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お婆ちゃんありがとう、お元気で

これは北海道旅行最終日に出会った、素敵なお婆ちゃんのお話。

小樽から出港する日本海フェリーに乗る予定だった私達は、時間を持て余して小樽駅前のビル内をぶらぶら見て回っていた。そんな時である。

「あらぁ、僕、可愛いね。こんにちは」

見知らぬ女性が、息子に笑顔を向けていた。80歳を超えているだろうか。同居している私の祖母と同じくらいの歳に見えた。

「こんにちは」と挨拶を返す息子に、お婆ちゃんは手元の買い物袋をガサゴソして、乳酸菌飲料を手渡してきた。

街中でこういったことをされるのが初めてだった私と旦那は「どうする?」と目配せし合った。その時すでに、息子はしっかり乳酸菌飲料を受け取っていたわけなのだが。

「お父さんも、はい。お母さんも飲んで。今日は暑いでしょう?」

結局断りきれず、お婆ちゃんのペースに巻き込まれる形になった。買い物袋の中にあった乳酸菌飲料は、残り一本になってしまっていた。

「本当に可愛い、お行儀の良い子ね。お婆ちゃん元気もらっちゃった」と、そのご婦人は目を細めて笑った。この時点で、私も旦那も警戒心はほとんど無くなっていたと思う。

(札幌到着日に、認知機能の怪しいご老人が息子のほっぺを触りまくるという出来事があったせいで、ややピリッとした緊張感が漂っていた)

それから、彼女はお菓子コーナーに視線をやって、息子に尋ねた。「僕、何か食べたいものある?何が好き?」

(...もしかしてお菓子買ってくれようとしてる?)(どうする?どう断ればいい?)

私と旦那は再びアイコンタクトを取り、やんわりとお断りしようとした。「まだこういうお菓子を食べたことがないので、特に欲しいものも無いと思います〜」とかなんとか言った気がする。

が、そこで引くような女性ではなかった。彼女はポツリと自分の身の上話を零した。

「私ね、自分の子どもがいないの。でもね、妹の子供は二人育てたのよ。親代わりで。妹は上の子が6つの時に亡くなったから」

「その子達ももう大きくなっちゃって、ほとんど会えなくなっちゃったのよね。でも今日、僕の元気なお顔見てたら、お婆ちゃんも元気もらっちゃった」

少し寂しそうに、でもにっこりと笑って、お婆ちゃんは「元気元気!」とガッツポーズを作った。息子もそれを真似する。

「あ!ねぇ、これなんかいいんじゃない?アンパンマンって言うのかしら?」

少ししんみりしている私達を置き去りにして、お婆ちゃんは唐突に話題をお菓子に戻した。手にしているのは、高さ25cm程度の立体的なドラえもん。残念ながらアンパンマンではない。

「僕、アンパンマン好き?」

どうやら本当に買い与えるつもりらしい。

どのようにお断りすれば失礼じゃないかと焦っている間に、息子は頷き、お婆ちゃんは財布を準備している。

「あの、お気持ちだけで充分ですので...」「さすがに買っていただくわけには...」とやんわり言っても、元気を充電したガッツポーズお婆ちゃんは止まらない。

結局、流されるままフルーツゼリー入りの立体ドラえもんを買って貰ってしまった。

「すみません、ありがとうございます」と頭を下げる私達に、「いいのよ、こうやってお婆ちゃん元気貰ってるから。笑顔でいるとね、元気に長生きできるのよ」と微笑んでみせた。あぁ、本当に素敵な女性だ。

しばらくお喋りをして、息子もすっかりお婆ちゃんに懐いて、別れが惜しくなってしまった。

「これも何かのご縁ですから。不思議なご縁、ね。またどこかで会いましょうね」

そう言って、お婆ちゃんは手を振りながら「時代劇を見なきゃ」と足早に帰って行った。

偶然が生んだ、不思議な縁。ほんの少しでもタイミングがずれていたら、絶対に会うことはなかった。まさに一期一会。これだから、旅は楽しい。

ドラえもんの容器は大事に取っておいて、息子が大きくなったらお婆ちゃんのことを話して聞かせてあげようと思う。記憶に残っている可能性はほとんどないかもしれないが、息子の心にとって意義のある、温かい出来事であった。

あの時の名も知らぬお婆ちゃん、どうかお元気で。また不思議なご縁が繋がりますように。


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