『カルテット』から見るドーナツの穴の話

今話題のドラマ『カルテット』のなかでこんな台詞がある。

音楽っていうのはドーナツの穴のようなものだ。
何かが欠けているやつが奏でるから、音楽になるんだよね。
(『カルテット』1話より)

このドラマの登場人物にはそれぞれに穴がある。

真紀(松たか子)は結婚3年目にして夫が失踪してしまった。すずめ(満島ひかり)は実父を許すことができない。別府(松田龍平)は世界的指揮者の孫という音楽一族のなかで芽が出なかった。家森(高橋一生)は離婚をして子供と離れてしまった。そして4人とも、好きな「音楽」で生きていくことができなかった。


リンクしているように楽器にも空洞がある。バイオリンもトランペットもギターもフルートもピアノも太鼓にも空洞がある。外から弾いたり叩いたり吹いたりと接触したときに、空気が振動して音がでる。その振動を増幅させて音を大きくするために、楽器には空洞がある。


ひとにとっての穴は、欠損なのか不足なのか空白なのか。わたしは、穴とは「理想との差異」ではないかと思う。「あるべきものがない」「あってほしいのにない」「あったものがなくなった」という、「もともと無」ではなく、「在る」を前提としての「ない」「欠落、欠如」ではないかと。

『カルテット』のなかで真紀のこんな台詞がある。

悲しいより悲しいことってわかりますか?ぬか喜びです。(中略)いなくなるって消えることじゃないんです。いなくなるって、いないことがずっと続くことです。いなくなる前よりずっと側にいるんです」(『カルテット』2話より)

あったはずのものが実はなかったときの「ぬか喜び」は「悲しい」よりもっと悲しい。いるはずの人がいなくなることは、消えてなくなるのではなく、存在が濃くなる。理想や想像と現実のちがいにできた穴は、「ない」ことで現実に影ができる。深ければ深いほど 大きければ大きいほどに。


ごく身近なことで思い出すのは、楽しみにしていた予定が当日になくなってしまったときの気持ちだ。ワクワクとその日を楽しみに仕事をがんばったことや、前日の高揚感を含めて、これからはじまるはずだった1日が突然なくなったとき、それがどんなにやむを得ぬ理由であれ、えも言われぬ感情が湧く。悲しいともすこしちがう、自分の気持ちをどこに持っていったらいいかわからない戸惑いと、気持ちの空回りを冷静に見つめる虚無感。

わたしは子供を産んだとき、赤ちゃんの黄疸がつよくて母子が一緒に退院できず、わたしが先に退院し、3〜4日間後に赤ちゃんが退院した。毎日何度か母乳を届けに病院へ通っていて赤ちゃんに会ってはいたのだけど、その3日間、毎朝目覚めてとなりに赤ちゃんがいないベビー布団を見ては絶望した。産後のホルモンの乱れも相まって、なぜかものすごく暗かったのをおぼえている。イメトレしていた退院してからの日々との差異に、「思ってたのとちがう」と、脳や心がついていけなかったのだろうと思う。


では、その「ドーナツの穴」あるべきもの、いるべきひとの不在、また能力、愛情、感情、その他諸々の欠如と、どうつきあっていけばいいのだろうかと考えた。

本人にとっての穴が「欠け」であり「不足」だということは、きっと変えるのは難しい。ただ、それは他人から見るとすこしちがうものになる。「穴」によってできたデコボコや空白がその他の部分に影をつくり、立体的に見える。「穴以外」が引き立って光ることで惹かれ、その後で穴の存在にも気がつく(気がつかないこともある)。他人から見ると「穴」があることが、結果的にその人の魅力になる。

「穴」をないことにして表面をツルリと見せかけることに力を尽くす人もいるけれど、きっとそれは逆効果で、不信感を抱き、ツルリの下にどんなに深い落とし穴があるのかと想像してこわくなってしまう。ツルリやキラリに惹かれた人を落とし穴に落とすのはよくない。期待と現実に、文字通り落差が大きすぎる。

つまり、どんな穴でも「ある」と認めるほうがいいのだと思う。穴の存在を認めるというのは「ない」を「ある」とする禅問答のようだけれど、じぶんの穴の存在を知っていると、誰かの穴を受け入れることができる。ドーナツに穴はあるものだというのと同じくらい、ひとには穴があるのだとわかっていると、その穴でどんな音をだして、どう共鳴するのか、楽しみにすらなる。穴に光をあてるのも、息を吹き込んだり弾いたりして音をならすのも、他人なのだ。それは、至近距離で傷を舐めあう依存型とはちがって、どんな距離でも複数人でもできるのもとてもいい。

ああ 白黒つけるのは恐ろしい 切実に生きればこそ
そう人生は長い 世界は広い
自由を手にしたぼくらはグレー
(『カルテット』主題歌『おとなの掟』より)

穴をよくわからないなにかで満たしたり埋めたりしない。穴があるからひっかかる。混ざりあえる。ツルリとまるいオセロのように白黒つけずに、もしも込みのグレーのままいてもいい。ドーナツの穴は、きっとあったほうがおいしい。



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