作家は主人公を殺して、自分が生き延びる

 僕はフランクで全ての感情を見せていると思われることが多いようだが、僕自身の認識では、感情を見せるのが下手だ。

 コルクの行動指針の一つ目「さらけだす」は、社員だけでなく、僕自身に向けた言葉でもある。コルクという会社はもっとうまくいくためには、僕の思考、感情を社員にさらけださなくてはいけない。創業してからずっと「面白い仕事なんだから、手伝いたいよね」という態度で僕は社員に接していた。最近やっと素直になる勇気が出てきて、「力を貸して欲しい。助けて欲しい」という言葉を使うことができるようになってきた。

 僕は中学受験に失敗したのだけど、その時、僕の顔を見たクラスのみんなは、いくら言っても僕が嘘をついていると思って、落ちたことを信じてくれなかった。

 それぐらい日常生活の中で自分の感情をさらけだすのが、僕はずっと苦手だが、編集者として作家に感情をさらけだすことは比較的、得意なほうだろう。それこそが、編集者という仕事の重要なところで、職業として訓練する中でできるようになったとも言える。

 作家は、作品のなかで自分のすべてをさらけだしているだから、こちらもさらけだせる。

 初めて平野啓一郎さんに会った時、僕は素直な気持ちを平野さんにぶつけた。「どうして平野啓一郎は、健全に生きていれるのか?」

 『決壊』という作品の崇という主人公は、今まで僕が読んだ小説の中で、もっとも自分と似ているところが多いと感じる人物だった。その崇は、小説の最後で、世間から追い詰められて自殺をしてしまう。

 僕は『決壊』を読みながら、僕自身が世間と折り合いをつけることができず、自殺してしまうのではないかという不安に駆られた。そして、その不安をすべて平野さんにぶつけた。「なぜ、平野さんは生きてられるのか?どういう風に心の中がなっているのか?それを次の小説では書いてほしい」そんなお願いを平野さんにした。

 『ドーン』は、自殺未遂から助かった宇宙飛行士が再生していく話だ。

 そのあとの『空白を満たしなさい』は、自殺してしまった主人公が復生者として、生き返ってくる話だ。

 平野さんは、小説の中で、主人公を追い詰める。そして、自殺までさせる。平野さんは、主人公を殺し、どうすればその主人公が救われたのかを小説の中で一度経験することで、自分の命を救っているように思う。

 僕自身も、『ドーン』『空白を満たしなさい』『私とは何か』の編集をさせてもらうことで、すごく救われた。これらの作品に関わっていなければ、僕の人生は全く別物になっていたと思う。

 平野啓一郎の最新作『マチネの終わりに』は、純文学としては異例の10万部を突破した。数年間、平野さんと一緒に作品作りをしてきて、テーマの深さとリーダビリティを上げるということに挑戦してきた。そのことが一定の評価を受けて部数につながったのは、非常に達成感がある。

 『マチネの終わりに』は、恋愛小説の体裁をとっている。しかし、作品の重要なテーマは40歳問題だ。主人公の天才ギタリスト蒔野は、40歳を迎え、スランプに陥ってしまう。全くギターが弾けなくなるほどの、重度のスランプだ。

 平野さんは、蒔野をスランプに陥らせることで、頭の中で一度、クリエイターがどのような思考法でスランプになってしまい、どのように脱していくのかを経験している。蒔野を追い詰めることで、平野さんは、自分自身をスランプから救ったのだと僕は思う。

 恋愛小説として『マチネの終わりに』を読んだ人は、40歳問題に直面するクリエイターの話として読み直してみてほしい。違う面白さが立ちがっていくはずだ。

 まだ『マチネの終わりに』を読んだことがない人は、noteで連載していた時のものを読むことができるから、そこで試し読みをしてみてほしい。https://note.mu/hiranok

 平野さんは、僕の4歳年上だ。少しずつ僕より先に人生でいろいろな経験をする。それを小説のテーマにしていくから、僕は小説を編集しながら人生の予行練習をしている。

 ちなみに、平野さんは、今、新連載を準備中だ。スランプとは無縁で、今回もすごく面白くなりそうだ。

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