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職場で出会った不思議な人たち・百貨店編(3)極道の女よね子さん

その人は女優の松金よね子さんに似ていたので、私はひそかに彼女のことを「よね子さん」と呼んでいました。

女優の松金よね子さんも私生活が見えないので有名な方ですが、この店のお客さんのよね子さんもまた、さっぱり生活背景が見えない人でした。

細身で中性的な容貌、服は一見地味ですが、よく見ると有名ブランドのものを着ています。結婚指輪はしておらず、年齢もわかりません。

そしてこのよね子さんもまた、前回のソウゲンさんと同様、ある日突然ひとりでフラリと私が店番するブティックにやってきました。
ただソウゲンさんと違ったのは、よね子さんは最初から買う気まんまんで店にやってきたことです。

なんでも彼女が好きなハリウッド女優がはめていた指輪に一目惚れし、どこのだろうと調べまくった結果、たどり着いたのがうちの店の商品だったというのです。

その日、よね子さんは迷いに迷った末、そのハリウッド女優がつけていたのと同じ指輪を買って帰りました。
その時の嬉しそうな顔は今でもよく覚えています。

それからよね子さんはちょくちょく私の店に顔を出すようになりました。
そしてまもなくソウゲンさんと同様、応接セットの椅子に座り、私を相手にえんえんと自分語りを始めるようになったのです。

よね子さんはどうやら都内の大手商社で事務職をしているらしく、話の内容は職場の人の愚痴4割、あとの6割はあいまいな関係を続けているという、よね子さんより7歳上の謎の彼の話でした。

酒場で知り合ったというその彼はパンチパーマの極道の方で、アクセサリーは太い喜平の18金ネックレス、ときどき連絡がつかなくなるので旅がちな人だなと思っていたら懲役で、押入れに突っ込んであったアタッシェケースを何気なく開けてみたら、中に一万円札がぎっしり詰まっていたなんてこともあったそうです。

「私、よく彼にあなたの話をするのよ」

嬉しそうに語るよね子さんの言葉に私の背筋が凍りつきます。正直やめてほしいと思いましたが、幸せそうな笑顔を見るとそうむげにもできません。
しかもよね子さんはソウゲンさんと違い、ちゃんと商品を買ってくれる立派なお客さまなのです。
そんなこんなで話を聞き続けていたある日、よね子さんが私に言いました。

「ねえあなた、ジル・サンダーのパンツ履かない?」

ジル・サンダーなんてブランドは聞いたこともありませんでした。あたし買ったんだけどなんか合わなくてね、あなたならちょうどいいんじゃないかしらと思ったの、という言葉に、私はくれるなら喜んで履きますと答えました。

すると数日後、私は青山にあるとてもおしゃれなブティックに連れていかれました。店に入るなり試着室に案内され、取り置きしてあった赤い麻のパンツの採寸が始まりました。その時チラ見した値札を見た瞬間、私は肝をつぶしました。

27万円でした。

え、え、と声が上ずる私にあらやっぱり似合うじゃない、と普通に答えるよね子さんを見て、世の中にはいろんな世界があるもんだと私はしみじみ思ったものです。

よね子さんにはその後も歌舞伎に連れて行ってもらったり、宝塚を観に行ったりといろいろ良くしてもらったのですが、ある時、彼女がついに勤めていた会社を辞めることになり、代わりに彼の経営するホテルで受付のバイトをすることになったと言われました。

「それがラブホテルなんだけどね、これがなかなか面白いのよ」

大丈夫かよね子さん。
他人事ながら私は心配になりました。
しかし育ちの良さそうなよね子さん、どこまでいっても楽観的なのです。

それからまもなく、ついによね子さんの「彼」が私の店に現れました。
「極道」という言葉から私が持つ通俗的なイメージをいささかも損なわなかったその彼は、私を見て一礼し、パンチパーマにぶっとい猪首に似合わない笑顔を見せて言いました。

「このひと(よね子さん)ね、いつもあんたの話ばっかしてるんですよ」

その口調から、この人は彼なりによね子さんのことは大事にしてるんだ、というのがわかりました。

だからでしょう、本来ならそんなことをいう筋合いは1ミリもなかったのですが、気づくと私はよね子さんが席を外したすきに「あの人をよろしくお願いします」と彼に頭を下げていました。
すると彼はその巾着切りみたいな細い目を一瞬見開き、「わかりました」と噛みしめるような低い声で言いました。

私はなんだか気まずくなり、彼から視線をそらせて商品が並ぶ手元のショーケースに目を落としました。
すると、ちょうどそこに彼に似合いそうなラピスラズリのピンキーリングがあったので、もしよかったらこれお試しになりませんか、と取り出してアッと声を上げました。

よね子さんの彼には小指がなかったのです。

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