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【小説】冷たい雨


思い出の中で、

彼がおでこを合わせた。

私の好きな行為。

手をつなぐより、キスより、体をつなぐより、

好きだった。

おでこを合わせた途端、

彼の匂い、彼の体温が流れ込んでくる。

其処で恋に落ちた。

恋が思い込みでなければ、

必然だった。

彼と知り合ったのは、喫茶店だった。

カフェと言うには古めかしい。

明るい色の壁紙に木製の机と椅子。

少し明るめの証明が其処がバーではなく、

喫茶店であることを示していた。

マスターは無口な人で、「いらっしゃい。」だけを言う。

その他の言葉はお客同士の話に紛れてしまっていた。

静かな店の片隅で本を読むのが、

好きだった。

彼は携帯を見ながら、たまに視線を外に向けていた。

マスターが彼の前に「どうぞ。」カップを置いた。

彼が「マスター間違ってるよ。俺、紅茶じゃなくて、

コーヒー。」

「多分、その紅茶私のだ。」私が返す。

「勿体無いから貰うね。」

「じゃあ、こっちに来て座ったら。」

そんな風に付き合いが始まった。

今思えば、マスターがわざとやったのかも知れない。

そんな風に始まった付き合いだった。

デートというより、其処で待ち合わせ、顔を見る。

毎日が待ち合わせだった。

数か月も経つと、周りからはカップルに見られ、

本人たちも、その気になったころ、

結婚の問題が浮上した。

見合い話。

「俺、見合いするんだ。」

「そう。」

「それだけ?」

「何、言って欲しいの?」

「止めてとか。」

「お見合いしたら、結婚するの?」

「そうなるかもね。」

「止めてよ。」

「何か遅くない。」

私が泣いて止めてもらえば良かったのかもしれない。

出来なかった。

そんな事しても、駄目なものはダメ。

そんな思いが心を浸食していった。

人生はギャンブルだ。

こと、男女の関係においては、

結婚を決めるのはギャンブルに他ならない。

只、勝ち負けの問題ではなく、満足度の問題だ。

彼が選ぶ事は止められない。


楽しい時間が遠くなる。

今止めても、きっといつかは無くなる。

終わった恋は、彼を温めてくれるだろうか?

彼は今も笑って、誰かとおでこを合わせているのだろうか?

私の思いを彼は憶えていてくれるだろうか?

冷たい雨の降る日、

私は考える。

寒さに震えながら



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