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黒いワンピースのわたしに伝えたいこと

色鮮やかな振袖に白いペルシャ猫のようなショールを肩に乗せて歩いている女の子を見て、今日は成人の日だと気がついた。

猫ならわたしも肩に乗せたいけど、カラフルな振袖はもう似合わないから着ることはないだろうな。などと思いながら自分の成人式の日を思い出そうとしたけど、ほとんど記憶がない。20歳当時はけっこうな地獄だったので、記憶の部署でエラーがあったんだと思う。


成人式は荻窪の杉並公会堂で、数人の同級生に会いに行き、会場には入らず友人の晴れ姿を見て帰った。わたしは喪服かというくらい真っ黒なワンピースを着ていたことだけ覚えている。


20歳のときは父が脳梗塞で倒れて2年目。倒れたとき、父がその数年前に起業した際に(のちに失敗する)自身の生命保険を解約していたことが発覚し、保険が1円も下りないまま入院し続けていたので、収入がないまま入院費用がかかり続けて我が家はド貧乏、実家は賃貸なので家賃もかかり、わたしは某洋菓子店に就職したものの月給14万円、恋人なし、月4日の休日は介護で友達と遊ぶ時間もなし、遊ぶにも交通費も出せず断念し、結果友達もなし。胃潰瘍と胆石を患うも働かざるもの食うべからずで休めない。もはや戦後である。戦後ラップである。

そんなフリースタイルでパーソナルな地獄の真っ最中だったので、成人式のあの日、晴れ着も、浮き足立つ同窓会ノリも、自分にはいっさい関係ないものだと知っていた。何を見ても何も思わなかった。


強くならないとやってられなかったけど、強くなればなるほどさらに辛いことが起こるのなら、20年でこれじゃこの先どんなだよ、と辟易していた。

たくさん傷ついたし、自分がいちばん不幸だという顔をして、寂しさややるせなさからきっとその倍だれかを傷つけた。

時は流れ傷は消えてゆく
それがイライラともどかしく
忘れてた誤ちが 大人になり口を開けるとき
流れ星探すことにしよう
もう子供じゃないならね

流れ星静かに消える場所
僕らは想いを凝らす
目に見えるすべてはやさしさと
はるかな君に伝えて

小沢健二「流れ星ビバップ」より


たくさん傷ついて、誰かをたくさん傷つけてきたこと、困難を乗り越えてつよくなったこと、それが時間が経った今(今年でちょうど成人ダブルスコアだ)わたしのやさしさになっているのだと、はるか昔20歳の黒いワンピースのわたしに伝えたい。


※ 2019年に定期購読マガジン『常温やけど』で公開したものを再掲載しています。

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