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世界は「夢組」と「叶え組」でできている

ここのところ、脳内プチテーマとして「やりたいことがある人」と「やりたいことがない人」について考えていた。

ちなみにわたし自身は「やりたいことがない人」で、今のメイン仕事のクッキー屋さんも、決して「やりたかったこと」や「夢」ではない。シングルマザーが子供と生活するのに「お金と時間がない」というのがイヤで、「ひとの半分の時間でひとの2倍稼ぐ」という目的のために、自分のできることから消去法で削り出した手段で、どちらかというと「この方法しかないから仕方ないな…」と、しょうがなく始めたことだ。(はじめたらちゃんとやっていて、しぶしぶやっているわけではないという言い訳も念のため)

わたしの場合、叶えたい条件に向かって考え尽くしてやることを決めたので、ある意味「(叶えるために)やりたいこと」ではある。だけど、わたしの考える「やりたいことがある人」というのは、もっと湧き出る「これがやりたい!」というものがある人のことで、むしろ生活はできないかもしれないけどやってみたい、という手段としてではなくて衝動としてやりたいことがあるという人のことだ。わたしは残念ながらそれではない。と思っていたけど、やりたいことがないのは残念なのか?



わたしはクッキー屋さんを経営していて、お店にはスタッフが4人いるのだけど、その採用のときに個人の能力以上に重要視しているのは、スタッフ内に「やりたいことがある人」と「やりたいことがない人」を混ぜるということだ。

例えばスタッフMさんは、将来自分でお菓子のお店を開きたいという「やりたいことがある人」で、彼女には将来に役立つような仕事をまかせたり、お店をやるのに足りない部分を教えたりしている。同時に、彼女のブランドも社内で並行して展開していて、わたしはその運営も手伝っている。

スタッフKさんは、子供がいて、今までまったく違う分野の仕事をしていたのだけど、なにかちがうことをしてみたい。それはなんでもよかったのだけど、わたしのnoteを読んで「この人がおもしろそうだから」という理由で働きたいと言ってくれた。彼女は「やりたいことがない人」なので、前述のMさんのやりたいことの話をして「わたしのお店の仕事だけだと作業だけになってつまらないかもしれないから、Mさんのやりたいことを一緒に考えたり動いたりしてほしい」と言ったらよろこんでくれたので、一緒に働いてもらうことにした。

つまり、社内の4人のスタッフは2つのブランドの商品をどちらも製造し、ひとつはわたしのブランド(量産型で作業メイン)で、もうひとつはMさんのブランド(表現型でいろいろチャレンジする)の両方を経験できるようにした。


「やりたいことがない人」も、やりがいはほしくて、やることに意味がほしい。あなたがいるから助かる、あなたがいないと困る と言われたい。

なんとなく「やりたいことがある人」が良しとされる風潮があるけれど、やりたいことがないからといって嘆くことはない。それに、「やりたいことがある/ない」の傾向は性格や子供の頃の環境などで決まってくることが多く、あとから急に変わったりはしないのではないかと思う。

「やりたいことがある人」は夢中になる能力があり、恋愛でも同様に没頭して夢中になれたりする。たとえ思い込みで結果的にちがったとしても、何度でも夢中になることができる。「やりたいことがない人」の恋愛は、夢中になるのが先ではなく、深い理解などの理由があることが大事な人が多いような気がする。


夢中になる能力がある「やりたいことがある人」を「夢組」だとしたら、やりたいことがない人は「叶え組」だ。

このふたつはチームになるといいと思う。仕事でも夫婦でも、「夢組」と「叶え組」はお互いに力になれるし、自分にはない能力を持っている相手を大事にできる。

自分が「夢組」なのか「叶え組」なのかわかっていれば、無理して自分とはちがう何者かになろうとしなくてすむ。

わたしは「叶え組」なので、やりたいことがある人の助けになれる。気持ちだけでやり方がわからないという人に手段や優先順位を見せることができる。それがわかってから、自分のその能力は単なるおせっかいとしてではなく、「叶え組」の強みだと堂々と言えるようになった。「やりたい」だけじゃ叶えられないことも、やりたいことがないわたしがいると、いいことがあるよと。

「夢組」のキーワードが「感情、衝動、行動」に対して「叶え組」のキーワードは「構造、観察、理解」かなと思う。

あなたは「夢組」?「叶え組」?
あー この話、いくらでもしたいな。

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※2020年3月19日、この記事をきっかけにつくった同タイトルの書籍『世界は夢組と叶え組でできている』が発売されます。



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