自信があるとか、ないとか。

「自信があるからできるんですね」と「どうしてそんなに自信がないの」両方とも言われることがある。そして両方ともに「むぐぐ・・・」となってしまい、ちゃんと答えられない。


たとえば、わたしはシングルマザーなので、こどもを育てることと仕事をして生活費を稼ぐことをひとりでやる。どんなにグズってもやらなければいけない。はじめから自信があったか?と言われると「ないよ!」と言い切れる。

自信がなかったら誰かが助けてくれるわけではない。自信があってもなくてもやらないといけない。というか自信があるかどうかなんて、考えたこともない。目の前にあることをひとつひとつやって、問題があったらちゃんと考えて解決する。そこに自信なんていらなかった。


そうして1年経ったとき、「あーわたし1年がんばったなー!」という経験だけが自信になる。でも、その自信が2年目の不安をなくすかというと、そんなことはない。不安をなくすのは過去の自信ではなくて、未来について考えることだった。

未来について考えるとき、不安要素や心配なことをあたまの中で先にやっつけることで安心する。それを「自信がない」というのなら、わたしは常に自信がないということになる。



やると決めたことをやりはじめて、それがなんであれ、自信をもてるような出来事がおこるのは(だいぶ雑に言って)100回に1回だと思っている。

100回やってはじめて「よかった!」と思えることがあるなら、99回目まで自信はない。だけど100回目にいいことがあると信じて、99回やるしかない。


ただ、最近わたしがつよく意識しているのは、その100回に1回のうれしい瞬間を、もっと大事にしようということだ。たとえば誰かが褒めてくれたり、よろこんでくれたりしたことを、もっと大きく大きく受けとろうと思う。

99回目までの自信のなさはともかく、その後の自信のなさというのは、褒めてくれた人やよろこんでくれた人に対して、失礼なことになる。その評価を価値がないと無視することになる。自分ではなくて相手を信じていないということになる。

自分のまわりの人を大事にすることで、じぶんの自信が保たれる。


逆にいうと、まわりの人によってどんどん自信がなくなるということもある。大事にされず、否定ばかりされていると、自信はなくなる。自信がないと、負の連鎖で「じぶんは否定されても仕方がない」と思ってしまうので、自分を大事にされず自信がなくなってしまう人間関係からは、一刻も早く離れたほうがいいと思う。


ごく稀に、まわりの人からの影響ではなく、自信を自家発電できるタイプの人がいるけれど、わたしを含め多くの人はそれができない。

自信をもつにはどうしたらいいかは、今でもちゃんとこたえられないけれど、自信がないなら、なおさら決めたことをやるしかない。決められないなら考えるしかない。ということはわかった。

そして、まわりの人が自分を大事にしてくれたことを、受け流さずにちゃんとうけとって、額に入れて飾るくらいの気持ちでいたら、自分ではなくその人たちを信じることで先に進める。

いつか死ぬときに、その額に飾ったものを眺めてニヤニヤしたい。そしてそのときに「自分の人生はいいものだったという自信がある」と言えれば、それまで自信がなくてもいいんじゃないかな。だめかな。


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コメント1件

確かに、喜んでくれた人のことを思い出し、99回の自信のなさに一喜一憂せず、長い目で考えようと思うだけで、すっと心が軽くなりますね。

とは言うものの、1回1回の自信のなさを、99回連続で責めてくる人もいる今日この頃。
もう泣きそうです(´д`|||)
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