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車いす用スペースに、車いす2台とベビーカー1台が同時乗車してきた時に思ったこと

たまたまね、先日電車で、車椅子マークのついたスペースあるじゃないですか?席がないところ。あれがある号車に乗っていて。

そしたら、本当にたまたまだと思うんですけど、次から次へと車椅子スペースをご利用される方が乗ってこられたのです。

まずは、双子用のベビーカーをひくママさん。
次の駅では、車椅子に乗られた男性と、それをひくご高齢の女性の方。
そのまた次の駅では、車椅子に乗り、自分で操縦されている女性の方。

もちろんスペースが足りるわけもなく、優先席エリアからはみ出して、乗り続ける形になりました。

混んでいる時間ではなかったから特に問題という問題が起きたわけじゃなかったのだけれど、少し考えちゃいました。

まず、車椅子スペースって、足りてるんですかね・・・?という。
利用者数とかカウントして統計的に妥当な数を用意しているのかもしれないけれど、もしかしたら「そもそも電車を利用したいけれど、階段ばかりで不便だったり、乗車スペースが少なかったりで、電車移動を諦めている」という潜在的な利用希望者がたくさんいるんじゃないかな、とか。もちろん、車椅子利用者だけでなくベビーカーとかも含めて。だとしたら、もう少し増やした方が平等に利便性を追求できるのかも、と思ったり。

あとは、双子のベビーカーをひいていたママさんと、車椅子をひいていたご高齢の女性の方が座るところがない、ということ。
電車の構造上仕方ないのか・・?とも思ったりするのだけれど、もし可能なのであれば、車椅子スペースのところにベビーカーや車椅子をおいて、そのすぐそばで見守りながらママさんや車椅子をひく方も座れたらいいなって思ったりする。今だと、だいたい目の前に優先席があるけれど、車椅子スペースと優先席の間は結構距離があるし、でもその間は動線になっているから離れないといけないし、っていう感じで、そばにいながらも座って休む、っていうことができない状況なんだなぁって思いました。

今、私が解を持っているわけではないし、もし不勉強な点があれば申し訳ないです。

ただ、こういったことって、可視化されないと誰も気づかないことも事実で。自分の目で見て耳で聞いていないものって、勝手に存在しないものにしてしまう。無いことにしてしまう。

例えば、実際見かける機会が少ないだけで、「車椅子の人ってそんなにたくさんいない」と勘違いしてしまったりとか。車椅子だけじゃなくても、そういうことってたくさんある気がするから、、、自分の目に見えていないだけで、どこかに必ずいるんだということをちゃんと認識しておきたくて、想像力を持っておきたくて、シェアしてみました。

Sae

「誰しもが生きやすい社会」をテーマに、論文を書きたいと思っています。いただいたサポートは、論文を書くための書籍購入費及び学費に使います:)必ず社会に還元します。