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【登場人物たちの言葉】

絵梨：「ねえ、そもそも相転移そうてんいって、どういう意味なの？」

Ｊ（地下活動の中心人物）：「物理学用語さ。本来はな。書いて字の通り、物質の相（＝PHASEフェーズ）が別の相に変化することを表現した言葉だ。最も身近でわかりやすい例は、Ｈ²Ｏの変化だな。水が冷えて氷になったり、蒸発して水蒸気になったりするだろう？
　液体から固体へ、固体から気体へ。本質的には同じものでも、状態が変われば何かと勝手が違ってくるものだ。
　温めると水蒸気になることからわかるように、Ｈ²Ｏは気体のときが最も高エネルギーなんだが、そうやって熱エネルギーに満たされている間は、水分子がバラバラで不安定だ。逆に水分子が秩序だっていて有形のときには、熱エネルギーは損なわれていて冷たい」

　絵梨の頭の中では、彼の語る水の話が、人間の姿に置き換えられてイメージされていた。決まった形を持たないからこそ自由で熱い水蒸気は、まるで可能性に満ち溢れた子供のよう。反対に、揺らぐことなく安定し、体積を増してさえいる硬くて冷たい氷は、身体が大きくなり一定の生活パターンに落ち着く代わりに、情熱と心の自由を失った大人のよう。

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絵梨：「水か氷か水蒸気か……。そのうちのどれが正しい状態なのかを勝手に決めつけて、他人や世の中の相まで操作してやろうと余計なおせっかいに熱を入れているのが、あの教団なわけよね？」

Ｊ：「端折って言えば、そういうことになるな。

　どんな “ 相 ” にも必ず正負両面があって、多角的に全体を見れば優も劣もないとわかるはずなんだが、物事の中から見たいパーツだけを切り取ってきて、都合のいい美学に結びつけようとする人間が多いのが、現実だ。そこに組織立った力が加わると、いよいよ面倒なことになる。今直面している教団の問題も、そうした典型例の一つさ」

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Ｊ：「誰が何を信じようと勝手だが、己の欠けた視野で見る理想のために魔女狩りをはじめたり、武力で強要しはじめたりする連中は、病気だ。そんな連中の手で強引に推し進められた世界秩序の相転移なんてものが、払った犠牲に相応しい平安をもたらした例など、人類史上に一つとしてない」

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憲玲ケンレイ（Ｊの右腕的な存在の活動仲間）：
「真実を集める隠密活動も、長引けば道を見失って本末転倒しかねない。闇を逆用して闘うつもりが、闇に囚われて視力をなくし、アウト・オブ・コントロールに陥っていくのよ」

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Ｊ：「ペンは充分武器になる。誰にもそれと警戒されることなく持ち歩くことのできる、最も扱いやすい自然な武器の一つだ」

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城崎しろさき（最年少のメンバー）：
「あなたは護身用の武器としてくれたけど、ペンって、本来はものを書き留めて何かを学ぶためのものでしょう？　僕は今後は、武器ではなくあなたから学んだことを心に刻んだ証として、このペンを持っていようと思うんです。傍にいないときでも、あなたが僕の教えの師だと、いつでも思い出せるように」

Ｊ：「俺は誰かの人生の師になるような柄じゃない。謙遜なんかじゃなく、根拠があって言っているんだ。人間として軽蔑されるようなことを、一通りやってきた身だ。そのペンは、いつか本当に相応しい人物を見つけたときに、手渡すといい。その人物から得たことを、胸の奥深くに刻んだ証にな」

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城崎：「Ｊもあなたも、自分を許すつもりがないようだけど、間違いを犯さない人間なんて、いますか？　どんな過去でも、自分が経験に学んだことを教訓として伝えることのできる人は、立派な師です」

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Ｊ：「誰かのおかげで自分にとってプラスの結果が残り、時に命さえ助けられたからと言って、相手のすべてを肯定する必要はないし、変に美化する必要もない」

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創海そうみ（カルト教団の幹部で教祖の側近）：
「歴史を見たまえ。いつの時代のどこの国でも、枠組みに依存するだけの名もなき人々というのは、他力本願で無責任で浅はかだ。責任という責任を、顔と名の知れ渡った群れの先頭に押し付けることで、自分たちは裁きを免れるものと安心しきっている。

　無形であればこそ進化更新し続け崇高でいられた理念や思想にまで、明確な形を与えようと欲し、安直な破壊行為で騒ぎ立てるのも、そういう輩だ。そうやって直接の実行者となりながら、尚も自分たちに罪はないと言い張る。見るにも堪えない愚かさだ」

Ｊ：「枠組みを築いて群れを成せば、集団秩序のために明確な形を持たざるを得なくなり、短絡的な輩で溢れかえっていくのは必然の末路。それこそ数々の歴史が証明している。過去の他の集団は失敗しても、自分たちだけはうまくコントロールしていけるなどと自惚れて、幻の理想で同じ落とし穴に陥ったことこそ、愚かだ！」

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絵梨：「世の中、なぜだか加害者にばかり興味が向いて、大事なことを忘れている気がするのよね。加害者の背景事情を誇大視して主人公に仕立て上げてしまうというか、被害者そっちのけに加害者の権利ばかり守ろうとするというか……。結局いつも、事件後に世間から孤立して、更にもっと辛い目にあうのは、被害者の方じゃない。異常な現象だわ。そうさせている周りの人々が、社会がおかしい！」

Ｊ：「自分が許されたいから、加害者を許そうとするのさ。己の弱さや悪意の化身に見立ててな」

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憲玲：「どんな関係でも、絶対神話に堕ちた過剰な安心は、喪失への第一歩。今振り返ると、一緒にいられるのが当たり前と思いはじめた頃から、私はすでにあの人を失っていたんだと思う。目の前で損なわれていくものの警鐘にも、気がつかないまま」

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Ｊ：「人間ってやつは、自分を肯定しようとするあまり、都合の悪いパーツに目を伏せたり、強引に物事の辻褄つじつまを合わせようとしたりして、己の迷宮に迷い込んでいく生き物だ。最悪はそれで知らず知らず正気を失い、史上の大きな過ちの加担者になっていたりする。そういうことを繰り返さないためにも、時折目の前の物事を疑ってみる必要があるのさ。恩人や自分自身のことさえもな」

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Ｊ：「過去にどんな不条理を強いられたとしても、怒りや被害者意識に囚われて、それをすべての理由にするのは、自身への敗北にほかならない。そう覚ったときから、俺の哲学が始まったのさ。己の愚行に歯止めをかける自問の哲学がな」

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紫明しめい教祖：「お前に似ていたんだよ、あの男は。神も仏も信じない、煮ても焼いても食えない油断ならない人間の眼。やたらに余計なことを見抜きすぎる、私の一番嫌いな目付きだ」

Ｊ：「『見抜く眼』を嫌うのは、見抜かれては困るようなデタラメで実のない生き方をしている証拠だ。その空虚な今を築き上げたのが自分自身だという人生の責任を棚に上げて、ごまかしのきかない眼の持ち主を敵視するなど、それこそ筋違いもいいところだ。己の影に怯える薄っぺらな道化の典型だな。稚拙な男だ」

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城崎：「大人はすぐそうやって本音を隠す。心ない作り笑いで事をごまかし、自分自身にさえ嘘をつきながら、何かが手遅れになるそのときまで、ただひたすらに仮面舞踏会を続けるんだ。

── 確かに僕は子供です。来年には二十歳になって、数字の上では立派な成人ということになるけれど、このペルソナの社会に染まりきれず、目的合理的に自分を偽ることができないという意味で、僕は大人の仲間入りを果たせない。たぶん、この先もずっと……」

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清水「見たくない側面にまで目を見開いて尚 保たれていく、君のそうした正気こそが、人間としての真の強さだと僕は思うよ」

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憲玲：「逃げられない以上は、突き抜けていくほかないんじゃない？」

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紫明教祖：「少しはこの私に相応の敬意を払う気になったということか？」

Ｊ：「敬意だと？　他人のコンプレックスに巣食って幻を見せることしかできないような人間に、払うべき敬意など更々ない」

紫明教祖：「責められる筋合いはない。私は人々の願望に応えてきた民意の代行者だからな。真実や現実など、誰も本当には知りたがっていない。人々の多くは、自分好みの幻を真実だと言ってくれる者を捜しているだけ。そういう者が組織化する大きな力の一部となることで、大義名分を味方につけ、個々の罪の意識を麻痺まひさせながら、仮面の下で膿んできたものを爆発させたがっているのだ。だから私には大勢の『しもべ』がつき、お前は敵を作る」

Ｊ：「聞けば聞くほどに光栄な話だな。
　地上にその手の狂気が蔓延まんえんするなら、俺は喜んで世界の敵になる」

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Ｊ：「どんな目的で集ったものでも、潮時をわきまえなければ腐っていくだけだ。何かのためにと団結したはずが、枠組みの維持に固執するあまり、それだけが目的の人喰い集団と化していた、なんていう倒錯した実例を、いやというほど見てきただろう？　心身ともに枠組みの内側にいると自覚したら、そろそろ外に出ていい頃だ」

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