メモにはメモを、素直には素直を。

先日、机の上にあーちん(娘13歳)のメモをみつけた。わたしへ宛てたメモにはこうあった。

「最近、めんどくさいって思ってばかりで、好きなことしかしてない。それじゃダメなのはわかってて、あとで後悔するのに逃げちゃって、しなきゃって苦痛に感じてることがいやなの。ほんとはちゃんとやって、ほめられたいのに。どうしたらいいかな?」


ああすごいな と心から感心した。やりたくないと思うことに嫌悪感を感じているのは、そのイヤな何かのせいではなく、自分の責任だとわかっているからだ。そして「ほめられたい」とわたしに言える素直さは、3歳の彼女が、ほんとうはイヤだけど、ほめてほしいからがんばってじぶんで歯磨きをしてみせるそのまっすぐな心のままで、なんだか打ちのめされた。

わたしがあーちんと同じ中2のときには、こんな素直な心をもっていなかった。自分が好きで選んでいることなんてひとつもないと思っていた。学校はそれなりに楽しかったけど、それよりもはやく大人になって「ここではないどこか」へ行って「まだ出会っていない誰か」と「なにか楽しいこと」をしたいと思っていた。あまりの想像力のなさに、死んだら天国に行くんだよね、というそれと同じくらいモヤのかかった淡い未知の世界を夢見ていた。今じぶんがいる時間をすこしも大事にしていなかったな と思う。

あーちんは、今をものすごく大切にすごしているように思う。さぼりたいと思うその時間を、惜しいものだと知っている。そして彼女と未来の話をするとき、かつてのわたしのような夢みたいなことは言わない。

唯一、わたしとあーちんの13歳に共通点があるとすると、「じぶんに期待をしている」ことだ。

わたしのそれは「将来は、いまよりきっともっとすばらしくて楽しいもののはずだ」と思うことで今現在のつまらなさをガマンする理由にしていたように思う。今と未来が切り離された別ものだった。

あーちんのそれは「将来、じぶんがなにをやりたいと思うのかわからないから、今は何をするかわからないけど、楽しみだ」と思っている。今じぶんがしているように、そのときの自分もまた好きなことをしているだろうと信じている。今と未来が地続きでつながっている。


これはわたしの功績があるとすれば、彼女が小さいころからとにかく褒めた。褒めたおした。そしていつも「たのしみだねえ」と口癖のように言っていた。わたしがしたかったのは、こどもが自分自身で「わたしは大丈夫だ」「大人になるのが楽しみだ」と思えるようにすることだった。

それには、いちばん身近な大人のわたしが楽しくあることが何より大事だったので、こどもを産んでからはじめて「おとなになったら何になろうかな」と考えるようになった。今ここではないあるかどうかわからない未来ではなく、自分の手足でどこに進むか決めて、行動する姿をみせてきたつもりだ。

わたしが今、これから先もまだじぶんに何ができるかとワクワク考えることができるのは、もともと持っている考えではなく、この13年間でできた思考の習慣で、完全にあーちんのおかげなのだ。


わたしはメモに返事を書き足した。

「おとなになっても、ほとんどのことはめんどくさい。めんどくさいことからは逃げられないから、本当にやりたくないのか、やってみたらよかったと思うのか。後者の経験をふやして、やるクセをつけることじゃないかと思う。めんどくさいと思うことは別に悪くないけど、それに負けて大事なこと(主に信用)をなくすのは、もったいないとは思うよ」

これは完全にわたし自身に向けて言っていることで、なにかと理由をつけてはグズグズと何をするか決められないわたしに、あーちんの素直さがまっすぐに脳天に刺さったからだ。


子育ては13年たってもなお、こどもに教わることばかりだ。

メモにはメモを、素直には素直を。
永遠にラリーは続く。とても楽しみだ。

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コメント1件

何だか鳥肌が立ちました。とてもとても素敵な母娘関係を築いていらっしゃって本当に憧れます。
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