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私たちはものすごくバランスの悪い社会を生きているのかもしれない

日常の中でさらりと社会の話をするデンマーク人

全寮制のフォルケホイスコーレでは夕食後も毎晩何かしらイベントがある。みんなで映画を見たり、エクササイズをしたり、パーティーがあったり。

この間はジェンダーの問題について話し合う会があった。
企画したのは女の子で、参加したい人だけ参加してねっていう会だったけど普段ヤンチャそうな男の子も、校長先生も参加した。みんながひとつのテーブルで、1人1人が考えるジェンダーの問題について意見を交わし合う。
ワイン片手に。ビール片手に。ゆったりした音楽を流しながら。ろうそくを灯しながら。

こういうかしこまった会もあるけど、普段食事をしながら「週末は何してたの?」「授業はどう?」そんな他愛もない話以外に、自然と社会についての話題も出てくる。気候変動に対するデモに行った話、オーガニックフードの価格の話、ジェンダーについての話....
そういう話題になったら真面目な雰囲気に切り替わるわけでもなく、何気ない日々の会話の延長線上に、自然に、リラックスした雰囲気でお互いの意見をただ伝え合う。

ふと日本で生活していた時、普段友達と何を話してたかなと思い返してみる。仕事の話、プライベートの話、日々の他愛もない話。デンマークと違うのは、そこには個人の話ばかりで全体(社会)の話がなかったことに気付く。デンマークのように、食事をしながら社会で問題になっていることが話題に出てくることってあったかな、って考えると(私の場合は)ほとんどなかった。

チェルノブイリ事故前から原発を放棄していたデンマーク

少し話が変わるけど、デンマークは今から30年以上前の1985年に原発を放棄する決断をしている。

かつてはエネルギーの90%を輸入原油に頼っていて、オイルショックを機に、一度は原子力発電導入の計画も持ち上がったそうです。しかし、原発建設の前に国民が原発について学ぶことのできる猶予期間があり、結果的に、「こんな小さな国で事故が起こったら大変」と原発廃止の判断がなされたとのこと。民主主義のお手本みたいですね。(http://www.daichi-m.co.jp/csr/6288/ より引用)

チェルノブイリ原発事故が起こったのは翌年の1986年。事故が起こる前に国民が原発について学び、自分たちの頭で考えて「この国に原発はいらない」という結論を出す。そしてそれがちゃんと実現する。

デンマークの人口は兵庫県の人口と同じくらい、面積は九州と同じくらい。そのくらいコンパクトな国だからこそ、社会問題も自分ごととして捉える意識があるんだろうし、国民の主張も実現しやすいんだと思う。
でも原発放棄のような大きな決断が実現できたのは、普段から社会で起こってることに対して関心を持って、かつ日常的に周りの人と話す機会がある、という土台があってこそだと感じた。それは今まさに私がフォルケホイスコーレで見ている光景だ。

バランスの悪さが「社会」と「個人」の距離を遠くする

食事をしながら他愛のない話から社会の話まで自然と話すデンマーク人と、友達と話す内容は個人的な話がほとんどで、日常的に社会の話題について話す機会がない日本人。

どちらがいいとか悪いの話ではない。ただこの2つを客観的に見て、私たちは「社会」の中で生きている「個人」なのに、ものすごく「個人」に偏ったバランスの悪い社会を生きているんじゃないか?

耳を覆いたくなるような児童虐待のニュースはなぜ減らないのか?なぜ医大入試で女性が「女性だから」という理由で合格者数を減らされていたのか?去年の異常に暑かった夏は一体どんな環境問題が絡んでいるのか?若者の死因理由1位が自殺で、なぜ先進国の中で日本だけがそうなってしまったのか?

日常の中で社会の話をしない私たちにとって、そういった社会で起きている問題は次から次へと流れてくるニュースに流されていき、「個人」として直接影響を受けることが起こるまで永遠に触れ合わない。

そして「社会」と「個人」の距離はどんどん離れていき、どんどん「他人事」になっていく。その結果が、デンマークと日本の原発の現状の差にはっきりと現れているんじゃないだろうか。

コーヒーを飲みながら社会の話をすることをカルチャーに

日本でも友達とコーヒーを飲みながら、「昨日仕事でこんなことがあってさ」「この間美味しいお店見つけてさ」、その中に「今問題になってるあのニュース、どう思う?」そんな会話が自然と交わされること。
それについて自分がどう思うか、あなたはどう思うか。正解はなくていい。まずは話してみること。少しだけもいい、自分に何ができるのか考えてみること。
それが習慣になって、いずれはカルチャーになっていくこと。社会で起こっていることを、かしこまらず、自然と友達同士で話せるムードを作っていくこと。

そんな小さな行為が、自分たちが生きたい、生きやすい社会を作っていく鍵になるだろうし、これからの社会を作っていく私たちにとって、とても大切なことなんじゃないだろうか。


(余談だけどこの記事を書きながら、POPEYEみたいな若者に影響力のあるメディアが、社会の話をすることもカルチャーとして捉えて、ファッション、音楽、映画、働き方なんかと並んで提案してくれないかなあ、と思ったり。世の中のムードを作るには、そういうアプローチが一番早いと思うんだけどな。どうでしょうか。)

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ジャンピングハグ!
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Sakiko Masuda

シェアオフィス「Midori.so」コミュニティオーガナイザー。 2019年1月よりデンマークのフォルケホイスコーレへ留学中。

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