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わかり合えないのは、部屋とTシャツとわたしたち

たかが文字、されど文字。
文字から伝わるものと、伝わらないもの。

今日はいちにち、ちょっと考えさせられた。

まあ案の定、昨日の記事で、よろこんでもらったり怒られたりしている。

今ここで書くべきことは、なぜかすでに数日前に書いていたという、せっかちなんだかバカなんだか、よくわからないけど未来日記感。


記事の内容については、別に共感だけがほしくて書いたわけでも、怒っているひとを批判したかったわけでもないので、読んだひとの中で勝手に料理していただければいいかなと思う。

そのひとの心のなにかに触れて、感情がでてきたとき、そこにわたしはいません。(泣かないでください)


だれもがみんな賛成する意見なんてあり得ないから、いろんな意見があっていいのだけれど、

その言葉のロゴTシャツをそれぞれが着ているとする。

「そのTシャツまちがっているから脱げ」と脱がせようとしたり
「わたしはそのTシャツに傷付けられました」と被害を訴えたり
「わたしのTシャツのほうが正しいからおまえも着ろ」と強要したり

それはチョット、と思う。

試着室の全身鏡をだして、「お似合いですよ」と言ってあげることしかできない。

全員でお揃いなんて気持ち悪いし、趣味の一致は相談ではきっとムリだから、

わたしはちょっとそれ着たくないけど、それぞれ好きな服着ましょうよ、と思う。

ファッションチェックするのはピーコとドン小西だけで結構ですよ。
それよりあなた、ハダカですよ、と。

(もちろん思考がファッションだということではなく、自分で選んでいるという話)


それでも、わかり合えない前提で、どんなひとでも、自分で決めた道をすすんでいることにエールを送りたいのだ。

どんなに偽善だと言われようと、それぞれの役割を全うすべく、お互いにやることたくさんあるし、ジャマし合っても時間がもったいないから、行こう、幸あれ。と思う。


わたしは12年間シングルマザーで、つらいバージョンで語ることもできるし、楽しかったバージョンで語ることもできる。

つらい、苦しい、どうにもならない、だれかたすけて、と言うこともできただろうし、そうして他に同じ思いをしているつらい仲間と助け合えたかもしれない。

でも、わたしはそうしなかった。

それがすべてだ。

ポジティブのほうがいいとか、わるいとか、怒るのをやめろとか、やめるなとか、どうでもいい。

ここに書くことは、主語はI(アイ)で、動機は愛だ。

わたしは、こう思う。わたしは、こうする。


以上、解散!!(むしゃむしゃ)


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桜林 直子(サクちゃん)

クッキー屋「SAC about cookies」経営。あーちん(15さい)の母。あーちん:現在「たべびと」連載中。http://www.1101.com/tabebito/index.html

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