に拍車をかける。「能」のようであり、「歌舞伎」のようでもあり、しかしそのリズムをまとめるのは古風な太鼓ではなくJ・A・シーザーのバスドラムだ。
ジャーーン! と爆音で始まる呪術ロックに合わせて芝居が舞い始める。
『レミング』を観たときの衝撃を思い出す。鼓膜に焼き付く爆音とリズム、暗闇を彷徨う亡霊のような白い顔、顔、顔、、、激しい音の中に燃える静かな狂気は、まさに「ここはどこの細道じゃ」と耳なじみあるどこか不気味なあの曲をほうふつとさせた。猥雑で、哀しくて、美しい。
天井桟敷の寺山ワールドここにあり。
万感の思いのまま、脳みそだけはしばらく幻想世界に残っていた。

本棚にある寺山修司『幻想戯曲集』に、『草迷宮』は載っていなかった。「組曲用台本十九枚の原稿より」とあったからもしかしたら書籍にはないのかもしれない。振り返りたいのに戯曲本が手元にないなんて……またツテを辿り回るしかないのだろうか。



考えながら銀座に移動して友人と懐かしい和食チェーン店で夕食。学生時代よく食べていた定食の地味な値上がり。ビールは我慢して丸の内ピカデリーでゲキ×シネを観た。とても面白かったので併せて振り返りたい作品とまとめて書こうっと。


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彩の国シェイクスピア・シリーズ『ジョン王』

2月12日(日) 12:30開演
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ

昨年12月26日を封切に彩の国シェイクスピア・シリーズ最後の公演『ジョン王』に通っている。
渋谷東急Bunkamuraシアターコクーンから走り始めるものの、件のアレで中止を余儀なくされ、とっていたチケットの半分が幻と化してしまっていた。
そのぶん梅田芸術劇場での千秋楽となるこの日への思い入れは格別だった。ここまできて門前払いだけは勘弁してくれ。
彩の国シェイクスピア・シリーズは、2016年に亡くなった蜷川幸雄さんから遺志を引き継がれた吉田鋼太郎さんが総監督・演出を務めている。現役俳優としてご自身も登壇されながらカンパニーの役者たちに寄り添い、シェイクスピア演劇への熱情を継承される姿にはファンとして感動をいただいてばかりだ。

「日本のシェイクスピアは鋼太郎がいなかったらつまらないよ」
かの蜷川さんもご生前にそうおっしゃられていたほど、鋼太郎さんのシェイクスピア演劇には影響力があり、観た者を納得、理解、楽しませてくれる。
口舌だけでなく、身振り手振り、表情で観客を物語へと巻き込むのだ。
蜷川さんもついに触れることのなかった厄介な戯曲へも、シリーズ完結を目指す鋼太郎さんは前向きだった。

近年殆んど上演される事のない、シェイクスピアの作品中最も駄作とさえ言われるこの『ジョン王』。
蜷川幸雄の志を継いだ我々彩の国シェイクスピアチームと、約15年の歳月を経てこのシリーズに帰って来た小栗旬、そして初参加の強力な俳優達の共演が、駄作と呼ばれたこの作品にどんな光を当てる事ができるのか、楽しみでもあり少し不安でもあり、今から武者震いが止まりません。
果たして駄作なのか、それとも…。
皆様、どうぞ劇場でお確かめ下さい。

■演出・フランス王役:吉田鋼太郎

「武者震いが止まらない」のはこちらのほうだと思っていたが、レベルが違った。
愛知、大阪、そして埼玉公演は、タイトルロールであるジョン王役を鋼太郎さんが演じているのでその違いも楽しみにしていたけれど、期待を上回るどころか主役を食ってしまうほど凄まじい吉田鋼太郎節のジョン王。
水しぶきを立てながら暴れ憤慨したかと思えば、
子供のように小さくなったり、
掴み合いの喧嘩をしたり、
飛び蹴りされたり、
ビンタしたり、
途中流血するハプニングにも
セリフを交えながら土下座したり、
彼の芝居が好きなシリーズファン集まる会場は、「あ~これこれ!」と笑い声に包まれる。
東京で観ていた時はリアクションを取りづらかったシーンも会場のみんなが一緒に笑ってくれるから、役者たちの動きもずっと大きくなっていた。
梅芸はシアターコクーンよりも横幅が広いので、見せ場である一同並んでの演説には引き込まれ圧倒される。
鋼太郎さんの全身で感情をさらけ出し言葉をぶつけてくる姿は時に幼くも、しかし狂気に包まれてもいた。
東京公演で演じた吉原光夫さんの気品漂うジョンとのギャップが新しい魅力となり観客の心を刺激する。
さすがシェイクスピア俳優、吉田鋼太郎。
いよいよ舞台俳優らしい声の渋みが増してきた小栗旬さんともに、埼玉公演でまたパワーアップした姿を観るのが待ち遠しい。


ハプニングがあるとドキッともさせられるけれど、それを演出に代えられるだけの信頼と実力が鋼太郎さんたちカンパニーにはそなわっている。
鋼太郎さんとのハプニングに見舞われたヒューバート役の高橋努さんは2009年上演の『ムサシ』でも、鋼太郎さんと主役の小栗旬さんと舞台で共演されている仲だ。
役者が役を超えて動き出した時こそ、
ああ、舞台は生きている。そう感じられる。
本当に面白かった。



心が満たされる瞬間

朝8時に品川発の東海道新幹線のなかで、気が休まらなかった。舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のチケット一般発売が10時開始だったからだ。
新大阪駅に着くのは10時30分。自宅のWi-Fiが安定した環境でもドキドキなのに新幹線で……と、嘆くより早くポケットWi-Fiを契約した。
WiMAXのなんてお利口なこと。懸念していた到着時刻までに希望公演のチケットを確保できた。
藤原竜也さんファンクラブ様様、先行で希望日をとれてはいた。でもどうせ増やすのだから善は急げ。

土曜日、日曜日とも観たのはストプレだったけれど(ゲキ×シネは歌劇のジャンルかもしれない)、戯曲そのものも役者も演出もまったくちがう色だ。
まったくちがう色の
まったくちがう世界に没入して
チケットに緊張したり、歩き回った疲れよりも
頭の中で小さな宇宙が広がる感覚が心地よくて、
帰りの新幹線はわくわくして眠れなかった。
開始3秒で心が満たされる、
一度味わったら忘れられないあの感覚。

また今年も
藤原竜也さんの演劇を浴びることができる。
(今年こそ舞台ハリポタで記事を書こうね)
どんなハリーを魅せていただけるのか、
心がおどる夏。
戯曲を読み返そう。