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外から要求されない空間で

娘が前をテクテクと歩く。

そういえば彼女と二人きりで山道を歩くのは初めてだったかもしれないな、とふと思った。さすがに毎日おにごっこでかけまわっている3年生の足取りは軽快だった。

大阪には「星のブランコ」というおおきな吊り橋がある。私市(きさいち)駅から星のブランコまでは、初心者向けのハイキングコースになっていて、ある程度整備されてあるきやすい道のりを50分ほどテクテクと歩くことができる。その日なんとなく星のブランコを見てみたいなと思いたち、娘を誘ってふたりででかけた。

ふだんあまり見かけない風景や生き物を話題に、いろんなことを話す。彼女とこんなに一緒にいて話し続けたのは、久しぶりかもしれない。

いや、いっしょに図書館も行くし、プールも行くし、田んぼにカエルもとりにいくし、休日はわりといっしょにいる方だと思う。朝ごはんも夜ごはんもいっしょにたべている。

でもそういえば、図書館ではお互いに本を読みふけっているし、田んぼではお互いにカエルに夢中だし、朝夜は家事でバタバタだ。こんなにじっくりいっしょにいたのは、あまりないことだったかもしれない。

自然の中を歩いた往復100分の時間は、外からなにも求められないし、閉ざされている。異空間に飛んできたみたいだった。目に映るものは新鮮で楽しいけれど、情報量は多すぎない。これはこうだね、あーだね、と同じものを見ながらテクテク歩く時間が楽しい。常日頃、外から要求されることにとらわれて、見えてないものってあるんだなと気づく。

ふと、足元にトカゲがちょろっと顔を出す。しっぽは紫色のグラデーションになっていて、インスタのアイコンみたいな色だなあ、とぼんやり思ってから、目を離した。

すると、娘が「あ!」と叫ぶ。もう一度トカゲを見ると、口に生きたバッタを捕まえている。バッタが逃れようと動きまくり、足を突き動かす。トカゲはのがすまいと体を何度もよじらせる。

彼女はその光景をアワアワしながら見て、「どっちを応援したらいいんや…」とつぶやいた。バッタがついに足をだらんとしたあと、トカゲはバッタをくわえたまま草むらの林に消えてしまった。

それから20分くらい、彼女は延々とトカゲとバッタの話をしていた。トカゲのその後。バッタのこれまで。もはや物語のように、トカゲとバッタについて語り続けた。歩くスピードで話す内容は、いい具合に途切れたり、再開したりしながら、ストンストンと自分の腹に入っていく。そのあと、帰り道でミミズを丸呑みするトカゲに出会ったあとは、「息がつまらないのか」という話を延々と繰り広げていた。面白かった。彼女の話がこんなに面白いと思ったのは、初めてだったかもしれない。

もしかしたら、普段から彼女は私にたくさん話しかけていたのかもしれない。わたしがそれをキャッチできなかっただけなんじゃないか。ここに来てやっとキャッチできるなんて。申し訳ない気持ちになった。

外から要求されることから解き放たれると、不思議と受け取れるものの量が増す。そういうことを実感した娘とのショートトリップだった。

次はキャンプに行きたいな。

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