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思い出深い、英語の先生のお話。

今日は、たっぷりしっかり休んだ。たぶん、15時間は寝た。超しっかり電源をオフにし、時間を忘れて休み、声をほぼ出さず、ずっしりと自分の重さを感じながらゴロゴロした。あー、幸せだ。求めていた時間。

なんかこんなふうに言うとめちゃくちゃ忙しかった人みたいに映るかもしれないけれど、対・世間一般比、ではなく、対・現状の自分比、です。毎日職場に向かっている方々はそれだけですごいし偉いので、自分を自分で褒めてくださいね。

さて、そんな日なので、難しいことは考えていないし考えたくないので、いつもの?思い出話。

昔から、英語だけはずっと好きでした。昔といっても、今どきの子供たちのように幼少期から英語学習を始めていたわけではないので、英語を学び始めたのは、当時の義務教育と同じ、中学1年生から。その他の教科は超手を抜いていましたが、語学の勉強だけはなぜか楽しかったので、英語の授業だけは絶対寝ないし真面目に受けていました。宿題も、ちゃんと。

とはいえ高校2年生ごろ、いやはや、そろそろ大学受験に向けて本腰入れないとなぁ、と思い、志望大学の過去問をぱらり。・・・・いやー、むずい。むずすぎるやろぉ。。。。

楽しく授業は受けていましたが、それは、楽しく授業を受けただけ。受験勉強という「本番」に向けた勉強は、まったくしていなかったのですね。

大学受験の英語の学習を始めるにあたって、私の最大の壁は、「英単語」でした。文法のような法則を覚えることは、楽しくて好きでした。ちょっとゲームっぽいところもあるし。ただ、とにかく「覚える」ということが超苦手だったんです。何事においても、とにかく、「覚える」ことができなかった。というか、覚えるという作業がつまらなすぎたのです。覚える?は?みたいな感じ。脳みそのどの部分使えばいいのか、わからないよー!みたいな。

でも、大学受験を突破するには、英単語を覚える、ということから避けて通れないらしい。はぁ困った・・・・。そんなときに出会ったのが、ある有名予備校の英語教師でした。まず、見た目がヤバい。髪型は、金髪、ワンレン、ロン毛のウェーブヘアです。THE ALFEEの高見沢さんを汚くした感じ(失礼)。色付きで、少し外側がとんがったサングラス?眼鏡?を着用。服装は、ちょっと古い世代のロッカーです。蛇柄のタンクトップに、クロコダイル柄のブーツカット型のパンツ。そして、白くて先っぽがとんがったブーツです。予備校だから採用できたんだろうなぁという見た目。ドン引くと同時に、めちゃくちゃ好きになりました。(もちろん、男性としてではなく、人間としてです)いや、攻めすぎっしょ・・・・。と。高校生となると、そういう、世間に飲み込まれていない感じのスタイルを貫く大人に憧れるところがありました。私だけですかね。

見た目ももちろん攻めてたんですけど、それは結構どうでもよくて、何が素晴らしかったかというと、その指導方法です。このおかげで、私の英語の偏差値はうなぎ上りました。

「辞書を引くな」

これだけでした。これ、普通は「えぇ、辞書引いちゃだめなの・・・?」としんどく思うかもしれないのですが、覚えることが苦手な私にとって、辞書を引くというのは地獄のようにつまらない時間。だって、辞書を引いても、忘れてしまうんだもん。何のために辞書を引くのだろう、と思いながら辞書を引いていた私にとっては、それはそれは魔法のような言葉。

ただ、辞書を引こうとも引かなかろうとも、英文は変わらない。わからない単語はもちろんある。それは全部、

「文脈で予想しろ」

でした。もう、この指導方法に、今でも感謝してます。全部のコミュニケーションに、通ずるヒントだった。

「どんなにわからなくても、絶対に辞書を引くな。英長文を読んで、前後の文脈で考えて、2時間考えて、3時間考えて、絶対に調べないで問題を最後まで解け。それで、最後に、答え合わせをして、意味を知れ。そしたら絶対に、一生、その単語の意味を忘れることはないから。」

「しっかりした意味なんてわからなくても、少なくとも『良い意味か、悪い意味か』ぐらいは、絶対に文脈でわかる。それだけわかれば、問題は解ける。英作文は、知っている単語で書けばいい。それだけだ」

前後の文脈で内容を読み解く力って、英語だけじゃなくて、国語でも、日常生活でも、なんなら社会人になってからでもめちゃくちゃ重要だなと、歳を重ねるごとに思う。それを、辞書という道具に頼らずに自力でやる、ということを教えてくれたこの先生にはめちゃくちゃ感謝しているし、この先生に出会わなければ、私はいま、言葉をこんなに好きじゃないかっただろうなぁとも思う。英単語の意味を辞書で調べる、という私にとっては不毛だった時間を取り除いてくれて、考える力を自然と身につけさせてくれる先生でした。

ちなみにその先生は、私生活もかなりの波乱万丈で。たしか、2回くらい離婚していて、海の近くに住んでいて、ビールサーバーを家の壁に埋め込んでしまうほどのお酒好き。お酒に飲まれる日々を過ごしている人。詳しくは教えてくれなかったけれど、いろんな修羅場をくぐってきたらしかった。大学受験が終わり、結果報告に訪れるとその先生は私に、ねぎらいの言葉と、メールアドレスを教えてくれた。

「人生には、親にも言えない、友達にも言えない、誰にも助けを求められない、どうしようもない。死ぬしかない。そんな瞬間も、訪れるだろう。そんなとき、いっちばん最後に、俺に連絡してきなさい。何を言われても、絶対に、驚かないし責めないと約束する。俺が、最後の砦に、なってやるから。」

いや、かっこよすぎん!?!?!?!?!?!?!?

そのときは、「じゃあ、先生に連絡しなくて済むような人生を歩めるようにがんばりまーす!笑」とか明るく言ってたけど、今ならその言葉の重さを感じるし、ありがたく思う。

今でも、その先生の連絡先は、アドレス帳に残してある。
・・・・・このアドレス、まだ生きてるのかなぁ。

とりあえず、このアドレスに連絡する日が来ないように、生きていこー。

Sae

「誰しもが生きやすい社会」をテーマに、論文を書きたいと思っています。いただいたサポートは、論文を書くための書籍購入費及び学費に使います:)必ず社会に還元します。