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大スランプ宣言でもあり、ここで終わらないぞ宣言でもある。

書けない。

書く気持ちが、ピュアじゃない。マグマじゃない。未知じゃない。

これは、ここ最近ズーーーーーッと感じていて、どうnoteに向き合っていこうか、とすごく考えていること。

そう、私、「大スランプ期」に突入しております。
もう、宣言しておくことにした。

書くことが嫌いになったわけじゃない。むしろ、全然好きだ。書いている間は、楽しい。でも、「書いてない時」に「書くこと」を考えるのが、楽しくない。
「書くことでどうなりたいのか」「どうしたいのか」「何を伝えたいのか」の熱量が、感覚が、鈍くなっているのを強く感じる。

前までは、真っ白なnoteの画面をみて、一文字目をタイプするとき、この記事はどんなものになるのだろうか、と自分でもワクワクしながら書いていた。自分でも、自分が何を書き出すのかわからない、という感覚。

でも今は、「こんなこと書こうかなぁ」とぼんやり思ったり、スマホのメモに書きためたりしても、そのちょっとしたネタがどんな記事に化けるのか、が想像できてしまうのだ。きっと自分は、こんな風に表現するんだろうな。こんな言葉を使うのだろうな。こんな入り口で、こんな風に結論づけるんだろうな、と。

そうやって、「自分の書くもの」が、書く前に想像ついてしまうなんて、つまらない以外の何物でもない。せめて、書いてから凹みたい。書く前に凹むんだもん。自分の文章に、自分が飽きている。それは、ヤバい。超ヤバい。

ヤバすぎるなー、どうにか脱却したい、誰も私のことを「面白い」なんて思わなくていいから、私だけは絶対に私の書くものを「面白い」と感じていたい。飽きたくない。

そう思って、私のスランプを察した文筆業をしている友人のアドバイスを受け止めたりしながら、なんでもいいから、手探りしてみることにした。できる限りの、手探りを。

一つは、人生で初めての、プロバスケットボールの観戦。
Bリーグの開幕戦を、観てきた。バスケなんて、ルールすらたいしてわからないし、スラダンを読んだことがある、くらいの知識しかなかった。けど、なんとなく生でプロのスポーツを観たかったのと、ハーフタイムショーに出演が発表されていたダンサー・菅原小春さんのスペシャルパフォーマンスを観たかったから、急遽チケットをとった。

プロバスケは、すごかった。スピードに、圧倒された。
瞬発力。一瞬で変わる試合展開。「大きい」ということの凄さ。「小さい」ことが活きる瞬間。

まるでボールが自分の体の一部のようで、自由自在に操りながら、一体、選手たちは目をいくつ持っているんだろうと思うほどのスピードで試合が展開していく。本当に綺麗にシュートが入る時って、「シュッ」っていう音すらしない。無音。

ゴール下の接戦は、すごい。何が何でもゴールを阻止してやる、という気持ちと、何が何でもゴールしてやる、という気持ちが、光を放ってぶつかり合っているようだった。それが、たまらなく、美しかった。このスピード感や「何が何でも」という気持ちは、今の私の「感情のメニュー」にはないものだった。

菅原小春さんのスペシャルパフォーマンスも勿論凄かった。鬼気迫る表情。ステージに出てきた時から放たれる、圧倒的なオーラ。「この日のためだけ」に作られたショーを、一回きりのパフォーマンスを、放つ。この「刹那」の美しさも、今の私にはなかった。

そして、予想外に一番私の胸を打ったのは、シークレットゲストとしてオープニングに登場した、落語家の立川吉笑さんの口上だった。静まり返った中、他には誰もいないコートのど真ん中にピンスポットが当たり、立川吉笑さんが物凄い勢いで話し出す。

言葉の抑揚。ユーモア。腹から出る迫力のある声。一切噛まない長い口上。お客が笑っても、本人は一切笑わない。本気の目。集中力がみなぎる身体。飛び散る唾と汗。その全てに、圧倒された。遠くのコートで話しているのに、その存在や声が、私を貫くような感覚があった。

終わった後、思わず「かっ・・・こいい」と漏らしてしまった。何かに圧倒される、という感覚を、忘れかけていた。

二つ目は、だいぶ前にチケットを確保していたw-inds.というアーティストのライブ。

w-inds.は、私が小学校高学年の頃にデビューして、中学・高校時代の私のメンタルを支えたと言っても過言ではない、私の中でとても大切なグループ。もはやw-inds.の音楽や声は、私の中でヒーリングミュージックでもある。

そんなに長いこと私を癒し続けているということなのだから、w-inds.は、結成してからもう18年間も経っている。

「歌い踊る」ということを、同じメンバーで、止まることなく、18年間。そして、毎年「新曲」を出し、「ツアー」を作って全国を回る。これって、マジですごい。18年間、「歌い踊る」ということの概念に向き合いながら、全く新しいものを生み出しているってことだ。

なんだか、ライブに感動しながら、自分がこんな風に「スランプやー!!」ともがいている姿が滑稽に見えた。自分、ペーペーやん。文章書き始めて、まだ1年も経ってないやん。それで「スランプ〜!」とかアホか。なんか笑えた。18年間続けていても、彼らは「次のライブも楽しみにしていてね」と言う。「まだまだチャレンジしていくよ」と言う。「ライブに来てくれて本当にありがとう」と言う。自分が、いかにおごっていたかが痛いほどわかった。

プロバスケの一瞬に賭ける力、落語家の気迫、パフォーマンスの刹那、生み出し続けることの価値。

私の「今」に足りないものを見せつけられた気がして、ものすごく安心した。
まだ私には、刺激を受ける「余白」がある。変化する「余白」がある。

何がスランプだぁ。スランプだなんて、おこがましすぎる。全くもって、極めてなんかいないくせに。毎日書くことで満足するなんて、恥ずかしすぎる。

まだまだ、新しい自分を見つけたい。心を動かしたい。自分が一番書いていて楽しいものを、書きたい。

思わず、改まってしまうけれど。
いつも読んでくださっている方、心から感謝します。
今日初めて読んでくださった方も、本当にありがとうございます。

「スランプだ〜」とか叫びながら、なんとか毎日書いています。
そんな私の日常を、これからもよろしければ、まったりと覗いてみてください。
時々、面白い文章を書くかもしれません。

日頃の感謝を込めて。

Sae

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