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山登り人生VOL265昭和最後の阿蘇岩登り合宿

1969年9月23日から記録を始めた山日記を振り返っています。
昨年3月29日「山登り人生VOL1」から始め今回の投稿になりました。
私35歳。奥様34歳、長女10歳、長男8歳、次男4歳の頃の山登りです。

昭和59年度の山行は19回、40日と回数は大きく減少しました。
アマチュア無線取得に向け講習会や奥様転職が影響したのかな?
仕事も浦頭引揚げ記念公園募金活動で超忙しかったし、
実父の動脈瘤での久留米大学入院、義母のギブス生活、義父の仕事手伝い100日間と人生でも稀有な時期だった。 

8月25~26日久し振り阿蘇での岩登りを目指したが、
大雨注意報が解除されることなく山は中止となり温泉巡りとなった。
七里田温泉・寒の地獄・奥耶馬渓、一日3回も入れば身体も疲れる。

リベンジは会の岩登り合宿でした。

No383阿蘇合宿(竜尾根~鷲ヶ峰∼高岳∼根子岳)

昭和59年9月14~16日 
竜尾根班:T、Sk、Mē、Sと私
仙酔尾根班:10名

 14日佐世保20:20⇒
15日01:30取付6:45→竜Ⅲ峰9:00→竜ケ峰12:00→鷲ヶ峰13:50→
        天狗の舞台15:00→月見小屋
16日小屋7:10→日の尾峠8:00→西峰9:00→天狗取付10:50→天狗岳11:45→
        ヤカタガウド⇒日の尾峠⇒地獄温泉⇒23:00佐世保

 14日20時会長宅集合、15名の大部隊で出発する。
   宮地駅で北尾根隊と別れ取付きに向かい幕営。

15日朝から雨模様。5人で竜尾根を登る。
50年11月3日長男が生まれたとき以来9年振り二度目の竜尾根である。
竜尾根は鷲ヶ峰を頂点にほぼ東に派生する長い尾根である。

根子岳方面から竜尾根を望む

上半部は風化が激しい岩稜とブッシュで構成され下半部は3本の尾根に別れ牧草地に延びている。
末端近くより背丈位の草を漕ぎ続けると、尾根の集合点に着く。
ここを過ぎると稜は細くなりクライミングダウン、平均台のようなリッジの通過、稜側壁トラバースと変化に富んだ登りを強いられる。
神経を擦り減らす登高が続く。

鷲ヶ峰が近くなりました。

竜ケ峰上部に来るとガスって雨が降り始める。
不安になり緊張感が増してくる。
固いフェイスを登ると鷲ヶ峰山頂だった。
他のメンバーは予定を変更して仙酔尾根より高岳を目指していた。
私達も15時に高岳へ。
月見小屋で皆と合流し、酒盛りが始まる。
念願の月見小屋での月見であったが、いささか疲れており直ぐ寝る。

 16日、素晴らしい秋空となった。
日の尾尾根の下りは足がガクガク、皆に遅れる。
別隊二人は仙酔尾根を下り車をヤカタガウド登山口に回送する。

日の尾峠で別隊8人と別れ根子岳西峰へ。
バテバテで付いて行った。
天狗岳は昨年崩壊して引き返したが、
今回は西峰からの取り付きでT君がトップで登る。
天狗岩で別隊と待ち時間もなく合流し、ヤカタガウドに下る。

天狗鎖場の上部が、今回は崩壊していた。
根子岳は年々変わっており、一般を連れて来るのは止めたがいいようだ。

天狗岩

帰路は5年前雨の日の尾峠を思い出しながら
舗装された車道を越え鍋の平へ。
地獄温泉で汗を流して帰路についた。
帰宅して2~3日、太腿が痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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