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フランスの医療制度

 医療政策学で学んだ各国の医療制度、今回はフランスです。イギリス、ドイツと欧州が多いのですが、同じ欧州でもだいぶ異なっていることが分かります。

 フランスは、以前ご紹介したWHOの医療・保健システムの評価で、パフォーマンスを含めたランキングが1位となっています(このパフォーマンスを含めたランキングでは、日本は10位)。また、合計特殊出生率が1.96(2016年)と高いのも特徴的です。日本と同じく高齢化に直面して、合計特殊出生率も一時はかなり低くなった(1994年に1.68)のですが、この20年ほどでV字回復を達成しています。これは「婚外子」の考え方があるという文化的な側面もありますが、社会的なサポート体制も大きく効果があったと考察されています。

 このように、医療制度に限らずフランスから学ぶべきことは多いと思います。

フランスの医療保険

 社会保障法典により、老齢保険・家族手当・労災保険と並んで、「疾病保険」として公的な医療保険が、社会保障(securite sociale)として位置づけられています。これらは、分担金(保険料)を支払うことで支給の資格を得るという社会保険の考えに基づいています。ただこの分担金(保険料)を払えない社会経済的困窮者に対する扶助や、児童手当、福祉については社会保護(protection sociale)の枠組みとされており、日本でいう社会保障とは少し構造が異なっています。医療保険の支出の多くは疾病保険でカバーしていますが、介護支出は福祉制度でカバーされています。

 他の国々と同様、1930年の社会保険法によって被雇用者の社会保険加入が義務付けられ、これが第二次世界大戦後に一般化として適用が拡大されていきました。しかし、高度成長期以降は、保険料を財源とし職域を基盤とする制度の限界が意識されていったために、税金へ財源をシフトしつつ、保険対象外者や低所得者含めた一般化の政策が必要と考えられていきます。そして、2000年に普遍的医療給付法によって、強制的保険制度を基本にし、共済組合や民間保険会社による自主的な保険制度を補完的に活用して国民皆保険を達成しました。

フランスの医療財政管理

 増大する医療費に対し、1995年に当時首相であったアラン・ジュペが、国・保険者・医療従事者・患者それぞれの責任を明確にし、透明性の高いものにする改革を行いました。患者(国民)にも負担を強いるものであったため、かなり反対もあったようで、大掛かりなストライキも起こり政権交代が起きてしまいましたが…。

 具体的には、医療保険支出国家目標(ONDAM:Objectif National de Dépenses d’ Assurance-Maladie)として、医療費の全国目標額を保険料収入等の見込みや国民の健康確保等の観点も考慮しつつ、開業医・公的病院・私的病院といった分野ごとにも設定した総枠予算制を導入しました。また、州ごとに病院庁を創設し、地域ごとに実情に合わせた医療計画を作成させ、病床数や高額医療機器の台数を調整しています。

 かかりつけ医制度も設定されており、当初「参照医medicin referent」としてに初診を行う医師を予め患者に特定させ、医師の選択に一定の枠を設ける制度ができました。この時は任意参加で、特に制裁もありませんでした。その後、「主治医制度medicin traintant」として、被保険者に自らの主治医を選択させ、それ以外の医師にかかるには紹介が必要な制度を作りました。選択をしない、もしくは選択した医師以外を受診した場合は負担金が増えるようにし、また指定された医師は、個人情報の構築や管理に参加するなど多様な義務が課せられ、責任が増えるようになっています。これによって、フリーアクセスの制限患者情報の蓄積と集約を図っています。

 公的病院(フランスの病院は公的機関が多い)への支払いは、急性期について1入院ごとの包括支払い(いわゆるDRG/PPS)で、キャピタルコスト等を賄うための予算の配分は地域医療計画に基づきます。民間病院への支払いは、ドクターフィーが自由開業医と同様の協約料金、ホスピタルフィーが公的病院同様の包括払いとなっています。開業医への診療報酬は、診療報酬共通分類(CCAM:Classification Connune des Actes Médicaux)という、医療保険金庫と医師の組合との間で締結される協約料金で規定されます。

在宅入院制度

 フランスの医療制度で特徴的なのが、在宅入院制度(Hospitalization a domicile:HAD)だと思います。1970年に病院法によって導入された制度で、元々はがん治療の入院待ち患者数の減少と医療費の適正化を図るために、がん患者の急性期治療以後の医療を在宅で行って入院期間を短縮することを目的としたものでした。1986年には精神患者を除く全ての急性期以後の患者が対象となり、2000年にはリハビリテーションも含まれるようになりました。定義としては、「病院勤務医および開業医によって処方される患者の居宅における入院である。あらかじめ決められた期間に(患者の状態によって更新可能)、医師およびコメディカル職によるコーディネートされた継続性のある治療を居宅で行うサービス」とされています。

 ここまでの医療サービスを在宅で行うために、保健ネットワークという医師、看護師、作業療法士、理学療法士、臨床心理士、社会福祉士などの医療専門職で構成された組織が、サービスのコーディネートを行います。日本でいう、介護サービスを組み立てるケアマネージャーの仕事に医療を組み入れたようなイメージです。報酬は、医療保険金庫および自治体から支払われます。在宅入院制度と併せて、医療費適正化と療養生活の向上を同時に達成するのが目的です。

 上記のような政策により、医療費の伸びも徐々に低下し、医療保険支出全国目標に近い水準に支出を抑えることに成功しています。これが、WHOの医療保険制度のパフォーマンスで1位となった要因ですね。

『医系技官がみたフランスのエリート教育と医療行政』

 この医療政策学ではなく、医療行政学という講義で、医系技官としてフランス国立行政学院に留学された入江芙美先生が講義をされる機会に恵まれ、トップ画像に載せた書籍も非常に勉強になりました。内容は医療制度に限らないものですが、国としてのあり方や文化、フランスの行政官養成を通しての医療政策のあり方を深く知ることのできる本になっています。

 フランス国立行政学院は、国のために働く優秀な人材(大学が研究者養成を目的としているのに対し、より実践的な人材の養成)のためのグランゼコールという高等専門教育機関の一つです。行政の中枢で働く上級国家公務員のための学校で、国際性も重視しており、入江先生のようにフランス以外の国からの学生が3割程度占めるようになっているそうです。そこで、主に医療に関わる行政の仕事に従事しつつ、フランス人の物事への取り組み方について入江先生が感じられたことも、具体例を示しながら丁寧に描写されています。

 この本を通して、医療に共通する不確実性や困難さに対し、個々としても国としてもどう立ち向かい考えるか、という姿勢の大事さを感じました。フランスにおける問題点もあげつつ、同時に日本においても文化的なことを背景とした問題が数多くあることを明らかにしています。具体的には、禁煙対策、ワクチン政策など、フランスから学ぶべきことが多いことを知ることができます。より海外のことにも目を向け、知見を深めることで、日本という国で自分が何ができるのかを見つめ直すきっかけになる本だと思います。

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