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理にかなった理不尽

 価値観が多様化する社会では、生きる幅が増えた。しかし、分かり合うことは必ずしも簡単ではなくなった。そう思った。

 私はこの四月から新卒で入社した22歳、いわば最近の若いやつだ。そんな私が、上司(30前半)から、角度によっては理にかなっているが角度によっては理不尽なお説教を受けた。

 私の勤め先はバイク関連の商材を扱うので、サーキットのイベントにブース出展することがある。とある走行会のサーキットイベントに行ったときの話だ。

 上司と取引先の人とでお昼ご飯を食べていた。そのときにたまたま女性のライダーがいることに気づいたのか、上司と取引先の人は「あの子可愛いねいくつだろうね仲良くなりたいね(下心全開)」的な話になった。そして、食べ終わって片付けようと席を立った時に、「ちょっと歳聞いてきてよ」とちょっとおふざけが入ったようなニヤニヤ顔で上司が私に言ってきた。私はただのおふざけだろうといった気持ちが半分、もう半分は「ライダーさんは走りに来てるわけでチヤホヤされに来てんじゃねーだろ。そんなセクハラまがいなことできるわけねーわ。」という気持ちだった。その場では嫌ですよ~とか流して片づけるだけ片付けてブースに戻った。

 ブースに戻ると、「ちゃんと聞いてきた?」と聞かれた。もちろんそんなことを聞くわけがないので、聞いてくるわけないじゃないですか~と答えたところお説教タイム。はっきりいってこの時は「は???」で頭がいっぱいだった。その時の上司の主張は「女一人口説けないやつが営業なんて出来るわけがない。知りたい情報も引き出せるトレーニングとして聞いてこいと言ったんだ。」というものだった。さすがに納得がいかなかったので、「だからといってそんなセクハラまがいな質問できません。」ということを主張した。しかし、「さすがに俺くらいの年齢だとそうなるかもしれんけど、若いやつが多分年上の人に聞く分には大丈夫。「綺麗で一緒くらいの年齢だと思ったのでつい」とか言っとけば大丈夫だ。」と言われた。

 その場でのお説教はあまりにも自分にとって理不尽だった。ここはそういう場じゃないだろ。走りに来ているのであって、ナンパまがいのことをされたら(人にもよるけど)不快でしょ。それに営業トークの練習だからってそんなプライベートなこと聞いて許されるの?という気持ちでいっぱいだった。モータースポーツ関連の人ってそういう話好きなのは知ってたけど、やっぱ蹴る内定先間違えたなと思った。

 そして、帰りの車内でまたお説教の続きがあった。ふざけたノリだったからわかりにくかったかもしれないけど、あれも営業トークの練習だから。知りたい情報を引き出すテクニックは身につけなきゃならんよ。さっきの内容を深堀りした話だった。そしてその時に気になる一言があった。「自分の殻を破っていかなきゃ。」どうやら上司は、私が恥ずかしがって聞きに行かなかったと思っているようだった。

 私は、「例え営業のトレーニングであっても倫理に反するようなことを聞くのは自分にとってタブーです。」と主張した。気の知れた仲とかならまだしも、初対面のどんな価値観を持っているかなんてわからないような人にそういうことを聞くのはタブーだった。

 とはいえ、生きてきた時代が時代だった影響もあるのか、年下からナンパまがいに年齢聞くのは別に失礼でもないだろという価値観を上司が持っていることは否定しない。だからこそ、失礼にならないような情報を引き出せて、しかもできるだけとっつきやすい(と上司が思った)お題とちょっとふざけたようなお題の出し方をしたのは上司の優しさだったということも理解出来た。

 その後、お互いの意図がずれていたことに気づき謝りあった。私は上司の優しさと意図を理解できずに無下にしてしまった。上司は、上手く意図を伝えられなかったこと、他人のタブーに触れるような要求をしてしまった。お互いに理解して謝った。

 私は、この人が上司で良かったと思った。仕事の面でももちろん尊敬できるが、異なる価値観を認めることができるからだ。一通り話し終えたあと、「倫理観に反するからって断るのは、それはそれで良いこと」と言ってくれた。異なる価値観に対して感情でぶつけるのではなく、自分の論理を主張しつつも相手の論理も無下にしないという姿勢だった。

 多様性が認められつつある社会だからこそ、異なる価値観に対して嫌悪感を持つことも多いだろう。しかし、異なる価値観同士で感情をぶつけあってしまえば憎しみへと変わるだろう。何がどう嫌なのか、何を是として何を非としているのか。自分はこれが嫌だけど、これくらいはOK、自分はこれを大丈夫だと思っているけど相手にとってはNG。こんなものは、仲の良い相手ですらぶつかって傷つけあってしまう。それなのに親しくない人、ましてや初対面の人に対しては地雷の山でしかない。そんな異なる価値観を理解できずとも尊重できるのは理性的なやりとり、論理的なやりとりに他ならないのではないか。頭ごなしに否定したり押し付けたりせずに、自分には受け入れられない価値観だけど、相手がそれをもっていることは尊重するという姿勢が求められているのではないか。価値観なんて簡単に理解できるものじゃないから、根気と冷静さが必要なのだろうが。

 憎しみが渦巻く未来に飲み込まれつつあっても信じ合い許し合える心はいつでも忘れないでいたい。争いが絶えない世界に迷い込んでも愛し合い分かち合える心はいつでもなくさないでいたい。

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生きることは辛く、美味しい。 そんなスタンスで思ったことをつらつらと書いています。 決して斬新な発想ではないかもしれない。でも、何か死に向かって突き進む我々の糧になれば。

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りらっくまーち

好きなものは好きなの!!!

生き延びろ、自分

生きているのは確かだ。 辛く、美味しい。 そんな感じで、生き方というより生きることを考えて発散したい分です
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