「ワークショップは彼女をつくる場所ではありません」

 
先日、とある映画監督のワークショップに参加し、怒涛の三日間を終え、溜まっていた洗濯物を洗いつつカレーを煮ていたらそのメールは来ました。

「皆さんに注意したいことがあります」

そのメールは主催者側から(監督ご本人ではありません)参加者全員に一斉送信されたもので、そこにはいくつか会場で見受けられた問題点への指摘がありました。

曰く、打ち上げでひどい行動や言動をとっていた参加者が数名いたこと。

お友達や彼女づくり目的の連絡先交換があったり、ナンパ行為があったこと。

会場の外でタバコのポイ捨てが頻発し、主催者側が近所の方から注意されたこと。

こういうとき、私はすぐ

「これは自分が言われたのではないか」

と気にするタイプの人間です。

ただ、今回はタバコも吸わずナンパもされず、
誰とも連絡先交換はせず(求められず)、
打ち上げでは70ちかい最年長の方とひたすら映画の話をしていたので、

これはもっとぴちぴちした若い方への苦言なのだろうと思いました。

だから逆に、あの緊張の場でそんな余裕のあることしてる人たちがいたことに驚いたのです。

なぜなら、

そのワークショップはそれ自体がそのまま映画のオーディションだったので、役者を志す人にとっては全人生を賭けていい、まさにビッグチャンスの場でしたから。

つまり、芝居の出来不出来だけでなく、会場でそういうマナーの悪いことをすると、それはそのままこいつは作品を軽く見ている、ということになっちゃうのです。

人間、何か言われるうちが花です。
歳をとればとるごとに、だれもなにも言ってくれなくなります。

そうして成長がなくなります。
本当はもっと叩かれなければいけないのに。

まあ、打ち上げはお酒の席であり、無礼講ということもありますが、

そこで監督やその場にいた「なにかを既に持っている人」に食らいつくこともせず、ただお友達づくりやナンパにいそしんでいたというのは、

よほど役者としての自分の素材に自信がある人なのか、あるいは置かれた状況がわかっていない、認識のゆるい人なのだろうなと思いました。

大事なチャンスなのにもったいない、というのが私の正直な感想です。

実は私も打ち上げで耳にしました。

監督のダメ出しに対し、参加者の女の子のひとりが反論し、

「高いお金を払ったのに、こんなの(ワークショップ)100円くらいの価値しかない!」

と言っていたのを。

100円。

失言には「ごめんなさい」で済むものとすまないものがありますが、

果たしてこれはそのうちのどっちなんだろうと私は思いました。

これって、下手をすれば監督が「やーめた」と企画ごとちゃぶ台をひっくり返しかねないほどの破壊力がある一言です。

シニア枠だということもあり、会場ではなるべく余計なことを言わないようにしてたのですが、

「紅緒はどう思う? 俺の演出は本当に100円だと思うか?」

と監督に話をふられた瞬間、

「値千金です」

と脊髄反射で古めかしい言い回しをしちゃってました。

媚びているのではありません。
単純に事実です。

監督がワークショップ中に参加者たちに出していた指導は、そのどれもが長年の経験に裏打ちされた確かなものばかりでした。

無知は罪です。

「眼高手低」を承知で言わせてもらいます。

私は普段、小説や脚本を仕事で書いてますので、今回のワークショップの内容が100円どころか、むしろ100万円の価値があるものだったことは断言できます。

正直、今回のワークショップは応募者が多かったこともあってかなり水準が高く、初心者がいきなり飛び込めるような場所ではありませんでした。

たとえて言うなら自動車教習所で、初めて路上に出たらそこがF1サーキットだったようなものです。

プロの方もいましたし、なになに座に何十年とか、そういう手練れがゴロゴロいました。

私のような者にとってはあきらかに「場違い」なアウェーです。

案の定、初日はなんにもできず終了。

2日目、台詞を覚えていないシーンをふられ、再びあえなく撃沈。

休憩時間のたびに会場の外で泣き、帰りも電車の中で年甲斐もなく、人目もはばからずおいおいと泣いていました。

イギリス留学していた頃、教室でひとり言葉がわからず、授業の内容も理解できなくて孤立していた時のことを思い出します。

だから、

3日目の朝、ほぼ徹夜で150ページある台本をまるごと覚えて会場に行って拙い演技をし、

初めて監督から「可か不可かなら可だな」と言ってもらい、

その場にいたプロの有名な女優さんに、

「次は私たちと組んでやりませんか」

と言われ、

そのおばさん3人芝居が大受けした時は死ぬほど嬉しかったです。

ベッドの下のエンドウ豆が気になっちゃって眠れなかったお姫様の話がありますが、

監督だろうが脚本家だろうが役者だろうが、ものづくりは細部に目が届いてないといいものはつくれないです。

その点、監督はよく見ていました。

2日目、群衆の中のたったひとつのセリフが出なかった私に気づき、「声が小さい」と言われた時、私はトイレに行くフリをして外に出て大泣きしました。

悔しさもありましたが、実はそれ以上に嬉しかったんです。
通行人の役なのに、ちゃんと見ていてもらってたことが。

だから、そんな私がもう絶対に得られないようなパスポートを持ってる子たちが、

あの場でナンパやタバコのポイ捨てとかしてたと聞くと、「代わろうか?」と本気でムカつくのです。

大人たちの都合で若者がいいように消費されていくこの国のシステムの中で、

それに反旗を翻そうとしている珍しい大人と一緒にいるのに、

肝心の若者がそんな感じでは温度差がありすぎる。

もちろん、参加者のほとんどは一生懸命な人たちばかりでした。

その、芝居にかけたやるせなさが私には痛いほどわかりすぎて、

なぜなら、それは何度もなんども新人賞に応募しては落ち続けた、なんにも持っていなかったかつての自分の一生懸命さと重なるからです。

しかもその一生懸命さが裏目に出ている、その一生懸命さが切実で、

そんな中で私に出来ることは、「頑張れ」と声をかけずに心のうちでエールを送ることだけ。

だから、おばさんは思うのです。

お若い方々、やるならもっと貪欲にいってくださいよう、って。

自分では大したことないと思っている、ほんのちいさな選択がその後の人生を劇的にかえるんです。

それはもう、映画『ララランド』じゃないですけど、カフェの店員からハリウッドスターまでという、致命的で残酷なほどの大きなおおきな振り幅で。

本当です。

本当なんです。

人生は無数の可能性が無限に織りなす万華鏡。

どうせならいちばんいい景色が見られるところへ行きましょうよ。

そうでないともったいないよ。

本当にもったいないです。

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佐伯紅緒

小説家/脚本家/エッセイスト。2006年、『エンドレス・ワールド』でデビュー。他に映画『RE:BORN』(脚本)ドラマ『シグナル』(脚本協力)等。お問い合わせはJCM(ジャパンクリエイティブマネージメント)まで。

○○年前の自分へのアドバイス

店舗設計を仕事にして10年超え。就職、独立、結婚、育児。人生中盤スタート地点、キャリアも中堅を迎えた今だからこそ伝えたい、昔の自分へのアドバイス。
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