2018年、不幸中のラッキーだった話

友人の家でダラダラとしゃべりながら今年を振り返って、今年を表す文字を書き納めした。

いろいろあったようななにもないような、でもやっぱり今年これだけは外せないよねー、とわたしが書いたのはこれ


半紙にピタリと収まりのいい6文字「くも膜下出血」


今年の4月旅行中の八戸で、軽く頭をうった拍子に外傷性くも膜下出血をおこした。

搬送された病院でMRIやCTの検査をしている間は意識もあったのだけど、何度も言語や手足の動きに障害が出ないかチェックされながら、人間のもろさにじわじわとゆっくり驚いていた。

驚いているうちに身体と頭からいろんな線を繋げられて、集中治療室に入院した。事態の仰々しさにさらに驚く。


管だらけでまったく眠れないまま朝がきて、再度いくつかの検査をしたあとで、出血も止まっていて、後遺症も今のところ何も出ていないとのことで、ひとまず退院した。青森だったし。


無事に東京に帰ってきてからも毎週病院に通って検査をした。


パラパラの検査は毎週あり(毎回吹き出す)、発症から1ヶ月後のMRI検査でようやく大丈夫でしょうとお達しがあった。

と、つまりなんの後遺症も残らず、わたしは無事だった。


出血の場所がすこしずれていたらどうなっていたか、とも言われたし、瘤がもともとあって、小さな衝撃のおかげでちいさな出血で済んだなら育つ前にわかってよかったね、とも言われた。

どっちにしろわたしは運がよかった。

その時はあまり人に話せなかったけど、時間が経ってから何人かに話したとき、「生きててよかったね」と言われた。

そうだね、生きててよかったな、と思う。

病気のことを書いても、読んだ人もいい気持ちではないかなと思って今まで書かなかったけど、今年を振り返るのに避けては通れない出来事だったし、忘年という意味で書いて終わりにしようと思って書いてみた。


そして、この後、半年かけてわたしは小さくガマンしていたことを思いきってやめたり、やってみたかったことをはじめたり、気が合わない人や場所から離れたりした。

あんな些細なことでも、え?待ってこんなことで?と驚いているうちに死んでしまうかもしれないんだもんな、生きているうちにどんなにガマンしても誰も褒めてはくれないもんな、なるべく気が合う人とすごしたいよな、と思ったからだ。


そう思えて、行動できて、なにより生き延びて、今年はラッキーだったな。気持ちよく年を越せそう。

みなさんも、よいお年を!

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コメント2件

生きててくださって、ありがとうございます。ただそれだけを思いました。
母の教え
「外出するのは、部屋を掃除してからにしなさい。」
「いつ死んで帰って来るかもしれないから・・・」
一人暮らしのいま、身にしみていますよ。
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