わすれたり思い出したりわすれられなかったり

23時すぎにマンションのエントランスからきこえる父の咳払いで毎晩目を覚ましていた。父はお酒を飲んで帰宅すると、いつもマンションの敷地に入ると大きな声をあげた。ばかやろう、このやろう、あのやろう、となんの意味も持たない言葉を怒鳴りながら自宅へ続く階段をあがってきた。こわいのとはずかしいのとで、夜がだいきらいだった。

そのせいか、わたしはお酒を飲んで怒るひとがとても苦手だ。そして、今でもねむるのがヘタだ。夜と怒鳴り声をセットでからだがおぼえているのかもしれない。(ただの体質かもしれない)


あーちんは保育園のお昼寝が苦手だった。卒園するときに「あーちんはお昼寝ができないから、みんなを起こさないようにいつもはじっこに布団をしいて、目をつぶってもねむれないから、いつもピアノの脚のホコリをずーっと見てたの。先生がもう起きていいよって言うまで」と話していた。だけど、今、あーちんはたくさんねむる。ほっておくと13時間でも14時間でもねむる。お昼寝ができなかったことは、あまりおぼえていないそうだ。


おぼえていたいことも、わすれたいことも、自分では決められないのだな。

「この景色をぜったいにわすれたくない」と目に焼き付けたはずの、二子玉川の河川敷でとつぜん目の前にあがったテスト試行の打ち上げ花火も、種子島のキャンプ場で夜中にみた流星群や天の川も、印象や経験としてはおぼえているものの、脳内で正確な再生はできない。

なぜかおぼえているのは、こどものころかいだ掃除機のうしろからでるぬるい空気のにおいとか、クラスメイトの書く「は」の字をマネしようと練習したこととか、ちいさいあーちんがキムラヤのパンのトラックを見るといいことがあると信じていて、見つけたときの「パントラ!」と言っておしえてくれるうれしそうな顔とか、そういう些細なことばかりだ。

意を決してわすれようとかおぼえていようとしないで、おおげさに思い出して記録しようとしないで、些細なことをちいさいまま書きのこすこともしてみようかなと思う。

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