松本人志『ワイドナショー』卒業に思う

3月6日、フジテレビより松本人志さんの『ワイドナショー』卒業が発表された。
 代わりに、4月から始まる『まつもtoなかい』(毎週日曜後9:00)に出演するとの事であり、松本さんは「『まつもtoなかい』は『ワイドナショー』を辞めてまでの意気込みで臨む、ということです」とコメントした。

 正直、この発表に驚きは無かった。スポーツ新聞などのスクープということではなく、本人が数年前から降板の意思を見せていたし(芸能界引退も含む?)、最近では【キリトリ記事禁止】という手書きの札まで作り、アピールしていた。

『ワイドナショー』誕生の経緯

『ワイドナショー』は2013年10月からフジテレビの月曜深夜に放送がスタートしているが、そのきっかけは2001年10月4日から2009年3月28日まで放送されていた松本さんのレギュラーラジオ番組『放送室』(JFN)でのコメントにあったと個人的に思う。
 僕が聴き始めた番組中期~後期では、「あれどう思う?」と政治家の言動や社会事件に[ツッコミを入れる](あえてこう呼びます)フリートークが中心だった。
 当時独身で、夜型の昼夜逆転生活を送っていた松本さんは、昼過ぎからのワイドショーを目にすることが多かった。
 そしてまた当時のワイドショーのコメンテーターというのが、ヒドかった。
 論点のすり替えや自分の得意なテーマへの勝手な移行、事件の本筋や司会者の質問に答えない、そして生放送という限られた時間のため、司会者もそれを注意するでなく次の話題に移り、何のお叱りも無くレギュラー出演するコメンテーターが多かった。
 こういったおかしなコメンテーター、ひいてはそれを許す番組作りに「ツッコミを入れ」始め、自分もワイドショーのコメンテーターをやってみたいような事を言い出したのがきっかけだったと思う。

そして『放送室』は終了し、僕は松本人志のワイドショー誕生を今か今かと待ちかねていた。それくらい松本さんはワイドショーのコメンテーターや社会時事についてよく言っていたし、2007年6月公開の映画初監督作品『大日本人』の宣伝でいろんな番組に出演して以降、フットワークも軽くなっていた。

『ワイドナショー』と[松本論]

かくして2013年10月、深夜にひっそりと『ワイドナショー』が始まった(松本さんはひっそりとやりたいという思いがある気がするし、2008年10月から『情報7daysニュースキャスター』(TBS)でビートたけしさんが【フリージャーナリスト】として、ワイドショーでニュースにコメントしていた事も大きかったと思う)。

深夜の、初期の『ワイドナショー』はとても面白かった!あくまで当時の話ではあるが、取り上げられるニュースに対して、繰り出される松本論は目から鱗が落ちるようだった。『放送室』で語っていたままではあったが、それがテレビのワイドショーの枠で放送されたという事が大きかった。例えば同じことを『ガキの使い』で喋っていたとしても、それは笑いになってしまったり、笑いのためのフリとして扱われたりして、本意では無かったのではなかろうか。

具体的に松本論とは何だったのか?と聞かれると、10年以上前の事なので思い出せない、というのが申し訳ない。
 ただ、決まっている物事やルールに対して、もっと公明正大な、フェアなやり方をすればいい、という提言があり、ある種『伝説の教師』の常識を疑う姿勢そのままだった。
あくまで当時、そもそも民放ニュース番組の枠にスポンサーが付いて、そのスポンサー企業の不祥事を扱わない事に対して否定的だった。ましてや自局の社員のスキャンダル等を扱わない上、他局の社員の事は取り扱う姿勢にも不満がある、フェアな考えに満ちていた。)

『ワイドナショー』の効果と時代の変遷

『ワイドナショー』は人気を博し、2014年4月、わずか半年で日曜日の午前中に枠移動(終了した『笑っていいとも!増刊号』の枠を埋める形だった)。放送時間も1時間15分に拡大した(初期はMCの東野幸治がレギュラーの『東野・岡村の旅猿』が同時間帯に日本テレビで放送されていたため、東野不在の『ワイドナB面』と2部構成に。それでも枠移動した)。

こうして『ワイドナショー』が世に広まる事によって、各局で同じタイプのワイドショーが増加、たけしさん、松本さんがワイドショーをやっているという事で、多くの芸人、タレントがワイドショーに呼ばれ、持論としての、等身大のコメントを求められることが増えた(一時は各ワイドショーでまだコメンテーターをやったことない人の取り合いだった)。

(確実にとは言えないが、)社会でも考え方やそれまでの姿勢・風習に疑問を投じるように。多くのルールが変更・改正されたが、その申し立てに際して多くの賛同が得られるようになったのも、『ワイドナショー』によって大衆の考え方が共有されるようになったからに他ならない。

 こうして、『ワイドナショー』は番組として一定のムーブメントを生み出した。しかし、この10年の社会の変遷ははっきり言って激動であり、悲惨なものだった。
 得も言われぬ世界的不況は真綿で首を絞められるように加速、挙げ句にコロナ禍とロシア・ウクライナの戦争がさらに加速させた。
 また、SNSを始めとするネットメディアが大きく拡大。人々の思想、感情は容易に発信、拡大、伝播させることが可能となり、広告費もテレビを上回った。
 この2つが重なり、昨日まで一般人だったり、社会から目を背けられてきた人でも、容易に注目を集め、正当な評価や権益を手にする事が可能になった。
 一方で、人々の荒んだ心が無闇に怒りを集め、無責任な言論封殺をも辞さないフェアとは言い切れない事象が垣間見えるようになった。

 こうした動きを見据えてか、一部のネットメディアが容易にアクセス数を稼げる芸能人の名前、民衆が気になっているデリケートな社会問題、怒りによる”バズり”を狙った【キリトリ記事】が量産され、その情報源としてワイドショーはうってつけだった。

 松本さん本人にどんなことが起ったのかは、あずかり知る由も出来ないが、”日曜日という多くの国民が余裕ある時間帯に、大スターによる誤解されかねないネガティブなコメントが世間に放出される”というのは、想像を絶するほどに悩ませたことだろう。

松本人志『ワイドナショー』卒業

 こうした動きに対する抵抗を幾度となく見せた(番組に残留するためではない)松本さんだったが、ついにこの3月で番組卒業となった。
 おそらく卒業に際しての考え方は番組で語られる事になると思うが、純粋に松本さんの一ファンとしては、”松本論が出尽くした”と思う。『放送室』で語っていた社会に対しての意見は、番組の初期~中期で出し切り、以降はその都度、タレント・松本人志として振舞っていたように思える。
 無闇に敵を作るような発言は芸能人の誰もが差し控えるようになったし、テレビ自体は格段に上品さを求めるようになった。
 そして何より、扱われるニュースのバリエーションが代わり映えしない事が明らかだった。むしろ、前と同じ事を言わないという暗黙のルールを守り続けながら9年半、激動する時代にレギュラーコメンテーターとしてやり切った事は大いに評価されて然るべきだと思う。

卒業に伴って、惜しむらくはお笑いの大きな大会(M-1、KOC、R-1、THE W)への講評が聴けなくなる可能性である。他の番組ではコメントが短くなったり、ボケが中心になったりするので、『ワイドナショー』の場はお笑いファンにとって貴重な存在だった。その辺りを『まつもtoなかい』には引き継いでもらいたい。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?