「でんぱわるい」の裏側

「もー!電波悪い!」

これは通信事業者の中の人にとっていちばん精神的にくる言葉です。
たしかに繋がらない、というのはこれだけモバイルな世の中では結構なストレスですね。

携帯電話がつながるにはものすごくたくさんの壁があります。
それは、技術だけではなく、またお金だけでもなく、資源と、自然の法則と、国の政策と、はては人の心までからんだ理由からなのですが…

「つながる」というのはものすごく難しいことなんですが、
実は日本の携帯電話ネットワークは、現在世界でもぶっちぎりナンバーワンの高品質です。
日本という国は、地形的にものすごく「つながる」を作りにくいにも関わらず。

今回のテーマは「「でんぱわるい」の裏側」です。
長いので2回に分けてお伝えしますね。

さて携帯電話が日本全国で通話したりメールしたりするためには、日本全国で電波をキャッチできなければいけません。

最近は街を歩けばすぐに基地局を見つけることができます。
「基地局」というと巨大な鉄塔を思い浮かべる人が多いと思いますが、基地局といわれるものは目的に応じて様々な種類があります。
いま日本にある基地局の数は、各社全部あわせてだいたい50万局(2012年時点)くらいです。

「なんでそんなにたくさん必要なの?」
「東京タワーみたいにでっかいのを一個つくって、みんなカバーしちゃえばよくない?」


いい発想ですが、受信するだけのテレビと違って携帯電話は双方向です。
つまり携帯電話と基地局はお互いの声が聞こえていなくてはいけません。

東京タワーのように一つの巨大なアンテナでは、近くでは良くても、遠くにいる携帯電話は自分の「声」を届けることができません。遠くまで届くにはこちらもタワーと同じくらい高いところから電波を出す必要がありますし、それほどの強い電波を出した途端に、携帯電話のバッテリーはなくなってしまうからです。

というわけでこの基地局は、種類にも寄りますがひとつでだいたい半径1km~5km程度をカバーしています。これを隙間ができないようにぽこぽこ配置していきます。
...と、かなり気軽に言っていますが、この基地局の配置は携帯電話のキモになる部分です。
この電波の届く範囲は、重なってもいけないし離れていてもいけません。

重なると「干渉」といって電波同士がぶつかり合ってマトモに通話ができなくなるし、かといって離れすぎていると、電波範囲を離れた途端に通話が切れて「つながらなく」なってしまいます。

歩きながらも通話ができるのは、この電波範囲の設計を厳密にすることで、電波が弱くなる「はじっこ」同士を微妙に重ね合わせて、重なっている間に基地局を切り替える「ハンドオーバー」というしくみのおかげです。

電車に乗っていると切れてしまったり、移動中に繋がらなかったりするのは、この基地局を設計通りに置くことができなかったりしてスキマができているところに入ってしまったからですね。

「でも基地局が見えてるのに圏外になることって結構あるよ!?」
「外ではぜんぜん繋がるのに、家の中では繋がらなかったり」
「同じ都心でもドコモやauは繋がるのに、ソフトバンクがつながらないことあるよ?」

基地局のポイント設計は移動時の品質を左右する大きな部分ですが、
もひとつ、「つながりやすさ」を左右する大きなポイントがあります。
それが「電波の種類」です。

電波は「周波数」によって分類されるのですが、
この周波数が、低いほど「波」に近く、高ければ高いほど「光」に近くなります。
わけがわからないので図を見てみましょう。

基本的に高い周波数ほど携帯電話には向いていません。
障害物に弱いので室内でつながらないし、ぶっちゃけ空気の粒子に負けるほどへちょいので、あまり遠くまで届かず、届かないところをカバーするのに余計に基地局が必要になります。

つまり携帯電話会社によって、圏外だったり圏外じゃなかったりするのは
使っている電波の性質の違いによるところが非常に大きいです。

日本の携帯各社が使っている電波を並べてみました。
わかりやすくするため、各社がもっている一番「低い」電波を書いています。

じゃあみんな「低い」電波を使えばいいんじゃない?
と思うかもしれませんが、電波というのは携帯電話各社に国が割り当てているもので、勝手にそれ以外の周波数を使うことはできません。

「電波」というのは実は「有限の資源」なんです、といったら驚きますか?

電波は情報を伝えるのにとても便利なものですが、
自然界に一定の量しかなく、一度に使える量が限られています。
便利だからといって好き勝手に使うと、他の人が使えなくなってしまうのです。
そのため国によって厳重に管理されています。
※国が「自由に使って良い」とした以外の電波を許可無く勝手に使うと、犯罪行為(電波法違反)になります。

つながらない、と言われるのは、この電波特性によって思うように電波範囲がつくれないことで、電波にスキマや弱いところができてしまうことが原因です。

それではこの「隙間」を埋めるためにはどうすればいいのでしょうか?これを解消する方法は本当に単純で、とにかく基地局を作りまくるしかありません。
ビルの裏に届かないのなら、ビルの裏に基地局を立てればいいのです。
ビルの影になる場所、屋内、ありとあらゆる「つながらない」ところに基地局を作り、どうにかして理想の電波範囲を作る以外にありません。

ハイOK!問題解決!
あとはドカドカ基地局を建てまくってみんなハッピー☆

......なのですが、実は携帯事業者がどんなに熱烈に望んでも
基地局を建てたくても建てられない場合というのがあるのです。
これはある意味、電波の性質よりはるかに厄介で解決の難しい問題なのですが…

厄介なことその1:「線」がない!!

ところでいまさらですが、
携帯電話がどうやって遠くの相手に繋がっているか知っていますか?
「え?基地局につながってるんでしょ?」

確かに前編では電波がまんべんなく染み渡るよう、基地局を設置していることを説明しました。おそらくほとんどの人は、携帯電話が"基地局を渡り歩いて"通信を届けると思っているでしょう。しかし実際はこうなっています。

携帯電話というのは、実際大半の部分は「線」で繋がっています。

携帯電話の通信は、この「線」を通って事業者の通信センターに運ばれ、そこで初めて「どこへ繋ぐか」「誰を呼び出すか」などの処理がされます。
まさにここが携帯電話の中核の部分なのです。

基地局というのは実際携帯電話の通信をすべてここに集めるために存在しています。
「でんぱ」の部分は、実は「線」の入り口まで人を拾い集める役割をしているだけなのです。

基地局にとって最も重要なこの「線」ですが、
問題はこの「線」が田舎に行くほど手に入りづらくなるということです。
日本の携帯電話はデータ通信速度も桁外れに速いため、基地局に使用する「線」も大量のデータを流せる光ファイバーが大半ですが、この光ファイバーは張り巡らせるのに莫大な費用がかかるため、電話線ほど普及していません。
特に人口が少ない地域は採算性の問題からどの会社も光ファイバーを引くのに及び腰です。

さらにもっと田舎、山や自然公園など、そもそも電話線すらないような場所は電柱をいちから作ることになるのでコストも跳ね上がりますし、そもそも辿り着くのが大変なのでメンテナンスコスト(維持費)が輪をかけて大きくなります。

特に高い周波数の電波しか持っていない会社は1つの基地局でカバーできる範囲が短いため、他の会社よりも更に奥まで「線」を持っていかなくてはならず、より一層採算性が悪化します。

現在これだけ電話が繋がる、という状況は、まさに各社企業努力の結晶といえます。

厄介なことその1:「OK」がもらえない!!

さて、晴れてお金も「線」も確保できたとします。
ここに基地局を建てれば、何百人もの繋がらなくて困っていた人が便利になります。
それではさっそく建設開始!...ということにはなりません。

ある朝起きたら、いきなり自分の家の庭で工事屋さんが基地局立ててた…なんてことになったら大変ですよね。当然、基地局建設の一番最初は「土地を貸してください」というお願いから始まります。

これがまた大変なことなのです。
快諾してくれる人もいれば、「先祖代々の土地にそんなよく分からないもの置けるか!」などの理由で頭ごなしに否定されてしまう場合もありますし「電磁波って体に悪いんでしょう!嫌!」という人もいれば、「この会社はなんとなく嫌い」という理由で否定される場合もあります。
こちらにいくら準備があっても、またお客さんからどれだけ大量の要望があったとしても、土地の持ち主から拒否されてしまえば基地局を建設することはできません。

こればかりはお金で解決できる問題ではなく、粘り強く交渉を進める必要があります。
ちなみに鉄塔など大掛かりな基地局の場合は、土地主様以外に周辺住民からも同意をいただかなければならず、説明会を開いたりするため、この交渉だけで半年以上を要する場合もあります。

なんとか交渉でOKをもらったとしても、理想の位置に置くことができるとは限りません。
実際には、理想とする場所には母屋があって、結局十数m横の畑の隅っこに置かなくてはならず、そのせいで電波範囲が変化して、隙間ができてしまうということがざらにあります。
むしろ理想の位置に基地局を置けること自体が珍しいといえるでしょう。

基地局の建設にかかる時間の大半は、この交渉と合意の取得にかかっています。
特に鉄塔を建てるような大掛かりなものは時間がかかります。
よく「とっとと基地局立てて電波よくしてよ」と言われるのですが、こういったプロセスを踏まなければ基地局というのは建設することができません。

とある地方自治体では電磁波の健康被害を理由にして携帯電話基地局の新規建設に規制をかける条例を出した場合もあります。また、「環境を破壊する」「景観を崩す」などの理由から電柱の建設自体をさせてくれない場合もかなり多くありますね。
こうなると、この自治体エリア自体に、どれだけクレームを寄せられても全く手が出せなくなります。

エリアの拡充を求められる一方、こういった建設反対の板挟みにあっているのは携帯電話事業者の辛いところですね。

日本という国は、山あり谷あり離島あり......
世界屈指の携帯電話システム作りづらい地形をしており、今回前回と紹介したように、携帯電話で「つながる」をつくるにあたってものすごくたくさんの困難があります。

それでも私達は当たり前のように遠くの人と、いつでもどこでも繋がることができます。
「それって考えてみれば、結構すごいことだよね」と思っていただければ、そして今もどこかで「繋がらない!」と戦っている人がいることを知っていただければ、幸いです。


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