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成長に焦点を当てたフィードバック文化の醸成

 前回、心理的安全に関連して書きましたが、そこで触れたフィードバックの文化という視点の文献のご紹介です(Subha Ramani, et al. Twelve tips to promote a feedback culture with a growth mind-set: Swinging the feedback pendulum from recipes to relationships. Med Teach. 2019 Jun;41(6):625-631.)。振り返りを行うにあたり、示唆的なことがいくつも書いてあって、個人的には興味深く読ませていただきました。訳がおかしい点もあるかと思います、ご指摘いただければ幸いです。

Abstract

 医学教育において、伝統的にフィードバックを与えるためのテクニックやスキルを示しており、スタッフ開発developmentで使われるモデルはフィードバックを受ける側(学習者)ではなくする側(指導側)に焦点が当たっていた。近年、この考え方に疑問が呈されており、フィードバックの効果は学習者がそれをどう受け止めるか、実践における改善のためのフィードバックとプロフェッショナルとしての成長がつながっているか、にあるとされている。ここ10年の様々な研究で、フィードバック中の会話は、多数の社会文化的要因によって影響を受ける複雑な対人相互作用であることが強調されてきた。 ただし、フィードバックの文化は定義が困難な概念であるため、文化を強化するための戦略を特定するのは困難である。ここでは12のTipsを、4つの異なる観点からフィードバック文化を構成する要素を定義し、成長に焦点を当てた学習文化を醸成するための、明確な戦略を説明する。

フィードバック提供者

 Tip 1〜3が、信頼でき受け入れやすいフィードバックのデータを強調しており、潜在的に行動を変えパフォーマンスを改善することにつながる。指導者主導ではあるが、これらの戦略は、フィードバックを提供するための特徴的なスキルというより、フィードバック全体の文化を改善するための方略である。

Tip 1:前向きな学習環境を確立し、職業的なロールモデルになる

 多くの指導者や学習者は、不安を伴う今後のフィードバック会話に敏感である。フィードバックの提供者は、積極的に前向きな学習環境を構築し、目標や観察されたパフォーマンスに焦点を当てた頻繁で形成的なフィードバックの会話を促進するという期待を設定することで、このネガティブさを軽減できる。仕事上の関係の期間が短い場合でも、相性のよい学習環境を確立することで、より生産的なフィードバック会話が可能になる。指導者がすべてに対する敬意、複数の意見を歓迎する意欲、および自身の限界や誤りを認める用意があることを示す際の役割モデルとして役立つ場合、これは成長を促進するフィードバックの段階を設定し、学習者にとってより受け入れやすいものになる。双方向のフィードバックにおける会話についても議論することができ、学習者からフィードバックを受け取ることに対する指導者のオープンさを強調する。

Tip 2:フィードバック情報を生み出すためにパフォーマンスの直接観察を用いる

 フィードバックの信頼性についての学習者側の認識は、フィードバックの内容、フィードバック提供者との関係性、コミュニケーション上の態度、それぞれの認識の一致度などな様々な要因に左右される。パフォーマンスの直接観察は信頼性を規定する重要な一つである。臨床の場での患者さんやスタッフとのやりとりを、学習者が直接指導者に観察される機会はほとんどない。音楽やスポーツにおける指導文化と対比し、臨床の指導医は、特に学習者の年次が上であるほど、直接観察を行わず、学習者からの報告によってその情報を受け入れるしかない。直接かつ頻回に学習者を観察し、学習者の信頼につながることを認識してもらうことが重要である。

Tip 3:振り返りと自己評価の理解を促す

 学習者は、自己評価と乖離したフィードバックは拒否する傾向にある。しかし、自己評価の正しい理解がないことで自分のパフォーマンス測定は不正確になってしまう。教育専門家は、多くの情報からの外的データを、正確に自己を批判的吟味するための振り返りと組み合わせるべきとしている。さらに、自己評価を踏まえた会話によって、指導者は学習者が自身の強みや弱みを認識している(していない)かどうかを把握でき、建設的なフィードバックだけでなく、強調すべきポイントをそこに提供できる。
 他者とのコミュニケーションによる自己の気づきを促すための枠組みであるジョハリの窓は、フィードバックの会話において非常に強力なモデルとなる。窓は4つで構成され、それぞれ「開放の窓」「盲点の窓」「隠された窓」「未知の窓」と呼ばれる。このモデルをフィードバックに活用することで、強みや自己効力感を高め、開かれた窓が拡張する。目標への道筋やフィードバックの追求によって、盲点の窓が拡張し気づいていなかった自己にたどり着けるかもしれない。教育上の協力関係や関係性の構築により秘密の窓を狭くし、隠された自己に気づくきっかけとなる。自己発見の精神を刺激することで、未知の窓が開けてくるかもしれない。

フィードバック受給者

 Tip 4〜6が、学習者のマインドセット(考え方)を成長へ促すだろう。このマインドセットへの励ましや、学習者主導の訓練の提供によって、組織として学習者がフィードバックを受け入れ自分のものにする文化を提供できるようになる。

Tip 4:学習者間のマインドセットの成長を促進する

 マインドセットには2種類あるとされ、固執したマインドセットと成長マインドセットである。固執したマインドセットを持った学習者は、うまくいったことは先天的能力によって推進され、失敗を彼らの能力の否定的な声明として認識し、建設的なフィードバックを拒否する傾向がある。成長マインドセットを持つ学習者は、成功は懸命な努力、学習、トレーニング、および継続的な学習から生じると考えており、失敗からも学びがあると捉える。成長マインドセットによって、学習者がフィードバックを求めるようになり、建設的なフィードバックをより受け入れ、日常のパフォーマンスにフィードバックを組み込むようになる。単に称賛または判断する言葉(例:「素晴らしい出来だね!」「コミュニケーションが不十分だったね」)よりは、パフォーマンスに重点を置く言葉(例:「このテクニックを使えば、肝肥大を触知したり収縮期雑音を聞いたりするのに有用かもしれない」という指導者の助言)を使うことで、指導者は成長マインドセットを刺激する重要な役割を果たす。組織として、建設的なフィードバックを標準化し、あらゆるレベルで専門的能力開発professional developmentを優先し、フィードバックを受け入れ吸収しパフォーマンスに生かすようなトレーニングを提供することによって、成長マインドセットを奨励するべきである。

Tip 5:フィードバックを求める振る舞いを奨励する

 学習者は、現在のパフォーマンスと理想とするパフォーマンスのギャップを測定するのに役立つ活動的なフィードバックを求めることで、自分の強みや改善が必要な分野について気づきを得ることができる。フィードバック探索行動は、個々の目標の方向づけによって影響されうる。パフォーマンス指向の専門家は、良い印象を与えるパフォーマンスに焦点を当て、制限を明らかにしたり自身のイメージを脅かしたりするフィードバックを歓迎しないかもしれない。この傾向は「ゲームをすること」と呼ばれる。一方、学習指向の専門家は、その分野での習熟度の向上に重点を置いており、成長に役立つ建設的なフィードバックを求めて受け入れる傾向にある。教育機関は、継続的な学習と改善に対する明確な期待を設定し、特定の学習目標を設定するためのトレーニングを提供し、特定の目標指向のフィードバックを求めることによって、あらゆるレベルの学習者の間で学習目標指向を育むことができる。

Tip 6:行動を変えるために学習者主導のプランを推進する

 学習者からの意見として、指導者からのフィードバックが「実行可能」でないことが多い、一般的なフィードバックの会話がパフォーマンス改善計画を含んでいない、などがある。たとえ教師が特定の行動計画を推奨しても、学習者がプラクティスを変えられるとは限らない。成人学習においては自身で学習目標をたて、指導医とコミュニケーションをとりながら、その目標のどのあたりに自分が位置しているのか確認しつつ、その目標達成のための段階を記述することで変化を起こすことができる。成人学習および生涯にわたる省察的実践家として、パフォーマンス改善のためには行動計画を学習者が主導で行われるべきである。こういった戦略は、フィードバックがどのように提供されるかよりも、学習者への影響を強調した近年概念化されたフィードバックとより一致している。

フィードバックにおける関係性

 指導者と学習者の関係にはさまざまな要因が影響するが、フィードバックの関係を強化するための2つの重要なアプローチに焦点を当てる。Tip 7〜8は、指導者、学習者、および教育機関(施設)が、それぞれの関係性を効果的に構築するのに有用な小さな段階で構成される。

Tip 7:教育の同盟関係を確立する

 フィードバックにおける会話は、単なる一方向的な情報の交換ではなく、複雑な個人と個人のコミュニケーションである。治療同盟モデルを参考に、Telioらが建設的なフィードバックの会話のための枠組みとして「教育同盟」を提案している。指導者と学習者が教育同盟を形成することは、教育者が学習者のパフォーマンスの文脈について、より意味のある理解をすることにつながり、具体的で有用なフィードバックを提供することを可能にする。同様に、Sargeantら、以下の段階によるR2C2モデルの記述している(関係Relationshipを確立し、反応Reactionを探り、内容Contentの理解をチェックし、成長のための指導Coachをする)。Bing-Youらは、静的な一方向のフィードバック法から動的な関係性に基づく会話へと移行する、タンゴのダンスを比喩として説明している。これら最近のフィードバックの枠組みを適用することで、教育機関は教育者が学習者と教育同盟/関係を確立できるよう奨励し順応させ、学習者を会話に関与させるようにし、エンドポイントとしてフィードバックの吸収と行動の変化に焦点を合わせるべきである。

Tip 8:指導者も学習者も共に行動変容のための学習の機会を生み出せるように奨励する

 学習者は、フィードバックと慣習を変える機会を同化させる時間がなければならない。
 Koningsらの研究で、参加型デザインは指導者・学習者・教育リーダーそれぞれの見解を結合し、学習環境をデザインするためのより効果的な戦略である。したがって我々は、フィードバック会話の参加型デザインループを提案する:学習者と指導者による目標の設定、指導者によるパフォーマンスの直接観察、振り返りの促進を含むフィードバックの会話、フィードバックと行動変容を組み込んだ学習/仕事の機会の提供、新たなパフォーマンスの報告(デブリーフィング)、指導者や学習者による新しい目標についての議論を通して再びこのループのサイクルに入る。(以下図)

組織の文脈

 教育機関は、職業上の成長を優先する学習文化を促進するフィードバックの場を設定する上で果たすべき重要な役割を担う。このセクションでは、4つの鍵となるTip9〜12を示すが、それぞれが複雑で、単一な方略の複数で構成されている。

Tip 9:学習者の自己効力感に適切な注意を払う

 「顔」とは、個人が外の世界に投影したいイメージを表すのに使用される用語である。顔は、さらに肯定的なものと否定的なもの(Tip 10を参照)に分類され、肯定的な顔とは自己肯定感や自己効力感に対する個人の欲求である。指導者は、学習者の感情を傷つけたり自尊心を傷つけたりすることを恐れ、建設的なフィードバックを提供することに対し躊躇している。学習者側は、建設的なフィードバックは実践を変えるのにもっと有益である、積極的なフィードバックを求めると報告しているが、評価がなされるような総括的な職場では自身の自尊心egoやイメージを損なう可能性のあるフィードバックを避ける傾向がある。一つの行動における葛藤として、行動変容の最初の段階として認識され、形成的評価の場が自尊心の犠牲(建設的評価に由来する陰性感情)と自尊心の恩恵(補強的なフィードバックに由来する自尊心の向上)とのより良いバランスをとるのに有用で、建設的なフィードバックを受け入れやすくなる。建設的なフィードバックを聞くことは、それがどのように表現されているかにかかわらず、学習者を混乱させる可能性がありますが、それは彼らの成長と次のレベルへの進歩にとって不可欠である。継続的な形成的フィードバックおよび学習のための評価の風土の確立に対する組織の期待は、職業的成長を促進する上で重要であろう。

Tip 10:監督と自律性の最適なバランスを促進する

 否定的な「顔」とは、「すべての有能な成人会員が自分の行動を他人に妨げられないことを望んでいる」と定義されている。臨床研修の主な目標は、学習者が自立した実践に向かって進むことを手助けすることだが、それでも患者の安全性と質の問題から学習者の監督は必要である。つまり、臨床指導者にとって監督と自律性のバランスをとることは重要である。 Ten Cateらは、指導者が学習者の完全な外部ガイダンスから共有ガイダンス、そして学習者が自立した実践が可能な場合には完全な内部ガイダンスの順に移行できるという、共有ガイダンスの概念について説明している。学習者のニーズや目標はトレーニングの段階によって異なるため、ガイダンスを共有するには、学習者との継続的な対話、進捗状況の監視、および学習ニーズに合わせた指導の適応が必要である。さらに、臨床学習は教師、同僚、および学際的な専門家を含むチームとの社会的交流の間に起こるので、特に委任を基準とした評価entrutable-based assessmentを下す文脈では、自律学習よりも統合学習のモデルのほうがより良い卒後医学教育を提供し、意思決定を行い、指導者が監督と自律性のバランスをとるのを助ける。

Tip 11:継続的な業務改善環境を確立する

 医学教育では、フィードバックはしばしばポジティブ〜またはネガティブ〜と言われ、改善remediationという用語はパフォーマンス改善計画を表すために使用される。したがって、建設的なフィードバックは、フィードバックの提供側と受け入れ側の両方にとって否定的な意味合いを持つことがある。教育機関は、継続的な改善アプローチで非判断的な枠組みの使用を奨励することによって、あらゆるレベルで専門家の長所と短所の存在を標準化する重要な役割を果たすことができる。Plus Deltaアプローチは、Lean Construction Instituteによって記述された形成的評価プロセスで、このアプローチは、ポジティブまたはネガティブな判断言語(良い、悪い、うまくいった、悪い、うまくいった、および満足できない)ではなく、改善言語(「あなたがどのように変更または異なることをしますか」「どのようにプラクティスをより良いものにできますか」)を用いることである。plusは何が良くなるか、deltaは将来のプラクティスを改善するために変えられるか、を意味する。このフレームワークは個人またはチームに適用できる。継続的なプラクティス改善のためのアプローチで構成される言語を持ちいて指導者と学習者の訓練をすることで、より学習者が受け入れやすい意義ある建設的なフィードバックのやりとりを奨励すべきである。

Tip 12:専門家としての成長を促進するフィードバック文化を強調する

 教育機関がすべてのレベルにおいて、成長促進のフィードバックにつながる学習の文化を明確に確立することは重要である。そのような文化は以下のようなことを強調している:進行中の形成的フィードバックのための明確なガイドライン、学習者と指導者の間で改善すべき領域だけでなく強みも標準化するような学習環境、長期的で信頼できる学習者と指導者の関係、パフォーマンスの直接観察、指導者と学習者の間で探索されるフィードバック、目標指向的で実用的なフィードバック会話の訓練。The Royal College of Physicians and Surgeons of Canadaは、指導者側の指導の考え方として臨床学習者のパフォーマンス向上を促進するよう推奨しており、これは世界中の指導医要請に役立つ。
 最後に、個々の施設におけるフィードバックの考え方として、これまでの「与える」ことの焦点を当てたものから、関係性や目標指向的な学習、成長マインドセットを強調するように変えていくことが望ましい。

結論

 フィードバック文化の定義、およびそのような文化にどのような要素が寄与しているかは、組織ごとでも、単一の機関の部署ごとでも異なる。この12のTipsを、フィードバックの文化の重要な側面について、4つの異なる観点から説明した。具体的な原則と戦略は、世界中の医学教育者によって適用されうる。これらのTipsを適用することで、施設でのフィードバック文化を促進することができる。フィードバック提供者ないし指導者は、これらの戦略を使用し、学習者と教育同盟を構築し、より受け入れやすい信頼できるフィードバックを提供できる。会話中に使用される言語は、文脈、学習者、関係、パフォーマンスのレベルなどによって異なる可能性がある。「万能」とはいかないが。フィードバックを受ける側も供給する側も、これらの戦略を使用して固執ではなく成長マインドセットを促進し、パフォーマンス達成指向ではなく学習目標を持ち、フィードバックの探索や吸収に積極的に取り組み、それによってパフォーマンスの向上を目指す。教育機関としては、これらのTipsを活用して、関係性、パフォーマンス観察に焦点を当てた動的フィードバック訓練のデザインを取り入れ、建設的フィードバックを標準化し、行動変容に焦点を当てることができる。プロフェッショナルとしての成長につながるフィードバックには、継続的に実践を改善しようというマインドセット、学習者と指導者の関係性への関心や注意、およびフィードバックの「レシピ」からフィードバック実践を改善するような組織的学習文化が必要であると考えている。

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