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心理的安全な場

 今回は、教育の視点で書きます。普段の業務を通じて専攻医と振り返りをしていますが、「専攻医にとってはちょっと言われるとしんどいかもしれないけど、少し深く考えて学んでもらいたいな」と思って結構突っ込んだことを言うことがあります。逆に学習者側からすれば、自身のうまくいかなかったなと感じたことや他人には少し言い出しにくい感情面のことなどを、指導者側に表出してもらうことでより深い振り返りになります。このようなとき、指導側のこちらとしては「心理的安全」な場を意識しているつもりではあります(学習者である専攻医が本心でどう思っているかは分かりませんが…)。この心理的安全について最近色々考えることがあり、まとめてみました。

総合診療・家庭医療の現場

 総合診療・家庭医療の学びにおいて、振り返りは重要な要素の一つです。生物医学的な知識やスキル、心理社会的な面を捉えるための枠組みなどを身につける、と言葉にすると簡単なのですが、総合診療・家庭医療の実践は非常に複雑で「こういうときはこう」と明確に方法論が定まっているわけでもありません。業務環境としては、ルーティン < イノベーションの業務と言えます。

 通常の生物医学的な考え方では解決できない事例に、様々な枠組みをもってチャレンジしつつ、それでもうまくいかないような複雑な事例を事後的に振り返って、次への課題として抽出することが必要となります。ですが、こういった事例は医師自身にとって負担も大きく、様々な要因が重なることで感情面の負担が強くなることも少なくありません。なので、事例解決のための振り返りだけでなく、医師自身がそれに対してどう感じたかを振り返ることが重要です。

場の安全性と自己の振り返り

 先日、学習者の感情表出が強くなったときに、どのように対応すれば良いか、ということで内輪のSNSで話になりました。自分の個人的な意見として、感情を表出している=学習者にとって安全な場を指導者が提供できている、ということが素晴らしいなと感じました。いわゆる「場の安全性」が担保されていたからこそ、学習者は感情を表出できていたし、感情の揺らぎのきっかけとなった医学的問題だけでなく、学習者が自らの感情が揺れ動いたこと自体も振り返ることができると思います。

 ここの背景となる理論として、Bio-Psycho-Socialモデルがあります。このモデルで重要なのは、「システム理論」の理解だと思っており、システム理論の「two-person」は患者さんと「医師」自身でもあります。つまり、自分自身の疾患・病い体験、健康観、コンテクストなどが自分の診療スタイルに影響している、ということを自覚することが非常に重要です。

Engel GL. The clinical application of the biopsychosocial model. Am J Psychiatry. 1980 May;137(5):535-44.より抜粋

心理的安全の落とし穴…

 自分自身のことを振り返るというのは、「場の安全」があってこそではあるのですが、そこに自分や専攻医が成長できるようなチャレンジが必要です。ちょうど同じタイミングで、「心理的安全バブル」なる言葉に行き着き、場の安全を作ること自体が目的になっていないかと自省しました。

 「心理的安全=チームで仲良くすること、安全な労働環境をつくること」…ではなく、「このチームで、もしリスクをとったとしても、対人関係上亀裂や破壊がおこらないであろうという(チームに)共有された信念」と、以下に示す文献を書かれたEdmondson先生が組織論の中で提唱しています。つまり、「心理的安全」と「リスクをとること」と隣り合わせの概念で、そのリスクを取っても「チームのなかに対人関係上の亀裂」が生じないということを意味します。Edmondson先生は以下のように心理的安全を図示しており、振り返りにおいて、個人や組織が成長するために心理的安全とともに、責任という「緊張感」を持たせることを重視しています。我々でいうと、患者さんや他のスタッフへの責任でもあるでしょうし、例えばリスクという意味では自分にとって指摘されるとしんどい感情面での指摘も含むのかもしれません。そういったリスクをとっても学習者と指導者の関係性が良好に保たれるような振り返りの場が重要なのでしょう。

Edmondson AC. The competitive imperative of learning. Harvard Business Review [01 Jul 2008, 86(7-8):60-7, 160] より

フィードバックの近年の考え方

 この学習者の成長を促すために、『3つのF』が有効だとする文献もあります。3つのFとは、

▶︎フィードバック(Feedback)
 ・フィードバックは改善と成長にとって重要な要素
 ・頻繁かつ実用的なフィードバックを提供する
 ・気楽にフィードバックを受け、組み入れているモデル
▶︎失敗(Failure)
 ・背伸びと失敗が成長の鍵であることを強調する
 ・失敗が確実に最適なケアを妨げないように監督する
 ・危険を冒し、失敗から学ぶことで学習者に報酬を与える
▶︎フレーム(Frame)
 ・悪い機会を成長の機会として捉える
 ・自己ではなく特定の要因を中心とした振り返りと捉える
 ・フレーミングエラーに対するあなたの個人的なプロセスをモデル化する

Geoffrey V Stetson. The three Fs: three steps to promote learner growth. THE CLINICAL TEACHER 2019; 16: 277–279 より

 特にフィードバックについては、学習者の成長により視点をおいて12のTipsにまとめた文献(Subha Ramani, et al. Twelve tips to promote a feedback culture with a growth mind-set: Swinging the feedback pendulum from recipes to relationships. Med Teach. 2019 Jun;41(6):625-631.)もあり、より良いフィードバックのためにはその施設・組織の文化が重要で、心理的安全な場のあり方とも通ずるものでした。この文献では、これまでフィードバックが、指導側から学習者側に「与える」ものだという考え方から脱却し、個人レベルから組織レベルでフィードバックを捉えなおすことの重要性が示唆されています。非常に示唆的な内容でしたので、この文献については別でまとめておこうと思います。

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