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ミュージカル『タイタニック』(2007年)

古代文書、掘り起こし企画。
きっかけとなったこの記事を最初にアップしたいと思います。

初出は、たぶん、当時「@ぴあ」と呼ばれていたチケットぴあWEBサイト。
テキストファイルの保存日時によると2007年1月16日に書いているようです。

まだ「ニュース」サイトが始まっておらず、「WEB記事とは」「ニュースとは」というレクチャーを受ける前の記事なので、今読むと冗長ですが。

では。

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深い人間愛と美しい音楽に彩られたミュージカル「タイタニック」が開幕(2007年1月)

処女航海で海に沈んだ巨大豪華客船、タイタニック号。事故から95年たってなお、“史上最大の海難事故”と呼ばれるこの歴史的事故を描いたミュージカルが、1月15日、東京国際フォーラム ホールCにて幕を開けた。1997年のトニー賞で5部門において受賞を果たしたブロードウェイミュージカルの日本版である。ちなみにレオナルド・ディカプリオが主演したあの映画とはまったく違う物語。映画公開より8ヵ月前にブロードウェイで開幕しているので、こちらが“本家”と言うこともできるかもしれない。

入場口、マリンルックに身を包んだスタッフに「行ってらっしゃいませ」と送り出され着いた東京国際フォーラムの客席は、木目調なクラシカルなもの。初日独特の高揚感もあいまって、豪華な船旅へ出るかのような気分にしてくれる。
だが舞台にあるのはきらびやかな客船ではない。デッキを模したセットは、海の底から引き上げられたかのように、錆と緑青が浮き出ている。そうだ、観客は皆知っている。タイタニックがどんな運命をたどるのかということを。今日ここで物語られるのは、“悲劇”なのだ。

物語は、事故までの時間経過や出来事がきわめて事実に忠実に描かれる。登場人物も実在の人物が多数だ。そのせいか、ひとりひとりのキャラクターに深みがあるしっかりした群像劇に仕上がっている。
夢の豪華客船の処女航海。さまざまな階級の人々がいるが、誰もが誇らしげに、楽しげに船に乗り込むオープニング。しかし出発早々に不穏な気配が漂う。機長室に、伝説を作りたいオーナーがスピードアップを要求してくるのだ。
一方、船室ではそれぞれにドラマが展開。一等船室では船長を囲んだ優雅なディナーが繰り広げられ、二等船室では一等船室に憧れ浮かれる奥様を夫がたしなめ、アメリカで成功することを夢見る移民たちが乗る三等船室では女の子と男の子が恋に落ちている。そして乗組員たちにもまた階級差や、様々な思いがある。そこで描かれるのは、話題の船に乗って浮き足立っているけれど、あくまでも日常の感情だ。ありふれた感情を丁寧に描くことで、その後に起こる悲劇とのコントラストがくっきりと浮かび上がる。
そして一幕最後、「オータム」の優雅な三拍子のメロディの中、悲劇は起こる……。

このミュージカルの主眼は、なんといってもモーリー・イェストン手掛ける楽曲の美しさだ。カンパニー全員で歌う「ゴッドスピード・タイタニック」をはじめ、クラシックを基調とした壮麗かつ勇壮な音楽は悲劇の豪華客船にふさわしい。また恋人を思うボイラー係の歌う「プロポーズ」と、彼のメッセージを無償で送ってあげる通信士の「夜は生きている」を重ねたシーンなど、異なるメロディが響きあう手法を多く取り入れ、美しさの上に深みをも増している。さまざまなメディアで語られているタイタニック号の悲劇だが、複層的に感情を込めることができるミュージカルというスタイルは、実はとてもこの物語を語るのにふさわしいのではないだろうか。明るい主旋律の裏に切ないメロディをしのばせることで、希望に満ちたシーンにもこの後の展開を暗示することができる。反対に、どうしようもない悲劇の中に、崇高な精神や祈りといったものを滲ませることも。

音楽も壮大なら、演出も壮大だ。船を真正面から捉え、舞台の奥へ船首が突き出た甲板。これが二階建て構造になってさらにオーケストラピットを階下の出入り口のように使用しているので、まるで三層あるかのよう。縦に横に立体的に人々が行きかう舞台は、人々の動きすらも音楽のように複層的に重なりハーモニーをかもしているかのようだ。
そしてこのセットがもっとも客席を圧倒するのは、終幕、船が沈むシーンだ。船首が高く持ち上がり、マストが客席側に迫るように倒れてくる……。この迫力はぜひ舞台を観て感じてほしい。

設計士を演じる松岡充は、本格的なミュージカルは初めてながら非常に丁寧に役を作り上げている。船を設計した彼は一番正しく原因を理解し船の行く末をみつめている。が、時折みせていた中空をにらむような視線は、それでもなお、神にこの仕打ちの理由を問うているかのよう。恋愛担当というべき三等船客の紫吹淳&浦井健治はキラキラと舞台上で光り、夫婦愛をみせる光枝明彦&諏訪マリーは深い愛を見せ客席の涙を誘う。二等船客の奥方を演じる森口博子はキュートさと聴き取りやすいきれいな発声が良い。ボイラー係の岡幸二郎、真面目な通信士役の鈴木綜馬はさすがの歌唱力で舞台に安定感を与え、大澄賢也は船会社のオーナーをある意味もっとも人間臭く演じ、そして人々の尊敬を集める船長を宝田明がどっしりと演じる。
確かに、出来事としては悲劇にほかならない。しかし、彼らが見せるのは単なる悲劇ではない。氷山衝突から船が沈むまでの間、悲劇に直面した彼らがみせる人間らしい姿に、上演中幾度となく涙が流れた。

初日らしく、演出のグレン・ウォルフォードもカーテンコールで顔を見せる。客席はスタンディングオベーションで、哀しくも壮大な物語を観せてくれた出演者、オーケストラ、そして演出家に大きな拍手を送っていた。


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