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UI/UXデザイナーのための文化心理学講座 ~その1~

目的

文化心理学者たちは、心そのものが北米と東アジアで異なることを発見した。この違いは知覚、認知、感情、動機付け、思考法、幸福感などさまざまな心理的機能に及ぶ。UXデザインとはユーザの体験をデザインすることである。文化が異なれば心理的機能が異なるのだから、同じUIでも主観的な体験であるUXは異なることが予想される。しかし、文化心理学の知見は一般にもUXデザイナーにも十分知られていない。

自分はUXデザイナーでもUIデザイナーでもないので、どう生かしたらよいかはこの記事を読んだ人に任せるとして、文化心理学の研究をした経験があるので、その知見をつたえようと思う。ちょっと長い記事だけれども最後まで読んでみてほしい。

文化とは

文化心理学の第一人者のミシガン大学の北山忍教授の論文では文化について次のように記している。

文化とは、歴史的に取捨選択され、累積してきた慣習、概念、イメージ、通念、それらの体制化された構造、さらには,それらに基づいて作られた人工物の総体である。人は必然的に、ある文化の歴史的一時点に参加し、適応を試みる。文化的に適応するとは、目の不自由な人が杖を使い歩くのと同様、歴史的にある様々な慣習、通念、人工物… つまり文化の諸要素… を用いて、考え、感じ、行動することに他ならない。

むずかしい。超意訳すると

文化とはそこで生活する人々が作り出した空気みたいなもので、人は皆自分が生活する文化の影響をうけ、適応したり反発したりして生きている。

この記事では文化が違うと心の働きが異なるという文化心理学の知見を説明する。

序章

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心理学とは人の心の働きを明らかにする学問だ。1970年代ごろまではあまりデータに重きをおいていなかった。質的研究アプローチなどの例外もあるが、いまでは実験などによってデータを収集し、理論から導き出した仮説を検証する学問となっている。

文化心理学以前は、心性単一性の仮定と呼ばれる仮定をおいて心の探求が行われていた。それは、人の心理的機能は文化にかかわらず、基本的に同一・単一のものであるという仮定である。心自体は文化が違っても同じという考えだ。

心理学は北米でかなり進んでいる。そして、大学で研究がおこなわれるため、被験者は北米の大学生になることが多い。北米の大学生で観られた心理現象、認知バイアスなどは、日本や中国などほかの国でも再現できると考えられていた。しかし、日本や中国の研究者が北米の研究結果の再現実験を行うと、北米の大学生で再現する心理実験が日本や中国などの東アジアの大学生では再現しないばかりか逆の傾向を示すものがたくさんあることがわかった。そして、研究者たちはやがて人の心理的機能、特に推論、思考、感情、動機づけといった心の働き自体が文化によって異なるという理論にいきつく。心が文化によって異なるのだ。心そのものは世界中で普遍的であるという心性単一性の仮定が崩れたのだ。

20の私テスト

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「20の私」テストという研究がある。「20の私」とは、「私は~」という文章の~の部分に、自分についての記述を最大20個まで自由に書いてもらうという心理テストの一種だ。

Triandis(1989,1994)ではアメリカ人の被験者とアジア系の被験者にこのテストを実施し、アメリカ人の被験者では、「私はスマートだ」とか「私は怒りやすい」などといった自分の性格や性質について答える傾向があるのに対して、アジア系の被験者では「私は会社員です」とか「私は○○大学の学生です」といった自分の属する集団やカテゴリー、役割について答える傾向があることを発見した。この発見は、自分をどのような存在として考えているかが北米の人々とアジア系の人々とでは異なることを示唆している。

文化的自己観

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Markusと北山などの文化心理学者は文化的自己観というモデルを提唱した。
文化的自己観とは、人間とはいったいどんな存在なのかについてある文化の中で共有している理解であり、その文化のコミュニケーションに欠かすことのできない前提だ。「20の私」テストの結果は、日本人は社会的な属性や役割という点から人間を理解するという文化的自己観を共有している一方、アメリカ人では、個人の属性から人間を理解しようとする文化的自己観を共有していることを意味する。

Markusと北山は、アメリカと西欧の人々が常識として受け入れている自己観を相互独立的自己観とよび、東アジアの人々が広く受け入れている自己観を相互協調的自己観とよび、それらを対比させた。

相互独立的自己観

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相互独立的自己観とは、人とは他の人や周りの物事とは区別されて独立に存在するものであるという信念を中心にすえた人間観である。一般的に人とは自分の行動や運命を自分で決める存在であり、人のとる行動はその人に備わった性格、能力、才能、動機などの「内的要因」によって生み出されるという考え方である。こういった文化に適応するには、自分ならではのユニークな能力や才能や性格を自分のなかに見出し、それを外に表現する生き方こそ理想の生き方であると考えている。人間関係は重要だが、自己の独立が確立された上で個人的に選択できるオプションにすぎない。

相互協調的自己観

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相互協調的自己観とは、まわりの人たちから切り離された人生は生きる価値のない人生であり、他人とのかかわりの中にこそ生きる意味があるという信念を中心にすえた人間観である。人間の本質とは他人と異なる個性にあるのではなく、どのような人とどのような関係をもつかに潜んでいると考える。自分の主張を押し通す生き方よりも、周りの人たちと強調しながら周りの人たちとの間に温かい関係を築いていく生き方こそ、理想の生き方であると考えている。他の人たちの気持ちに敏感に注意を払う性質を身につけなくてはならないし、まわりの人に自分をあわせ、自分の役割を果たすことに喜びを見出す必要がある。個人の独立も重要だが、他の人との相互依存を満たした上で個人的に選択できるオプションにすぎない。

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上図は、それぞれの自己観のモデルを図示したものだ。相互独立的自己感では、自己は両親や友人、兄弟といった他者と明確に区切られている。自己に対する内的属性が果たす役割が強い。一方、相互協調的自己観では、自己は自分に近い他者との間で明確に区切られていない。これは自己と他者の区別がつかないとかではなく、両親や重要な他者の存在が自己の枠組みに取りこまれていることを意味している。こういった重要な他者との関係や期待が自己にとって重要な位置を占めている。

他者の行動の認知の文化差

「20の私」テストの研究で文化的自己観に基づく自分についての知覚に文化差があることがわかった。このような文化差は他者についての知覚においても表れる。心理学者たちは文化が違えば、他者の同じ行動をみても、その原因についての理解や説明が異なることを明らかにしている。

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ハイダー(Heider, 1958)は、人間の行動を理解するには、その人の心の中にある感情や目標や動機や性格などの内的要因と、その人が直面しているさまざまな外的要因を考慮する必要があるとしている。私たちは、内的要因と外的要因がどの程度影響を与えているかを考えて他者の行動を理解するのだ。

Ross et al(1977)は、他者の行動を説明するとき、アメリカ人は行動の原因を行為者の内的要因に求め、外的要因を無視しがちであるという「帰属の基本的エラー」という現象を報告した。しかし、この帰属の基本エラーは相互独立的自己観が優勢な国々でのみみられる現象であることが後にわかった。Miller(1984)の研究では、アメリカ人とインド人の被験者に知人がおこなった「いいこと」と「悪いこと」をあげさせ、なぜその人はそのような行動をしたと思うか尋ねた。その結果、アメリカ人ではインド人に比べてその人の人格特性(内的要因)があげられる割合が高かったのに対して、外的要因はインド人の方がアメリカ人よりもはるかにあげられやすかった。つまり、東アジアの国々のように相互協調的自己観が優勢な国々では、外的要因の方に注意が向くのだ。

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このような文化差は実験室だけで起こっているわけではない。Morris & Peng(1994)はアメリカで近年起きた2つの殺人事件についての中国系の新聞とアメリカの一般紙の記事を分析したところ、アメリカの一般紙は事件の原因を殺人者の内的属性に帰因しがちであったが、中国系の新聞では状況要因に帰因する傾向にあった。Lee, Hallahan, & Herzog(1996)は、香港とアメリカの新聞に載っているサッカー選手の活躍についての記事を比較して、アメリカの記事は個々のプレイヤーの能力や技術などについて書いたものが多いのに対して、香港の新聞では所属するチームとの関係など、選手にとっての外的要因について書かれた記事が多いことを明らかにしている。

ひとまず

さて、ひとつの記事に書ききれなかったので何回かにわけることにする。この記事では自己知覚や他者認知についての文化差までしか取り上げなかったが、モチベーションや知覚、思考法、幸福感の文化差なども発見されているのでまた別の記事に書く。

幸福感を自己管理できるiPhoneの日記アプリも開発しているのでダウンロードしてくれるとうれしいです。

参考図書


引用文献

Heider, F. (2013). The psychology of interpersonal relations. Psychology Press.

Lee, F., Hallahan, M., & Herzog, T. (1996). Explaining real-life events: How culture and domain shape attributions. Personality and social psychology bulletin, 22(7), 732-741.

Markus, H. R., & Kitayama, S. (1991). Culture and the self: Implications for cognition, emotion, and motivation. Psychological review, 98(2), 224.

Miller, C. R. (1984). Genre as social action. Quarterly journal of speech, 70(2), 151-167.

Morris, M. W., & Peng, K. (1994). Culture and cause: American and Chinese attributions for social and physical events. Journal of Personality and Social psychology, 67(6), 949.

Ross, L. (1977). The intuitive psychologist and his shortcomings: Distortions in the attribution process. In Advances in experimental social psychology (Vol. 10, pp. 173-220). Academic Press.

Triandis, H. C. (1989). The self and social behavior in differing cultural contexts. Psychological review, 96(3), 506.

Triandis, H. C. (1994). Culture and social behavior.

北山忍. (1998). 自己と感情: 文化心理学による問いかけ. 東京: 共立出版株式会社.

北山忍. (1995). 文化的自己観と心理的プロセス (< 特集> 異文化間心理学と文化心理学). 社会心理学研究, 10(3), 153-167.

北山忍, & 唐澤真弓. (1995). 自己: 文化心理学的視座. 実験社会心理学研究, 35(2), 133-163.

増田貴彦, & 山岸俊男. (2010). 文化心理学: 心がつくる文化, 文化がつくる心下. 培風館.







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