見出し画像

『三四郎』と、もう一冊の上京物語

夏目漱石の『三四郎』が好きで、ときどき読み返している。

この週末に、5年ぶりくらいに読んだ。

あいかわらず、ひどくおもしろい。「漱石、うまいなあ」と何度もつぶやく(いや、当たり前なんだけど)。

読んだことのない人や、忘れた人のために説明しておくと、物語は、主人公が大学進学のために、九州から上京するシーンからはじまる。名古屋で汽車が停車し、ふとしたことで行きずりの女と宿屋に止まることになる。……いきなりエロマンガみたいな始まり方なんだけど、続きはふせておくので、気になる人はこの冒頭部分だけでも読んでみてほしい(Kindleだと無料版がある)。

全体の内容を一言でまとめると、自意識過剰な青年が大都会・東京で居場所を探す物語、ということになる。

主人公の三四郎は、立派な先輩、都会慣れした同級生、自由な都会の女たちのなかで、なんとかやっていこうと奮闘する。三四郎のやることはほとんど、田舎物なのがばれないだろうか、ださくないだろうか、という観点から決められる。ぼくのように田舎から出てきた人間には、思い当たることがありすぎて、いたたまれなくなる。

上京物語が人の心を打つのは、まさに「居場所」の物語だからだろう。

人生はすべて、居場所を探す旅とも言えるけど、上京物語という設定は、それをさらにビビッドに浮かび上がらせる。なんにも持っていない田舎の若者が、何もかもできあがっている(ように見える)都会に出てきて、自分の立ち位置を見つけるために懸命になる過程は、とても切なくて、そしてまぶしい。

この作品が発表されたのは、1908年。日露戦争の直後だ。夏目漱石は41歳で、前年に教職を辞めて専業作家になったばかり。つまり、国も、著者も、もちろん読者も、すべてが居場所を探していた。だからこんな傑作が生まれたのだと思う。


それで、ひさしぶりに「三四郎」を読もうと思ったのは、雨宮まみさんのことがあったからだ。

彼女の作品は、すべてが上京物語だったといえるかもしれないけれど、なかでもこの本は、とてもすばらしいのでおすすめです。ちょっといまは入手しにくくなっているけど、ぜひ手に入れて、読んでみてください。

東京を生きる』雨宮まみ

読んでくださってありがとうございます。サポートいただいたお金は、noteの他のクリエイターのサポートに使わせていただきますね。