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音楽を愛するフィリピン人の話

旅中はいろんな人に助けられた。
でもその中でまず最初に出会った「ありがとう」を言いたい人が、これから書く彼だ。

彼はたまたま同じホステルに泊まっていたフィリピン人だった。歳は30代に入ったくらいだろうか。日本人でもなければ年齢の話なんてしないから定かではない。
休暇を利用して長期で旅をしているそうで、タイの次はカンボジアに行こうか、その次はどこに行こうか、なんて言っていたから、ほんとうに長期なんだろう。

彼はすごく音楽好きだった。
いつもギターを弾いていて、たまにいきなりレッスンが始まることもあった。何故か旅人はギター持ちが多く、なおかつ初心者も多いようで、私の滞在中にもちょうど生徒がいた。そこでレッスンを受けることになったギター持ちは、一日中拘束される羽目になったりしていた。私はそこに加わって、曲のコードを書き起こしてあげたり、勝手にセッションして加わったりしていた。そんな感じで、彼はホステルの前で一日中ギターを弾いていた。

ある日彼は私に、
音楽好きが集まるバーがあるから行ってみないか?
と言われた。

聞けばギタリストが集まって毎晩ライブが行われる場所らしい。
行けば絶対歓迎されるし、みんな喜ぶよ と言われ、最初は正直怖いと思った。私は元々、ワイワイした場所は苦手なのだ。
でも今は旅だ。日本にいればこんなにアクティブになることはない私だけど、とりあえず乗ってみるのがいいと思った。


その夜。

その日はものすごい土砂降りで、とても外は歩けなかった。
それに大事なピアノを濡らすわけにはいかないし、キーボードが壊れたらピアノ旅は終わってしまう。
見かねた彼は、キーボードと機材を抱えた私を雨宿りさせて、ずぶ濡れになりながらトゥクトゥクを呼びに行ってくれた。



着いたバーは中々にディープな雰囲気で、まあ私ひとりなら絶対に足を踏み入れないような場所だった。ドレッドヘアのこなれた男がオーナーで、何というか全体的に Love&Peace な雰囲気が漂っていた。

そこには2人のミュージシャンがいた。
2人は毎晩バーでライブをし、その後はストリートに繰り出してパフォーマンスをしているそうだ。

しかしその日はあいにくの大雨で、いつものライブ会場であるバーのテラスはびしょ濡れで、ライブは晴れの日限定らしいことを知った。話が違うじゃないかと思いながら彼を見ると、彼も少し困った顔をしていた。

音楽が無いことには困った。どうやってこの空間に馴染もう。。。
そこにいるのは西洋人ばかりで、それも結構にヒッピーな雰囲気を醸し出した、こなれた奴らばかりだった。完全に浮いている私は、いきなりパーティーに引っ張り出された童貞みたいで、とりあえず落ち着いてるフリをすることしかできなかった。

もうしょうがない、どうにでもなれと思って、とりあえずキーボードを出した。誰も目もくれない中、黙々とセッティングをするアジア人。滑稽だったかもしれない。いや、本当はそもそも誰も気にしていないのだ。あいつらは良くも悪くも他人に興味がない。本当に。私は自意識過剰に潰されているだけなのだ。

そんなこと分かりつつも怖い。内在化された他者の目に怯えてしまう。私は海外に来てまで結局人の目を気にしてしまうのか、なんて思いながら、ストリートパフォーマーはこんな感じなのかな と思った。すごい事だ。尊敬に値する。


そんな時、彼が助け舟を出してくれた。
「彼女は聞いた曲なら弾けるから、なんでもリクエストしてみなよ」と。
すると周りから様々なリクエストが飛んできた。

ジョン・レノン の 「Imagine」
Ludovico Einaudi の 「Nuvole Bianche 」
H.M.KING の 「Never Mind The Hungry Men Blues」
Luis Fonsi の 「Despacito」
Yiruma の 「River Flows in You」
John Legend の 「All of Me」


知らない曲はその場で聞いて、てきとうに雰囲気で弾いた。ほとんどが知らない曲だったからリクエストに答えられたと言えるかは分からない。でもこれで、私がどういう人かは分かってもらえたみたいだ。

よかった。これでやっとホームだ。後は話が早い。

その頃にはだいぶ打ち解けて、みんな話しかけてくれるようになっていた。結構楽しんでくれていたと思う。

その時私は、ピアノがあって心底よかったと思った。
ピアノが無ければ私はただの気難しいコミュ障なのだ。それで「Piano is a weapon for me (to communicate with others.)」(ピアノは私にとってコミュニケーションをとるための武器です)と言ったら笑われた。それは Tool(道具)の間違いじゃないか って。武器という言い方は英語では一般的じゃないらしい。言葉って難しい。

ひとしきり盛り上がって、もうお開きかなという頃に
「これからストリート行くけど来ないか」と言われた。これから路上パフォーマンスをしに行くのだと言う。よかったら一緒にライブしないか と。バーのみんなも一緒に行くらしい。時間はもう次の日に差し掛かっているのに、こいつらなんてタフなんだ と思った。こんなことならちゃんと寝ておくんだったと思いながら、まあ行くよね と、考える間も無く当然のようについていった。

そして私たちはいつもの場所だという、カオサン通りほど近くの小さな軒先の下で演奏を始めた。曲はいつもの2人がやっている曲にてきとうに乗っかった。ほぼ初見曲だったから探り探りだったけれど、結構盛り上がっていた。

どこからともなく人が現れては足を止めたり、座り込んだりして、輪が大きくなっていった。その様子はだんだん仲間が増えていくみたいだった。

最後は酔っ払いおじさんのリクエストが止まらず、「もう一曲」、「もう一曲」を連発していた。楽しいけれどさすがに眠くて、普段なら露骨に顔に出すのは避けたい私だけど、流石に「えー」という顔をしていた。そんな私を心配して見ていたイタリア人の女の子に、
「とっても心配したよ。ずっと弾きっぱなしだったし、すごく疲れた顔をしていたから。」と後から言われた。ちゃんと見てくれているもんなんだな と思ってちょっと嬉しかった。

そんなこんなで辺りは明るくなり、完全に解散したのは朝4時頃だった。一緒にライブをさせてもらった2人とは、今度こそバーで一緒にライブをしようという約束をして別れた。
完全にぐったりしている私を見て、彼はタクシーを呼んでくれた。荷物も全部持ってくれていた。もうこうなるとさながらマネージャーのようだった。

さすがに申し訳ない気がした。結局その日はずっとついていてくれて、何かとサポートしてくれていた。まだ出会って間もない私に。どうしてそこまでしてくれるんだろうと思って、ただただ SorryとThank you を繰り返していた。そんな私に彼は、

I love Music.
And you love Music.
So, we are friends. That's all.

一言一句同じかは忘れてしまったが、そんなことを言ってくれた。

多分、日本語で言われたらクサすぎて笑ってしまっただろう。
でも彼の嫌味の無い、さっぱりした笑顔でそう言われると、そうなんだろうなあという感じがするから不思議だ。でも実際に、それだけだったんだろう。


私は、言葉を発するのにつっかえが無い、彼のような人に憧れる。というか、もっと言うと嫉妬する。

私は何をするにもつっかえだらけなのだ。言葉を発するにも、どう思われるんだろうとか、変じゃないだろうかとか、そんな恐怖がいつも付きまとう。
そうやって全身が徐々にこわばっていく。

でも多分、そんなこと気にしなくて良いんだろう。自分がそう思ったならそれでいいのだ。自分なのだから。これからはもっと自分の感性に自信を持っていいのかもしれない。そんな風に思った。


そして後日、また例のバーにお邪魔して、今度こそ一緒にライブをさせてもらった。彼はその時も来てくれて、保護者のように何かとサポートしてくれていた。結局、彼にはバンコク滞在中ずっとお世話になった。本当にありがたいことだ。

そんな彼が書いてくれたメモがある。
これは私がストリートパフォーマンスの時に置く看板のデザインらしい。


世界各地を巡って、行った国の名前と国旗を書き足していくのだそうだ。
そして彼は、 "Show your talent to the world!"(あなたの才能を世界に見せてやれ)なんて言っていた。それができるのがいつになるのかは分からないけれど、なんだかすごく勇気をもらう気がした。


そんな彼は今どうしているだろうか。
またどこかを旅しているのかもしれないし、またどこかで生徒がつかまっているかもしれない。ありきたりだけど、元気でいてほしいな と思う。




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