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職場で出会った変な人たち・百貨店編(2)〜H寺のソウゲンさん〜

ある日、私がいつものように誰も来ないブティックで店番をしていると、ソウゲンさんは当たり前のようにして店の中に入ってきました。

「こんにちは〜」

小柄で細身、アロハシャツ。
年齢は40前くらいだったでしょうか。
坊主ぎりぎりの5分刈りの頭。
失礼を承知でいえば、ソウゲンさんの第一印象は「お勤め帰りの組の方」でした。

私がいたブティックはコの字型でドアはなく、奥まった場所に商談用のテーブルがあります。
私はいつもそこに座り、顧客管理表を作るふりをして小説を書いていたのですが、ソウゲンさんはまっすぐに私のほうへやってくると、当然のように椅子に座り、ニコニコ笑いながら言いました。

「ねえ、いくつか商品見せてくれない?」

私は商品を出しました。
ソウゲンさんは指輪やブレスレットをいじりながら、なんだかソワソワしています。
30分ほど説明した結果、結局、ソウゲンさんは何も買わずに帰りました。

数日後、ソウゲンさんは大きなアルバムを持って再びブティックにやってきました。
そしてやっぱり、当たり前のように椅子に座り、アルバムを開いて私に見せるのです。

「これ知ってるでしょ、歌手の誰それさん。ぼくとっても仲いいの。これは××の社長でね、これもぼくの飲み友達」

そこには僧衣を着たソウゲンさんが、政界財界芸能人の方々とツーショットで写った写真がびっしりと貼り付けられていました。

私はたまらず尋ねました。

「あの、お坊さんなんですか?」

ソウゲンさんは返事の代わりに、なにか手帳みたいなものを取り出し、笑顔で私に見せました。

「ぼくね、ここの跡取りなの」

そこには私でも知っている京都の大きなお寺の名前と、そこの跡取り息子的な文言が書かれた証明書みたいなものが挟まっていました。

私は、信じませんでした。

だからソウゲンさんが帰った後、ちょうど外商から戻ってきた上司にソウゲンさんのことを尋ねたのです。

すると、

「ああ、それ本当よ」

上司はあっさり答えました。

「その人、H寺の息子さん。お父さんがうちの店の上得意さんなんだよね」

私は困惑しました。
うちの店の上得意、とは言っても、ソウゲンさん自身が私のブティックで買ってくれるわけではないからです。

私は上司に訴えました。

「どうしたらいいんですか。来てもいつも話だけで、なんにも買ってくれないんですよ」
「まあ、それは困るよね。いいよ、次に来たらぼくが相手するから」

ところがソウゲンさん、他の店員がいるときには絶対に来ないのです。

そして私がひとりになった途端、どこからともなく現れます。

それからとりとめのない話を一方的にしては、商品を買わずに帰るのです。

私は、だんだん疲れてきました。
話すことなどなにもないし、その風体からして冬のキリギリスを思わせるソウゲンさんは、口を開けば自分の自慢話しかしないのです。

そのうち私は隣のブティックの同僚に頼んで居留守を使ったり、わざと内線をかけてもらったりして防御を試みるようになりました。

そんなある日。

いつものように私が店番をしていると、ブティックにソウゲンさんから外線電話がかかってきました。

「あのさあ、明日ってあいてる? 相撲のマス席のチケットがあるんだよね」

ついに来た。
私は息を飲み、すみません折り返します、と言って電話を切りました。

そしてすぐ、外出中の上司のポケベルを鳴らしたのです。

「どうしたらいいですか」

上司は答えました。

「行ってもいいよ。でも、うまくやってね」

やれるわけがないだろう。

私はソウゲンさんに電話をし、すみません会社休めないので行けません、と強めに断りました。

そしてその日以降、ソウゲンさんは二度とブティックに来ることはありませんでした。

私は私で小心者ですから、もしこれでソウゲンさんのお父さんとうちの店の取引がなくなったらどうしよう、とか考えてしばらくの間気が気ではなかったのですが、そうしたことは一切起こらず、私は安心してそのままソウゲンさんのことを忘れてしまいました。

数年後。

休みの日、私は家でラーメンを食べながらテレビのニュース番組をみていたのですが、やがて某大物俳優さんの告別式のニュースになり、ほんの一瞬、墨染の衣を着たお坊さんが画面に映った瞬間、私のハシが止まりました。

ソウゲンさんでした。

告別式会場のH寺でお経を読むソウゲンさんは、ぜんぜん冬のキリギリスではなく、きちんとした人に見えました。

なんだ。

私は、思わず苦笑いしました。
苦笑い、という表情はこんな時のためにあるのだと思いました。

私といるときなんかより、画面に映るソウゲンさんは数倍カッコよかったからです。

なんだ。

私はラーメンをすすりました。

あんた、ちゃんと仕事やってんじゃん。

男の人の「チャンネル分け」を悔しいと感じるのはこういうときです。

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