みんなが僕に「ケアが足りない」と言う意味が、ようやくわかった。

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昔から僕は、「人に対してケアが足りない。佐渡島は人に厳しい」とよく言われる。

でも、僕は僕なりに相手のことを誠実に思い、一生懸命ケアしているつもりだった。

このギャップは、一体どうして生まれるのか?

その長年の謎が、臨床心理学者の東畑さんの新刊『居るのはつらいよ』を読むことで、ようやく理解することができた。

この本は、「ケアとセラピーについての覚書」という副題がついているが、僕が他人に対してやっていたのは、ケアではなくセラピーだったのだ。

本では、ケアとセラピーについて、こう定義してある。

・ケアは傷つけない。ニーズを満たし、支え、依存を引き受ける。そうすることで、安全を確保し、生存を可能にする。平衡を取り戻し、日常を支える。

・セラピーは傷つきに向き合う。ニーズの変更のために、介入し、自立を目指す。すると、人は非日常のなかで葛藤し、そして成長する。

「これが欲しい」と相手が言ったとする。ケアであれば、その欲しいものを与える。セラピーであれば、「なぜ、あなたはそれが欲しいんですか?本当にそれが必要なのか、一緒に考えてみませんか?」と介入する。

僕は、相手にとってケアが欲しい時に、セラピーをしてきたのだろう。今は、傷つけて欲しくない。ただただ受け入れて欲しい。そんな状態の時に、傷に向き合わせようとするから、人に厳しいと言われるのだと理解することができた。

僕は自分に対して、「なぜこう思ったのか?」というセラピー的な思考を繰り返すタイプの人間なので、どうしても他人に対しても、セラピーから入ってしまうのかもしれない。

ただ、ケアを求めている人に十分なケアを与えていない状態でセラピーをしても意味をなさない。不安な感情を募らせている状態では、いくら正しい方法で介入したとしても、その相手に変化を促すことは絶対にできないからだ。

これは、先月のnoteで書いた「ガン患者の心に寄り添い、不安を取り除いてからでないと、ガンの治療は始められない」というCancer Xで聞いた話と同じだと思った。権威で人を動かすことは、もうできない。まずは感情をケアすることから始めることが大切だ。

同時に、ケアだけでは、いつまで経っても自立ができない。人はストレスがないと成長できないということと一緒で、自分の傷と向き合うことは成長する機会でもある。

ケアとセラピーをバランスよく組み合わせながら、相手と接することのできる人が、本当にコミュニケーションが上手い人なのだ。

東畑さんの本を読み、みんなが僕にケアが足りないと言ってる意味がよくわかった。これからは、ケアも意識していこうと素直に思うことができた。

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佐渡島庸平/コルク代表

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