あの約束をやぶる日

杉並区役所のロビーでひらいたメールを、忘れることはないだろう。

青いスプリングコートのポケットに入れた左手は、国民健康保険の手続きをしている間ずっと、iPhoneをにぎりしめていた。

その日の朝、とあるアーティストが病気で亡くなったニュースを読んで、その人のファンだった彼に「おどろいたよ。健康診断に行かないとね」とみじかいメールを送ったのだった。

フェスに行くときにいつも自慢の写真を「よかろう」と送ってきたり、おすすめの動画を送ってくれたりしていたので、ショックだろうなと思いながら。


彼からの返信には、自分は末期の胃がんで闘病中で、手術もできず化学療法と抗がん剤で延命しているのだと書かれていた。

信じないだろうからと、診断書と点滴と病室の写真が添付されていた。

サクちゃん黙っていてごめんね。と、さいごにあった。


彼はうちの近所に住んでいたのだけれど、数年前に地元の福岡にもどってからは、メールのやりとりを通して近況を報告したり、あーちんの活躍をよろこんでくれたりしていた。

あーちんと彼はとても仲がよくて、ふたりとも絵を描く仲間だった。彼の住む家に遊びに行って、ごはんをつくって食べたり、あーちんを背中に乗せて筋トレをしたり、DVDをみたり、絵を描いたりした。年齢も性別もなく、ただともだちだった。

彼の家には、今まであーちんが描いてあげた絵や、本のしおりや、4コママンガなどすべてとってあって、額に入れてならべて飾ってくれていた。

入院中に「良くなったらなにを食べたい?」ときいたら「寿司とチーズフォンデュ」というので、その2品をあーちんが絵に描いて送ったものも、最新の作品として加えてくれた。

彼が病気のことを言えなかったのは、わたしにではなく、あーちんにだった。


それから2ヶ月の間、わたしは彼とメールでQ&Aをくりかえした。

「自分を食べものに例えるとなに?」
「おくら。サクちゃんはモンブランやね」

などという他愛もないことも、こどもの頃のことも、輪廻転生についても話した。

そして何度目かの質問で

「トン(彼の名前)の病気のこと、あーちんに話していないのだけれど、ふたりは友達だからトンから話したほうがいいか、わたしから話したほうがいいか、どう思う?」

と聞いた。

「話さないほうがいいと思う」

という彼の答えに、「いつまで?」と聞くことはできなかった。


それから今日まで、その約束を守ったままでいる。

今日でトンがいなくなってちょうど1年がたつ。

トンは、年齢や性別で人を見ることはなく、身体はおおきいけれど3歳児のような瞳をしていた。同時に仙人のように世の中を見ていた。

彼はわたしが今まで出会ったひとのなかで、いちばん正直だった。だれよりもまっすぐでウソをつかなかった。


彼がいなくなってから今日まで、わたしは37年間でいちばん正直に生きた1年だった。彼のことを何度も思いだしたからだ。

そして何度も「いつまで黙ってたらいいの」と問いかけた。


トンがいなくなって1年が経ったちょうど今日、わたしの姉が出産し、あーちんのいとこが産まれた。

この日にあたらしい家族がうまれたことに、意味をもたせるつもりはないけれど、この偶然にのっかって、あーちんにトンの話をしようと決めた。

これからも正直に、もっと正直になるために、話さないといけないと思った。


トンはチーズフォンデュ食べてますか。

わたしはモンブランを食べました。


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