『ボクたちはみんな大人になれなかった』で、言葉はヒーローになった。

喫茶店で、となりのテーブルにいた5歳くらいの男の子が、右手になにかしらのヒーローを持ち、活字では表現しがたい男児独特の擬音語を発しながら、空を飛ばせたり敵と戦わせたりしていた。

わたしはその隣で『ボクたちはみんな大人になれなかった』を読んだ。


モノクロでもセピア色でもなく、気だるくぬるい紺色の映像が頭のなかで再生される。背景にはずっと音楽が流れている。小沢健二が、ジョンレノンが、ジャミロクワイが、バネッサパラディが、テレサテンが、UAがきこえる。匂いもする。エクレアのにおい、あたためた牛乳のにおい、ラブホテルの芳香剤のにおい、雪の日の六本木の道路のにおい、むげん堂のお香のにおい、ジンとライムのにおい。

読書という体験で、こうも五感をまるごと持っていかれることがあるのだと知った。

物語を読んで、自分の経験を呼び起こすことはときどきある。しかし、この本の中には世代も環境も性別もちがう身に覚えがないことばかりだ。それなのに、自分のことのように心を揺さぶられるのはなぜだろうと思った。


著者の燃え殻さんという人はいったいどんな男なのだろうか。

Twitterのフォロワーが9万人。日常の中の出来事を言葉にするときの視点は、「嘆きと自虐、ときどき光」という印象だ。よく自信がなさそうにクヨクヨしているし、気分が落ち込むことがあった(であろう)日には、猫背をさらに丸めて背中に影を落としているのが見えるかのようだ。

定説では、自信のない男はモテない。ナイーブな謙遜や自虐も毎日だと気が滅入る。だけど、燃え殻さんは非常によくおモテになる(と見える)し、現にフォロワー(つまりファン)もたくさんいるし、わたしも彼のファンのひとりだ。今回のこの書籍の爆発的な売れ方も、ファンの数と応援される愛され度ゆえだと思う。


彼が小説を書き出したとき、「調子に乗るなと言われるけど、40年ずっと調子が悪くて最近やっと調子がでてきたので、もう少し調子に乗らせて下さい」と言っていた。

わたしはこの言葉がすごく好きだ。自分の過去を嘆きながら、頭を下げてお願いしながら、他人を振り払うものすごいパワーがある。彼の言葉がなぜただの自虐に終わらないのか、自信がないのにひとに力を与えるのか、顔を伏せ寄せ付けないオーラを出しているのに愛されるのかがよくわかる。

竹中直人の「笑いながら怒る人」の芸のように、燃え殻さんは「ヘコみながら反撃する」のだ。しかもめっちゃつよい。


自分の経験からの共感だけではなく、どんな人にも響くのは、「どんなに情けなくても、自分の物語はすばらしく価値があるのだ」というものすごいパワーに、たくさんの人が惹かれているのだと思う。


男の子の手の中のヒーローは、どんな敵と戦っても決してさいごに負けることはない。なぜならすべては彼の手中にあり、どうやって反撃して勝つのかは彼次第だからだ。

燃え殻さんは、ぶつかったりへこんだりしながら、周りの応援を力に何度でも立ち上がって進む。彼が手にしている言葉には、ヒーローになる力がある。すべては彼次第。今後の活躍もとても楽しみだ。


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