見出し画像

山登り人生vol209創立30周年記念岩登合宿その1先発隊屏風岩へ

私33歳。奥様32歳、長女8歳、長男6歳、次男2歳
昭和57年度の山行は20回、36日と回数日数とも減少した..
10月家の新築で山登りの余裕はなかったのだろう。
3月例会、4月例会で記念岩登合宿の概要が発表となり、一般募集し7回のトレーニングで臨んだ合宿でした。
20周年の春山穂高合宿21名参加に次いで大きな記念山行でした。
本来、翌年が30周年でしたが、盛り上がり歯止めが利かなかったのでしょう実施となりました。

No331創立30周年記念岩登合宿(先発隊)

本隊前に入山し屏風岩東壁雲稜会ルートを登攀した先発隊
Tの感想を投稿します。

昭和57年8月10∼16日
MとT
9日 佐世保18:32(寝台特急あかつき2号)⇒
10日大阪6:40⇒新大阪7:10(ひかり176号)⇒名古屋9:00(特急しなの5号)⇒
11:26松本(タクシー)⇒上高地→徳沢
11日出発→横尾→岩小屋→屏風岩東壁雲稜会ルート→屏風の頭→
  パノラマコース→奥叉白谷→徳沢(本隊と合流)

先発隊屏風岩東壁雲稜会ルートへ

T君の報告より
2年振りに仰ぎみる屏風岩は、少しばかり小さく見えた。
一ルンゼを詰めると、正面に今日登る雲稜会ルートが確認できる。
2年前の夏、
私はやはり緊張と不安が入り混じる気持ちでこの岩壁の前に立っていた。
岩登りを始めて半年、
まだ技術的にも未熟で心の踏ん切りもつかなかったのであるが、
登りたい一念と、
やはり今日のパートナーであるMさんを信頼して出掛けて来たのであった。
落石が飛ぶ一ルンゼの核心部を登ながら、
今度来るときは石が落ちてこない東壁を登りたいと強く思った。
その時の思いが早くも実現しようとしている。

今日はトップで登るつもりであるが、不安や緊張は殆ど感じない。
2年前のあの驚きや恐れは憧れは薄らいで、
この岩壁にちょっと親しみが湧いて来た。
雲稜会ルートは、谷川岳のコップ状態岩壁で初めて埋め込みボルトが使われてから間もない1959年人工登攀の幕開き期に、東壁に初めて引かれた画期的な初登攀りルートであった。
現在、屏風岩の諸ルート中、
東稜並んで最もポピュラーなルートの一つになっている。
とは言え地方の山岳会にあって、ここを絶対に落ちない確信を持って登るとなると、そう簡単ではない。

ひと汗かいてT4尾根の取付に着くと、
確認できるだけでも3~4パーティーが先行しいている。
やはり徳沢から出て来た分遅くなった。
今日は長くなりそうだ。
暫く順番待ちしてT4尾根Ⅳフリーのスラブから凹角を登る。
2ピッチでブッシュに入り、そのままアンザイレンしてT4へ至る。
T4から先行パーティーの半分は、東稜に向かった。
しかし、我々の前にはラストがいずれも女性の2パーティーがいる。
T4からはA1ハングのある凹角をフリーで登るが、
ラストの彼女らはいずれもアブミをを使い、なかなか登れない。
天気も良くのんびり構えて眺めている。
1時間待って順番が回って来る。
凹角のA1を踏ん切り良くフリーで越えてピナクルへ出る。
ピナクルからフェイスを右上するが、
ここで噂に聞いた靴紐ボルトが現れる。
なにしろこのルートは20余年前に初登攀されて以来、
人気のあるルートで多くのクライマーが通過したため
ボルトの破損度は激しい。
リングのないものが6~7割で、
その不安定なボルト首根っこに
2~3㎜のシュリンゲがダブルで縛り付けてあり、
リングのあるものは伸びきって細くなっている。
墜落を考えると恐ろしい状態である。

ネットより

ピナクルから人工で右上し更にバンドを左上すると、扇岩に着く。
5~6人は立てる広いテラスだ。
ここでまた待望の時を過ごさなければならない。
他のルートに転進しようにも苦しいルートしかなく、待つしかない。
先行パーティーは、かもしか同人、雪印山岳部の2組、トップは上手いがラストがいけない。
雪印のラストは、本格的岩場は初めてとのこと。それが屏風岩なのだ。
2時間も待たされただろう。雨も落ちてきた頃、順番が回って来た。
この上のボルト更に悪い。神経を擦り減らす。高度感は素晴らしい。
垂壁上部の小レッジでジッヘルを取る。
少し登ってハング下のバンドを右に行くと
ブッシュに入り核心部は終わった。
東壁ルンゼは、乾いていれば快適だが、
濡れているので気持ち悪くA0で行く。
かもしか同人はここからアップザイレンする。
流石に精通している。
我々はどこに着地するか分からない下降は考えもしない。
この後、草付き凹角を2ピッチ登ると終了した。

ネットより

終了点に雪印がいたので、「待ち疲れた。」と嫌味を言ったら「上手な人にはもっと難しいルートがあるだろう。」とやり返された。
屏風の頭に立ったのは、17時近くであった。
水も食料も尽きて、しょぼ降る雨に打たれながら、
葉っぱに溜まった雨水をすすったりするが乾きは収まらない。
パノラマコースの沢水でガブ飲みし元気が出た。
ヘッドランプの灯りを頼りに奥叉白谷を下り、
徳沢に戻ったのは夜の8時頃だった。
この日、徳沢入りした本隊の皆さんに心配かけたが、
屏風の真価を感じる充実した一日であった。
4級までの岩場はトップを引ける自信が付いた登攀でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?