父の暦1

谷口ジローさんとの思い出

 谷口ジローの『父の暦』は、父の葬式をきっかけに郷里に戻った主人公が、父の過去に何があったかを知っていく物語だ。

 2月11日、谷口ジローさんが逝去された。

 担当していた作家さんが亡くなるのは、僕にとって初めての経験だ。今週は、『父の暦』を読みかえしながら、谷口さんとのことを思い出していた。

 編集者になる前から大好きだった作家ベスト3は、井上雄彦、岩明均、谷口ジローだった。「『坊ちゃん』の時代」が大好きで、高校、大学時代と繰り返し読んでいた。僕が編集者として、スッと仕事に馴染めたのも、「『坊ちゃん』の時代」にでてくる夏目漱石、森鴎外、石川啄木で、リアルな作家像をイメージできていたからかもしれない。

 はじめて谷口さんにお会いできた時、強烈に拒絶された。谷口さんは、非常に温厚で優しい人なので、強い口調ではなかったものの、拒絶だった。谷口さんは、『モーニング』でメビウス原作で『イカル』という作品の連載をしていた。その連載は、鳴り物入りで始まったものの,運悪くすぐに編集長が変わり,不本意な形で終了してしまった。その時に、かなり失礼なことがあったらしく、モーニング編集部員が、どうして平然と自分に連絡して来て会えるのか,分からないということだった。僕と話していると、モーニングということで、過去の不愉快な記憶が思い出されるらしく,また同じことになると、すごく警戒をされた。編集部ではそのような過去の情報が伝承されていなくて、僕は非常に申し訳ない気持ちになりながらもどうすることもできず、僕は谷口さんと仕事をしたいと気持ちを繰り返し伝えるしか,やれることはなかった。

 僕は谷口さんが本当に大好きだったので,それから何年も定期的に会いつづけた。6年ほど会いつづけて,やっと信頼してもらえるようになってきて、単行本1冊だけご一緒することができた。1年近くかけて,ネームと原稿を貯めての連載だった。『ふらり。』という作品は,伊能忠敬が、地図を作らない時に,江戸の町をどのように歩いたのかを描いた作品だ。何か特別な出来事があるわけではないのだけど,町,自然,人をみる谷口さんの視線が優しく、気持ちが落ち着くマンガだと思う。

 コルクになってからは、メディアを持っているわけではないので,仕事でご一緒することはなくなってしまったけど、パーティーでお会いしたり,電話で話したりさせてもらった。

 フランスやイタリアでは、マンガを読む人はみんな知っているというぐらいなのに、日本ではそこまでの知名度がなくて、いつももっと売れたい、ということを言っていた。もうこれからたくさんの人に読まれたとしても、谷口さんは喜ぶことはできない。でも、作家とは,自分が生きていようといまいと、自分の作品を多くの人が読むとうれしくなるものだと思う。逝去のニュースがきっかけとは、なんとも寂しいものだけど,これを機に読んで,谷口さんを好きになる人が少しでも増えたらと願う。

『父の暦』は、こんなセリフで終る。

郷里は……いつでもどんな時にでも変わらずそこにあった。
私は思う……
郷里に帰る……のではない。いつの日か郷里がそれぞれの心の中に帰ってくるのだ。

 僕は谷口さんの若い頃の話をあまり知らない。もっと聞いておけばよかったと思う。

 ご冥福をお祈りいたします。

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