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人はどんな要因が自分の幸せを左右するか予測できない。~カレンダーまるばつ法のすゝめ~

 マークはニューヨークの高級住宅街に住む弁護士で年収は二千万円。妻のジャネットはそんな夫のマークに不満をもっていた。夫の給料が少ないと...なぜならマークたちの住む高級住宅街ではマークの収入はもっとも低く、妻のジャネットは近所づきあいのたびにみじめな気分になっていた。ジャネットは仕事を終え疲れ果てて家に帰ってきたマークを毎晩責め立てるのである。

   この話は「まぐれ」の著者、ナシーブ・タレブの創作を要約したものだ。マークたちに幸せかどうか尋ねたとしたら、あまり幸せでないと回答するだろう。引っ越せばいい。客観的にはみなそう思う。しかし、彼らは気付かないのだ。このようなことは十分私たちにも起こりうる。

幸福の要因を予測するのはむずかしい

   わたしたちは考える。○○があればいまより幸せになれるのに、○○が私の不幸の原因だ。自分にとっての幸せに影響する要因を私たちは予測するがこれには罠がある。

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 ノーベル経済学賞を受賞した心理学者のダニエル・カーネマンは、幸福感を規定する要因を私たちは見やまりがちであることを実験により明らかにしている。

 カーネマンの研究グループは、暖かく過ごしやすい気候であるカリフォルニア州の大学生と寒く過ごしづらい気候のアメリカ中西部のオハイオ州とミシガン州の大学生に自分自身が人生に満足しているかどうかアンケートした。カーネマンらはそれだけでなく、被験者に他の地域に住む学生が人生に満足していると思うかについても予測してもらった。
 その結果、カリフォルニアの学生も中西部の学生もともにカリフォルニアの学生の方が中西部の学生より幸せなはずという予測をした。しかし、面白いことに、実際には両者の人生満足度には差がみられなかった。つまり、被験者たちは天候が幸福感の要因であるという誤った予想をしたのだ。

 ダニエル・ギルバートとティム・ウィルソンの研究グループは、アメリカの大学で准教授への昇進に成功した人と失敗した人のその後の幸福感に違いがないことを報告している。准教授になれれば終身雇用(テニュア)を取得し安泰だが、取得できなければ大学から追い出されてしまう。そのため、大学の准教授を目指す研究者は准教授になれなければ終わりだと思い必死に成果をだそうとする。しかし、たとえ、テニュアを取得できなくても幸せにはなれるのだ。この結果は、人はある事柄について幸福感に及ぼす影響を過大評価することがあることを示している。

人々は幸福の要因をあまりわかっていない

 幸福感研究の初期の研究にシュワルツらの行ったアイテム・オーダー実験(1988)がある。この実験では2つの質問を被験者に行う。

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質問A:「あなたは今しあわせですか?かなりしあわせを5点、まったくしあわせでないを1点で回答してください。」
質問B: 「あなたは先月何回デートしましたか?」

 アイテム・オーダー実験では、被験者を2つのグループにランダムに振り分けて、それぞれのグループに上記の2つの質問をするがグループによって変えたのは、質問の順序である。
   グループAには幸福感に関する質問のあとデートの質問に回答してもらった。グループBにはデートの質問のあとに幸福感の質問に回答してもらった。そして、2つの質問の間の相関(どれくらい回答結果が関連するか)を分析した。その結果、デートについての質問に先に回答したグループは、幸福感について先に質問されたグループよりもデートの回数と幸福度の回答の相関が高かった。
 つまり、デートについての質問に先に回答したグループの被験者は、デートの回数に左右された幸福感を報告していたわけだ。人生を構成するさまざまな領域のなかで、恋愛関係という一領域に着目した回答をしてしまったと考えられる。あまりデートしていない被験者は、恋愛関係がうまくいっていないから私は幸福度が低いのかなと考えた。デートをたくさんしていた被験者は、恋愛関係がうまくいっていて他の重要な人生の領域、たとえば、仕事や友人関係のことを軽視して幸福感を回答したことになる。
 いまあなたは幸せだとする。しかし、なぜ幸せなのだろうか?自信をもってこたえられるだろうか?心理学のおけるプライミング(方向付け)によって幸福感の判断を変えてしまう可能性がある。ちなみに、だからといって幸福感のアンケートによる測定に信頼性や妥当性がないというわけではなく、大規模なメタ分析によると主要な幸福感の測定尺度には十分な信頼性と妥当性ある。これは複数の質問項目によって幸福を構成概念として測定する心理学者の工夫によるところが大きい。

アクセス可能性

 心理学にはアクセス可能性という概念がある。アクセス可能性とはある概念・事柄の想起のしやすさといったところだろうか。

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   たとえば、常日頃から恋愛のことを考えている人は、何の情報を得ても恋愛との関連を考える。これは恋愛へのアクセス可能性が高いといえる。人によってアクセス可能性、つまり概念へのアクセスのしやすさが異なる。自分がどの程度幸福か、私はいま幸福だろうかという問いに答えるときにも、無意識的に人は自分の幸福感と関連のあるアクセスしやすい領域にアクセスする。
 人生満足度のボトムアップ理論というものでは、人は自分の人生に満足しているか評定するとき、人生満足度を構成するさまざまな領域にアクセスする。人生満足度を構成する領域とは、収入(仕事)、家族、友人関係、恋愛関係、健康などである。これらのそれぞれの満足度を評定して、重みづけして人は一瞬のうちに自分が人生に満足しているか評定できる。その際、アクセスしやすい領域は人それぞれことなるだろう。

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   仕事一辺倒の人は仕事という概念についてアクセスしやすくなり、自然と仕事がうまくいっていれば人生満足度をたかく評定し、仕事がうまくいっていなければ人生満足度を低く評定する。そして、他の領域、家庭関係であったりとかを軽視してしまう。実は人生において重要な領域であることが多いにもかかわらず。

快楽のランニングマシーン

 人間は新しい生活状況に対して良くも悪くも適応するため、たとえ、ある時期は自分の幸福感に強く寄与した出来事が時間がたつと適応しあまり影響を与えなくなることがある。人はネガティブな出来事には適応するのには時間がかかるが、ポジティブな出来事には比較的はやく適応してしまうのだ。

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   たとえば、ルーカスら(2003)の研究では、結婚への適応を調べたが、結婚の一年前には結婚の数年前に比べて人生に満足しているが、結婚時をピークにその一年後の人生満足度は結婚の一年前の水準に戻る結果を報告している。つまり、結婚による人生満足度の向上は短期的に消失する。もちろん夫婦関係は幸福にとってとても大事な要素であるが、いつまでも幸福感を与えてはくれない。下のグラフは、Diener, E., Lucas, R. E., & Scollon, C. N. (2009)からの抜粋でさまざまなライフイベントと人生満足度の縦断的調査結果である。

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ではどうすれば自分の幸せの要因を見誤らなくなるのか?

 これまで記したように、人間は幸福の要因を見誤るし、ポジティブな出来事には適応する。ではどうすれば幸福になるのか、維持できるのか?

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 私が考える一つの解決方法は繰り返しの判断と俯瞰である。繰り返しの判断とは、毎日繰り返し自分が幸福かどうか判定し学習することである。繰り返し学習することで、要因の見積もりの精度が高くなっていくことが期待される。できればなぜその日は幸福だったかその理由を記録することが望ましい。なぜこの日は私はよい気分だったのか記録することで何が自分の幸福に作用するか振り返ることができる。
 2つめの俯瞰とは、たくさんの幸福判断の結果を俯瞰してみることである。この頃はあまり幸せでなかった。この頃は幸せだった、でもいまと理由が違いそう。なぜだろう?と長いスパンで振り返ることで過去と現在の価値観の変化に気付くことができる。価値観の変化を感知することができるのである。そして、日々かわる自身の価値観の変化にはやく気づき、行動することが幸福感の向上や低下の抑制に効果があると私は考える。

ではどうやって幸福度を自己評価するのか?

 主観的幸福研究で用いられる幸福感を測定するための尺度にディーナーらのThe Satisfaction with Life Scale(SWLS)というものがある。主観的幸福研究者は多くの研究でこの尺度の妥当性、信頼性を測定している。SWLSは5つの質問項目からなる質問にまったく当てはまらない(1点)から非常によく当てはまる(7点)で回答する尺度である。

1. ほとんどの面で、私の人生は私の理想に近い。
2. 私の人生は、とてもすばらしい状態だ。
3. 私は自分の人生に満足している。
4. 私はこれまで、自分の人生に求める大切なものを得てきた。
5.もう一度人生をやり直せるとしても、ほとんど何も変えないだろう。

 しかし、ここで問題がある。SWLSは人生の信条など長いスパンでの認知的な幸福度を測定する尺度であり毎日測定してもあまりかわらない。もっと一日単位で評価できる指標が必要である。

ちなみに、いろんな被験者でSWLSの合計値の平均が調査で得られており、大石繁宏 (著)「幸福を科学する」でまとめられている。以下のリストのその抜粋である。参考までに自分の人生満足度も測定して比べてみると面白い。

アメリカの男性囚人(N=75)      12.7

中国の大学生(N=99)                 16.1

ロシアの大学生(N=61)             18.9

日本の大学生(N=186)               20.2

アメリカの大学生(N=358)        23.0


カレンダーまるばつ法のススメ

 カレンダーまるばつ法は私が考案しSWLSとも高い相関があることを検証済みの学会でも発表した新しい幸福感の測定手法である。幸福の自己管理手法でもある。

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 カレンダーまるばつ法とは、毎日一日のおわりにその日一日をまる、ばつ、さんかくで評価してマンスリーカレンダーや年間カレンダーに記録する手法である。つまり、その日が自分にとってよい一日だと感じた場合はまるを、まあまあな一日であったと感じたらさんかくを、悪い一日だと感じたらばつを記録する。直観的でかまわない。ただし、過去数日間をまとめてつけたり、寝て朝になって昨日の分を評定することは回顧的バイアスがかかるので推奨しない。SWLSとまるの日は高い正の相関があることがわかっており、幸福度の認知的・感情的評価指標として使える。
 カレンダーまるばつ法を用いることで、冒頭で登場したマークとジャネットは自分たちが高級住宅地に引っ越してから幸せでないことに気付くだろう。そして、その要因についても気づいてくれるはずだ。

 ここでiPhoneユーザには朗報なのだが、私は自分の考案したこの手法をiPhoneアプリ"ペンギン日記"としてリリースしている。よかったらダウンロードしてみてあなたのご意見をきかせてほしい。完全無料、ログインいらず!

以下のような機能がある。

1. まるばつさんかく評定機能
 一日の終わりにまるばつさんかくを評定する機能。指定時間に通知してくれる。
2. 年間カレンダー表示
 年間カレンダーでまるばつさんかくの記録状況を俯瞰できる。
3. 幸福度算出
 過去2週間のまるばつさんかくを点数化して独自の幸福度を算出している。自分の現在の状態を知るのによい。
4. グラフ表示
 まるばつさんかくの数の時系列グラフや総数の円グラフが表示できる。
5. 日記機能
 文字の日記もつけられる。なぜまるをつけたのか、ばつをつけたのか理由を記入できる。
6. カメラロール閲覧機能
 過去のまるばつをつけた日付のカメラロールにアクセスしてその日保存した画像がみれる。この機能によって画像によってその日をより思い出しやすくなる。
7. 単語ランキング表示
 まるをつけた日の日記を解析し、どういう単語がまるの日に頻出するか算定。ランキング表示する予定である。これがあると自分自身の幸福の要因を知りやすくなる。

引用図書

引用文献

Diener, E. D., Emmons, R. A., Larsen, R. J., & Griffin, S. (1985). The satisfaction with life scale. Journal of personality assessment, 49(1), 71-75.

Diener, E., Lucas, R. E., & Scollon, C. N. (2009). Beyond the hedonic treadmill: Revising the adaptation theory of well-being. In The science of well-being (pp. 103-118). Springer, Dordrecht.

Gilbert, D. T., Pinel, E. C., Wilson, T. D., Blumberg, S. J., & Wheatley, T. P. (1998). Immune neglect: a source of durability bias in affective forecasting. Journal of personality and social psychology, 75(3), 617.

Lucas, R. E., Clark, A. E., Georgellis, Y., & Diener, E. (2003). Reexamining adaptation and the set point model of happiness: reactions to changes in marital status. Journal of personality and social psychology, 84(3), 527.

Schkade, D. A., & Kahneman, D. (1998). Does living in California make people happy? A focusing illusion in judgments of life satisfaction. Psychological Science, 9(5), 340-346.

Strack, F., Martin, L. L., & Schwarz, N. (1988). Priming and communication: Social determinants of information use in judgments of life satisfaction. European journal of social psychology, 18(5), 429-442.

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